秘伝『勝負脳』6カ条、というものがある。
「勝負脳」とは、プラス思考を競技に生かす考え方。
これは、日本大学院の林成之教授の言葉で、『<勝負脳>の鍛え方』(講談社現代新書)に示されている。
雑誌「AERA」に掲載された今夏の記事において、北島康介の「勝負脳」とされたもので、オリンピック二連続二冠に輝いた北島選手が、この教えを見事に実践して金メダルを獲得したというもの。
1・ライバルは自分
ライバルは他人の選手ではない。あくまで自己記録の更新にこだわれ。
2・否定言葉はタブー
「大変だ」「疲れた」などの言葉は使わない。ベテランほど若い経験を思い出すので注意。
3・最後まで「勝った」とは思わない
その次点で超人的な運動能力が消失してしまう。
4・コツコツ型より全力練習
一歩一歩実力を伸ばすことこそ難しい。一気に駆け上がれ。
5・自分の世界を作る
単独競技では自分と競技場を一体化する意識を持て。
6・勝者は4拍子半のリズム
競技中は一定のリズムを保て。
8月24日(日)。
新橋駅SL広場を抜けて、会場への一本道を歩く。
11時10分、前方に大場の姿を発見。喫茶店に入っていく後ろ姿を眺める。
「早いな、昨日はよく眠れただろうか」などと考えながら、今度は前方50mに大きな大きな背中を発見。
前原だ。声をかけるか迷っていたが、足の長い僕が追いつくのは時間の問題で(笑)、まあ取材もかねて、思い切って挨拶をする。
「おはようございます、早いですね。」
「おはよう。早く目が覚めちゃってね。」
「昨日は、すごかったですね。観戦記者泣かせですね(笑)。観てる方としては、前原さんが少し減速した方がいいんですけどね。」
「ハハハ・・。終わるまで内緒にしておこうかと思ったんだけど、今回はね、こんなんだよ。これ。」
と言って前原は、冒頭の雑誌の切抜きをポケットから、大事そうに取り出した。
その切り抜かれた2枚のページには、所々に蛍光ペンでマークがされており、また余白の部分は、前原の手あかで真っ黒になっていた。
「ここ一週間、毎日暇さえあれば、これを読んでいたね。昨日の晩も読んで、自分に言い聞かせたよ。」
どうやら、この男に死角はなさそうだ。昨年の二の舞とはならずに、今回はぶっち切りで勝つつもりらしい。
さて、昨日の戦いぶりを自分なりに考えたが、二日目のキーマンは猿川になるだろう。
沢崎・朝武が前原を追うのは当たり前だが、この男の奮起なくして前原は捕まえられない。
事実前原も、「猿川の瞬発力には一番の注意をしていた。」と語っている。
そして前原は、猿川の上家についた半荘は、実に一打一打慎重に牌を選んでいた。
昨日のトータルポイント順に抜け番を選び、朝武・大場・沢崎・前原・猿川の順に決定。
最終日の今日は5回戦(全体でいえば6回〜10回戦)を行い、下位一人足切り。残る四人で最終2回戦(11・12回戦)を行う。
おもしろいなと思ったのは、七回戦目と十回戦目が残った猿川。
当たり前のように、十回戦を選ぶ。
これは、ここで自分が足切りのターゲットにされない自信であり、こんな所でそんな心配をしているなら十段位は絶対に獲れないという決意の表れのようにも思える。
かくして、ついに最終日のスタート。
六回戦(起家から沢崎・前原・猿川・大場、抜け番・朝武)
前原以外の四人にとっては、今後一度たりとも前原にトップを獲らせてはいけない戦いが続く。
逆に言えば、前原は自分の出番6回のうち一度でもトップを獲れば、ほぼ決まりである。
昔の戦国時代のように、あるときは仲間となり、ある時は敵になる。
四人にとっては本意ではないが、嫌でもそんな戦いが強いられる状況となった。
東一局、大場11巡目リーチ。
            ドラ
本手である。
大場は、常にこの本手をリーチしてきたから、今この場にいる。
しかし、ただ一度だけ自分の麻雀をねじ曲げた昨日の罪を、ツキという名の神は今日も許してくれない。
2巡後、猿川リーチ。
            
ただのリーチのみだが、猿川にとっては本手。猿川は今日、腹をくくっている。
同巡、大場が猿川の当たり牌 を持ってきて、すぐに決着。
たった1.300点だが、アガった者とチャンス手が実らなかった者、各人がこの一局をふまえ、己の状況を考えなくてはいけない。
東二局、親番を迎えた前原が7巡目リーチ。
            ドラ
捨て牌は、
     
西家・大場は12巡目で、
            
6巡目にドラを持ってきて、七対子ドラ2の1シャンテンになっていた大場。前原のリーチを受けても 、 、 と無筋をとばして向かう。
これまでの前原との戦いで、前原の親番の最初のリーチが足止め的意味合いが多いことを学習しただろう大場。自身のスタイルを思い出したかのように立ち向かう。
その考え方と姿勢は間違っていないが、ここは絶対に当たり牌だけは投げてはいけない場面であるのも事実。
矛盾しているが、共同戦線を張るというのは、そういうこと。他の対局者の信頼を得てこそ、「お前に任せる」とのお墨付きをもらえる。
12巡目、大場がツモってきた牌は 。自身が5巡目に切っている牌で、前原の当たり牌。
大場打 、前原5.800の出アガリ。
猿川の氷のような表情が、さらに能面のようになった。沢崎は、何事もないかのように牌を伏せる。
試合後、大場は語った。
「人間って、あんなふうになっちゃうんですね。」
決勝に残った人間を責めることは、決勝に残った人間にしかできない。
大場が前原に打った何回かは、打った大場を責めるより、打たせる状況で出ていく牌に合わせた前原を誉めるべきであろう。
とにもかくにも、東二局だが、前原がトップ目に立つ。カウントダウンの始まりである。
しかし、ここで沢崎が動く。
昨日からそうだが、前原がアガった後、沢崎は必ずポン・チーを多用して、アガり返している。
昨日は打点が伴わず破壊力に欠けたが、今日の最初は絶好の2.000、4.000。
      ポン  ポン  ツモ ドラ
前原に親カブりをさせ、トップ目に立つ。そして次局、

状況の良くなった沢崎、9巡目テンパイのこの手をしっかりダマ。もちろん、前原からの直撃を狙ってである。
しかし、まだ前原が沢崎のアガリ牌を掴むまでには至っておらず、ツモアガりとなった。
配原割れした前原だったが、その後しぶとく3.900をアガリ、浮きに廻る。
そして迎えた南三局、沢崎と猿川のスーパープレイ。

11巡目に親・猿川が高目11.600テンパイ。前原のソウズホンイツと捨て牌の を見て、当然のダマ。
自分の事だけを考えるなら、234三色が見えるのでツモ切ってもおかしくないこの手。
名手・沢崎は打 。お見事、と言うしかない。
だが、前原もまだ当たり牌を引くほど落ちておらず、13巡目に猿川が高目の をツモり、4.000オール。またもや、前原は配原割れ。
沢崎・猿川のタイトル奪取に懸ける執念が顕著に表れた一局だった。
トップの座を明け渡した沢崎は次局に、
            ツモ ドラ
これを引き、前原の点棒を削りつつ、再びトップへ。
オーラスは、前原が沈みを潔く受け入れるかのようにピンフのみをアガり、六回戦終了。
六回戦成績
沢崎 +30.3P 猿川 +14.7P 前原 ▲9.7P 大場 ▲35.3P
六回戦終了時
前原 +83.5P 沢崎 +25.0P 猿川 ▲7.5P 朝武 ▲16.3P 大場 ▲84.7P
七回戦(起家から猿川・前原・沢崎・朝武、抜け番・大場)
ついに、最も重要な半荘が訪れる。
前原がまだ点数的には余裕があるものの、三人とも前原を沈めて自分が浮けば、もう前原の背中は見える。
逆に前原にしてみれば、追いすがる3人を突き放す絶好のチャンスである。
四者にとって最もプレッシャーのかかる半荘が始まった。
東一局、西家・沢崎が4巡目に をポンして、6巡目テンパイ。
         ポン  ドラ
沢崎が戦いに長けているのは、こういう所である。
当面の敵である沢崎が動けば、当然のごとく前原の注意もそちらに行く。
その影で、こっそり毒を盛る親・猿川。
            
8巡目テンパイ、高目11.600だ。テンパイ気配も見せずにダマ。
こういうときに気配をゼロにできるのは、猿川が一流であることの証に他ならない。
そして前原は7巡目に、
            
この形になっていた。マンズの下・ピンズの上・ あたりを持ってくると、 が飛び出す可能性が高い。
この12回戦で唯一、前原が猿川をマークから外した場面である。
以後の前原が持ってきた牌は 、 、 、全てツモ切り。会場中が、息もできないような静けさとなっていた。
8巡目、沢崎はツモ で、 と のシャンポンに待ち変え。実はペン のままだと、猿川に1枚、朝武に3枚で純カラ。
沢崎の指運が、前原を助けてしまう。沢崎にしても、前原の一打目 を見ての待ち変え。
前原が変えさせたといってもいいだろう。かくして、10巡目に沢崎 ツモで400・700のアガリ。
猿川の心中やいかに。
猿川は、沢崎が をツモ切っても、相変わらずの無表情で見送っただろう。
仮に自身が をツモった場合でも、ツモ切りリーチを敢行してたはずである。猿川はそういう男だ。
そんな猿川としては、この毒は、必ず前原に飲ませたかったはずである。
この出来事が影響してか、やがて痛恨の一打を打ってしまうのだから、やはり猿川も血の通った人間であったのだろう。
そして東二局、麻雀だから当たり前だが、また前原の親番である。
とにかく、あと何回この親を潰せばいいんだろう。そういう展開になってしまっている。
それほど、前原が親番をしている時間が長く感じられる。
実際、ここまでの前原の親番で悪い目が出たのは、六回戦の沢崎2.000、4.000が初めてではなかっただろうか。
11巡目、親・前原が猿川の をチーしてテンパイ。
         チー  ドラ
次巡、猿川ツモ切りリーチ。
           
14巡目、前原ツモ 。少考後にツモ切り、猿川2.600のアガリ。
これが、猿川のセンスである。本来ならツモアガってた牌を、前原が動くと同時にリーチで、アガり切っている。
猿川のテンパイは8巡目だった。ダマテンに構えるも、前原チーと同時のリーチである。
チーして猿川のアガリ牌を喰い取った前原のセンスもさすがである。この と の選択も、場況的に仕方なし。
東四局、直撃に成功した猿川であったが、ついに前原に捕まってしまう。

よく見て頂きたい。前原の手牌進行は、
配牌            
ツモ      
捨牌     
7巡目、 をツモった時の前原の手牌は、
            ツモ
七対子の1シャンテンである。しかし前原は2巡目に を切って、その後ツモ で打 。 ツモ切りのあと、もう一度ツモ でトイツにしている。
前原も、他者の包囲網を確実に感じている。少しづつ忍びよる三人の足音を、遠くに聞いているのである。
前原が、今十段戦を通じて、初めて苦しい時間帯に入っている。
ドラのトイツを考えて、自分の捨て牌 を見れば、トイツ手一本である。さて、何を切る?
前原がブレてなければ、打 のはずである。だが、前原が珍しく河を眺める。今回の十段戦で、初めて数を数えてしまう。
打 。次巡、ツモ で打 。この は場に2枚切れ。当然前原は、この をフィニッシュにするためにとっておいた牌だ。
このあたりはまだ正常である。次巡ツモ 。前原がかすかに微笑む。本来ならば、
            
この形でリーチとなっている。これは結果論でもなんでもなく、前原が100%なら、このテンパイを逃してるわけがない。
そして、フィニッシュの には、前原の意思が込められているはずだった。
だが、こうなると前原も、あとは絵が合うのを祈るしかない。
11巡目、ツモ 。前原は何を感じたであろうか。
前原は大勢の年の離れた友達の声を聞いたはずだ。「しっかりしろ、雄大!」と。
そして次巡、ツモるべくしてツモった 。前原、打 リーチ。えっ、リーチ?
怪物・前原も、初めて苦しそうだ。
は朝武が2枚、山に1枚。前原のリーチにまだかぶせる時間帯になってないのは、三人がわかっているはず。
このリーチ宣言は、前原が唯一犯した失敗となりうるはずだった。そして次巡、猿川ツモ 。
            ツモ
4枚目の 。前原のアガリが消えたな、と誰もが思った瞬間、猿川打 。
前原「ロン!」。その間、約2秒。
猿川らしくない放銃である。
打ち上げ会場で、他の者が気づいたかどうかはわからないが、初めて少し悔しそうな猿川がいた。
勝っても負けても飄々としてのん気な猿川が、だ。
「何がいけなかったんですかね?」
「うーん。しいて言えば、あの 打ちがサルらしくなかったなあ。七対子って読めてただろう?」
「七対子ってわかってたから打ちました、あの 。」
猿川は、相手がリーチときても聞こえないかのように、厳しい所をノータイムで通していく。
それが猿川のセンスであり、良さでもある。
そして、ここぞというときに相手の当たり牌を止める。だからこその3大会連続決勝進出である。
しかし、何度も盛った猿川の毒を一度たりとも口にしなかった前原。
前原の巨大な壁に猿川がたった一度だけ体当たりした。これは、前原が放銃させたとしか言いようがない。
そしてこのとき、珍しく沢崎が一息吐いた。このあと起こる全ての出来事を見抜いたかのように。
南一局二本場、南家・前原6巡目テンパイ。
            ドラ
しっかりダマ。これをタンヤオドラ2テンパイの沢崎から5.200は5.800の出アガリ。
次局、完全復活した持ち点42.600点の親番で8巡目リーチ。
            ドラ
全く躊躇せず、ノータイムでリーチ。次巡、当たり前のようにツモ。
この2.000オールは、本当に前原らしい、展開と状況と体勢を見せつけたアガリである。
前原の麻雀を知る者には、とうとう出たか、という1シーンとも言えるだろう。
七回戦成績
前原 +31.0P 朝武 +8.9P 猿川 ▲14.2P 沢崎 ▲25.7P
七回戦終了時
前原 +114.7P 沢崎 ▲0.7P 朝武 ▲7.4P 猿川 ▲21.7P 大場 ▲84.7P
そして、前原抜け番。
冒頭に書いたように、見えない敵と戦っているかのように、その表情には安心感や安堵感は一切感じられない。
八回戦(起家から大場・朝武・沢崎・猿川、抜け番・前原)
残された四者は、つらい状況になってしまった。
追うべき相手は、卓上にはいない。
だが、まだ4回ないし5回、半荘は残されている。
すべてを牌に捧げてきた四人である。諦めている者はいないであろう。
少なくとも、現実的には沢崎・朝武・猿川の三者は、前原を追えるはずである。
しかし、卓上にいない前原が出現したかのように、東場を終えてトップ目に立っているのは大場。
前原が後ろについているかのように、軽い手が入る。
南場の親番で朝武が得意のメンホンをアガり、辛くもトップ。
            ロン ドラ
八回戦成績
朝武 +16.7P 大場 +6.3P 沢崎 ▲6.2P 猿川 ▲16.8P
八回戦終了時
前原 +114.5P 朝武 +9.3P 沢崎 ▲6.9P 猿川 ▲38.5P 大場 ▲78.4P
九回戦(起家から朝武・大場・前原・猿川、抜け番・沢崎)
ここまでの前原の戦いを整理すると、一人ずつ確実に因果関係を作り、息の根を止めているのがわかる。
大場・猿川は本人達の意思とは反して、個々の動きが前原に利するものとなってきている。
前原のタクトが冴えわたる、そんな事を象徴するかのような半荘となってしまう。
まずは東2局、

猿川のチーが、前原の2.000、4.000を誘発。続いて東四局、

大場がそれほどアガる気もない手牌がアガれてしまい、一局をやすやすと消化。
こうなると、今戦えるのは朝武のみ。そして、鳳凰位が意地を見せる。
南2局、

この十段戦、三回目の役満テンパイである。
前日の五回戦と本日の八回戦で、それぞれ四暗刻は絶好調の前原に潰され、国士無双は王牌に阻まれている。
そして今度も山に2枚、前原に1枚。結果、大場が先に掴んでしまう。
この因果関係は、どうしてもくずせない。これが前原の作り上げた流れなのだろうか。
そして、九回戦終了。前原、昨日から数えて七戦六トップである。
九回戦成績
前原 +18.4P 朝武 +7.6P 猿川 +4.4P 大場 ▲30.4P
九回戦終了時
前原 +132.9P 朝武 +16.9P 沢崎 ▲6.9P 猿川 ▲34.1P 大場 ▲108.8P
十回戦(起家から朝武・大場・沢崎・前原、抜け番・猿川)
結果から言うと、前原が今十段戦初めてラスを引く。
そしてこの半荘が終わったあとに、自分自身を戒めるかのように呟いた。
「麻雀は正直だな。」
この半荘、前原は東場と南場それぞれの親番で放銃した。
決して放銃を悔いているのではなく、親番を持ってくるまでの戦い方が悪るすぎると自分に対して怒っているのだと思う。
これまでは、子方の時に攻めるところは攻め、守る所は守り、親番に手が入るように丁寧に打った。
そして迎えた自分の親番では、子方が捌けないような状態にして、他家を圧倒して来た。
しかし、この10回戦では、子方でゲーム廻しを意識していたのだと思う。
それ故、あれほど自分に言い聞かせていた6つの約束を忘れた自分を戒めた言葉だと思う。
だが、その言葉が素直に言える前原は、ここから絶対に崩れることはないと思えた。
十回戦成績
沢崎 +21.6P 朝武 +12.3P 大場 ▲5.1P 前原 ▲28.8P
十回戦終了時
前原 +104.1P 朝武 +29.2P 沢崎 +14.7P 猿川 ▲34.1P 大場 ▲113.9P(足切り)
十一回戦(起家から猿川・前原・朝武・沢崎)
いよいよ、あと二半荘である。
ポイント的には、前原と朝武の差が74,9P、前原と沢崎の差が89.4P。
二回とも、トップラスの場合だけ逆転が実現可能な数字である。
前原は、ラスさえ引かなければいい。
東二局三本場。
東家・前原34.300、南家・朝武22.100、西家・沢崎19.400、北家・猿川54.100。
前原の気迫がすごい。しっかり前に出て、点棒的にもならびを作っている。
栄冠は、もう目の前だ。そんな前原の耳に、朝武の「リーチ!」という声が響いた。
     
  
異様な捨て牌だ。そして次巡、 を暗カン。朝武の指先が微かに震え、前原の表情が険しくなる。
この瞬間、前原は朝武の手牌の打点が想像できたはずだ。
         アンカン   ドラ
これが鳳凰位の底力か。
は1枚、 は2枚、合計3枚も山に眠っている。
仮に朝武がこの手をここでツモった場合、トータルは前原+88.1P、朝武+62.2Pとなり、25.9P差まで詰め寄る。
しかし、猿川が追いかけリーチを打った。
            
猿川の も山に2枚残っている。
3対2、場は完全にトイツ場。どちらかがツモってもおかしくない。
朝武の頑固なまでの手役へのこだわりが、鳳凰位の意地が、全てを捧げて作り上げた前原の流れを一瞬にして破壊してしまうのだろうか。
そして13巡目、朝武が牌山に手をのばす。ギャラリーは、それぞれの立場で感情移入する。
「ツモれ!」「ツモるな!」
ツモ牌は「 」。実際には聞こえないが、ため息が大きく漏れているような感じだ。
同巡、猿川ツモ 。
やはり、前原の作り上げた因果関係が、朝武を完全に凌駕した。
十一回戦成績
猿川 +41.3P 前原 ▲2.2P 沢崎 ▲12.1P 朝武 ▲27.0P 十一回戦終了時
前原 +101.9P 猿川 +7.2P 沢崎 +2.6P 朝武 +2.2P
最終十二回戦(起家から猿川・沢崎・朝武・前原)
五位 大場篤
準決勝、僕は大場に敗れた。
大場の精神力は強い。何度も何度も印導を渡そうとアガるが、大場は最後まで諦めなかった。
そんな大場が、完全に前原に壊された。
昨年の大場の戦いからは想像すら出来ないことだった。
しかし、来年もベスト16からのスタートである。
来年こそは、伝説を完結してもらいたい。
四位 猿川真寿
十段戦の前日、電話が入る。
「明日、何時からでしたっけ?」
「はぁ?じゃあ、15時頃に来いよ(実際は正午スタート)。俺が代わりに打っといてやるから。」
「お願いしまーす。」
能天気な男である。
だが、麻雀のセンスは一級品である。
王位戦、マスターズ、十段戦と連盟四大タイトルのうち、出場可能なタイトル戦すべてに連続決勝進出(鳳凰戦はA1以外出場資格がない)、これは快挙である。
ベスト8終了後、僕は編集部から今回の決勝観戦記を依頼された。
敗戦直後ということもあり、正直断わりたかった。
しかし、
「瀬戸熊さんに書いてもらいたいっすよ。俺の麻雀理解してくれてるから。」
この猿川の一言により、引き受けることにした。
猿川の麻雀は、一言で言うなら、システム麻雀。
己のシステムに絶対の自信を持っており、またそのシステムは、ほぼ正確だと思う。
しかし今回、そのシステムが途中で狂った。
八回戦南三局、猿川がカン でリーチを打ったシーンがあった。
は純カラ。やがて朝武に国士無双のテンパイが入り、残りは山に1枚という場面。
結局、朝武のアガり牌は王牌に眠っており事なきを得たが、普段の猿川ならあのリーチは打たない。
これも、前原によって打たされたリーチだったのかもしれない。
だが、今年一年の活躍で多くの経験を得て更に成長した猿川は、近い将来確実に鳳凰戦にも出てくるだろう。
三位 朝武雅晴
四度の役満テンパイに代表されるその手筋は、これぞ朝武麻雀、というものだった。
打ち上げの席で、朝武は小さく呟いた。
「何で負けたのかなぁ。」
朝武が敗因がわからないという言葉を口にする程、今十段戦の前原は完璧だったのだろう。
しかし、鳳凰戦は逆の立場である。
前原が進出してくれば、リベンジに燃えるはずだ。
準優勝 沢崎誠
各場面におけるナイスプレーの数々、本当に勉強させてもらった。
今回五人のうちで、最も天運がなかった沢崎。
しかし、前原に次ぐ準優勝は、さすがである。
優勝 前原雄大
「人事を尽くして天命を待つ」
この言葉がぴったりの優勝である。
五名の中でもっとも過酷な稽古を積み、己を鍛え、昨年度からステップアップしての完全勝利。
後ろで見守る「年の離れた友達」たちに恩返しするかのような麻雀であった。
来年はさらに強くなっていることであろう。
前原の敵は今、自分自身である。他にはいない。
最終十二回戦成績
沢崎 +19.1P 前原 +9.0P 朝武 ▲4.9P 猿川 ▲23.2P
最終成績
優勝 前原雄大 +110.9P
準優勝 沢崎誠 +21.7P
三位 朝武雅晴 ▲2.7P
四位 猿川真寿 ▲16.0P
五位 大場篤 ▲113.9P

「数あるタイトル戦の中でも、鳳凰位と十段位は重い。」
昔、前原が言った言葉である。
これは挑戦した者しかわからない。
そして、この言葉の本当の意味は、獲った者しかわからないのだろう。
だからこそ、その重みを知りたくて、多くの人間が熱くなるのである。
三ヶ月という長き戦い、その勝者を決める夏の戦いは終わった。
季節は巡り、また夏はやって来る。

(文責:瀬戸熊
直樹 文中敬称略) |