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鳳凰の部屋

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「~あの時のまま~」 前原 雄大

2017/04/21
執筆:前原 雄大


初めて鳳凰位を戴冠したのは丁度20年前、1996年だった。

今でもハッキリ覚えているが、
「もう終わりか、、もっとやりたい」
正直な気持ちだった。不思議に思われるかも知れないが本音だ。

子供の頃、缶蹴りやメンコで遊び、夕方になるとそれぞれの母親が迎えにくる。
もう終わりか?その感情に似ていたような気がする。

麻雀に対して純粋だという見方もあるが、プロ意識は全く欠如していた。あの時ほど至福な時は無い様にさえ思い出される。
遺伝と言うこともあるのかも知れない。中学生の頃、母親と一緒に高校野球を見ていた。校長紹介があった時、母親が突然言った。
「あ、私の元夫よ」
初めて聞いた言葉だった。
「お父さんが初婚じゃなかったんですか?」
理由も聞いた。
「幾らお金があったとしても、何もさせてくれない人生ほどつまらないものはないわ」
そう言って母親は微笑んでいた。

それから、母親は家を飛び出し、自動車の町工場で働きそこで父親と巡り合った。
「人それぞれ、幸せの価値観は違うものよ」
無用の長物という言葉があるが、そういうことなのかもしれない。

今ならばありえないことだが、原稿料無しのエッセイを10年程書き続けた。
先輩には止めるように叱られたが、それはそれで良かった。
いずれにしてもプロ意識が欠如していたことは、間違いないところだろう。

そもそも、当時の麻雀プロを志すということそのものがまともな大人の選ぶ道ではないように思う。
20年の月日は連盟を変えた。正確に記すならば、先達がこの業界に光を灯してくださった。
若い後輩は結婚してそれが、ヤフーニュースに載ったりもする。
頑張れば頑張っただけの見返りが得られる時代に成りつつあることは間違いない。
私もいつのころからかは定かではないが、少しずつ、プロ意識が目覚め始めた。

 

~段取り八割~


どの仕事でも当たり前の事だが、物事の肝心は準備、練習、鍛錬、シミュレーションでほとんどが決まると私は考えている。
昨年度ト-タル2位に着けながらも鳳凰位決定戦に残ることが叶わなかったのは良い勉強になった。
準備も段取りも何も考えていなかった証しである。打ちたい麻雀を打っただけのことであり、その結果である。

負けた翌日から、まず身体を作ることから始めた。とにかく、朝6時には起きて散歩する。1時間ほどであるが歩くことから始めた。
若い頃は20分で歩けた距離が倍の40分かかる。もう、若くは無いということである。
かかとから着地して、指で地面を蹴っていないのである。

普通のサラリマンならば当たり前にできる6時起床も長年にわたる怠惰な生活が難しくさせた。
自分を鼓舞させるために、ツイッターで朝の散歩を挙げ続けた。
時間があり、稽古相手が見つからない時は海を眺めに行く。新たな発見もあった。

若い頃は夏の入道雲が好きだったのだが、秋の早朝の何処までも透き通る空が好きになった。
年輪を重ねるということは人の好みまで変えるのだろう。

困ったのは、お昼頃、眠気を催すことである。
毎週の勉強会が終わり、帰宅するのは大体、午前を回る。風呂に入り、小さなカンビールを呑むと3時を回る。
起きるのは苦痛ではないのだが、昼過ぎの睡魔はどうしょうもない。
お昼寝と称してうっかりすると20時間以上寝てしまうのである。
タイマーを3個用意した。それで何とかなった。
散歩ついでに地元の先輩が経営しているフリー雀荘にも飛び込み始めた。とにかく、毎日牌には触れるようにした。

オメガ3が身体に良いと聞き、色々試したが、アマニ油を毎日スプーンで飲み始めた。
これはかなり効果があったようで新陳代謝が自覚できるほどであった。

6月から始めたホットヨガは、終わった後も小一時間は汗が噴き出すのが止まらず、今でも続けているが、あの爽快感は嵌る。

食も変えた。白米から玄米、16穀米に変え「ヒサトバカ」を6回唱えた後飲み込むようにした。
要は咀嚼をキチンとするということである。
哀しいのは、ほんの数年前までは1日に五食は食べられたのに二食が良いところとなったことである。
ラーメンなどは大盛りを頼むとしばらくは満腹で動けなくなる。
意外と思われるかも知れないが、元来、菜食主義に近く、肉類はほとんど口にしない。

そんな私が週に1、2回は肉を食するようにした。
ムツゴロウさんがキャベツに嵌っていることを教えてもらい、数年ほど前、一か月ほど試したが、これは、飽きた。
稽古は当然やるのだが、煙草に弱いヒサトとプロリーグも禁煙なので、稽古も禁煙にしょうとヒサトと話し合い是非にとのことで、ライングループで提案すると、荒さんからそこまでしなくとも良い!
その一言で喫煙ありとなったわけであるが、ジッと黙っているヒサトには呆れ果てた。
私には煙いだのなんだの、文句を言うくせに荒さんには黙って下をうつむいている。
まあ、私が禁煙すれば良いだけのことなのだが。

 

~マーク~


一応鳳凰の部屋ということで、麻雀の事も初回は少しだけ。
十数年前、仕掛けが多いながらも鉄壁の受けを誇る古川孝次さんがある局を境に私に言った。
「前原さんのリーチには今後オリません!!」
プロリーグで以下のテンパイを果たす。

東1局 東家 前原

一筒一筒一筒二筒三筒四筒五筒六筒六筒八筒八筒九筒九筒九筒

ドラが暗刻で入っている。セオリーなるものがあるとしたら、打六筒のヤミテンだろう。
上家の古川孝次さんにも煮詰まった感が感じられていた。10巡目を過ぎていたが、手牌を見れば当然の如く、マンズとソーズしか私の河には打ち出されてはいない。ただ、字牌が私の河には1枚も無かったのである。
ここでリーチを打ったならばメンホンに映るだろう。私は打六筒ではなく、打八筒のリーチを打った。荒削りで、ある意味傲慢なリーチだったと今は思う。
古川さんは少考後私の現物を河に並べた。

数巡後、私は七筒を引きアガった。
全対局終了後、古川さんに問われた。

「何故リーチなのですか?」
「チューレンポウトウ、あがりたかったから・・・」
「でも、ドラ3のメンチンでしょ」
「だから、チュウレンアガリたかったの!!」

そして、件の発言となったわけである。
今期の鳳凰位戦でも古川さんには似合わない放銃があった。

1回戦 南2局

100

100
配牌
100
テンパイ

解説者の森山茂和会長も語っている。
「リーチは無いでしょう」
確かにその通りである。本手を踏むならばヤミテンが至当である。ただ、持ち点が示す通りラス目である。
順当に進むならば勝又さんのアガリだろうと考えていた。ならば、初戦ということもあり、捻りを入れたリーチを選択した。
仮にヤミテンに構えていたら、古川さんの勝又さんへの六索放銃か私への三万放銃か、もしくは古川さんのオリだったように思える。
どうなったかは分からないが、リーチを打ったが為に生まれたアガリには他ならない様に思える。

いずれにしても僥倖以外の何物でもない。観戦記者の瀬戸熊直樹さんに尋ねられた。

「あのアガリでマークされて厳しくなりましたね」
「いや、麻雀はマークされる方が得だと考えている」

ことに私のような出アガリベースに麻雀を捉えるのではなく、ツモアガリベースに麻雀を捉える打ち手にとっては、リーチを打って相手の手を曲げさせた方が良いと考える。
マークした相手にはアガらせたくないのが心理だと考える。

勿論麻雀は生き物であるから、局面、局面で方法論は変わって来るが。
また、私の考え方が正しいとも思わないし、絶対だとは考えてはいない。
ただ、私はそう打つだけだということである。

私の麻雀の原風景は変わってはいない、、そう、十数年前のあの時のまま__。