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鳳凰の部屋

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「~仕舞い方~」 前原 雄大

2017/05/30
執筆:前原 雄大


初日を終え私はトータルラスだった。しかも、初戦トップを取りながらも終わってみればトータル4着という成績である。
身体は充分作り上げてきたつもりだった。初日の周辺は8日間で6日間、鳳凰戦を含め他の収録が決まっていた。しかも、全てルールが違う。
ここまで過密なスケジュールになるとは考えてなかったが、ある程度の覚悟はしていた。その為に6月から身体を作り上げてきたつもりだった。
このことは、ある意味麻雀プロとして、幸せ以外の何物でもない。

心技体とは良く言ったもので、どれが欠けてもベストパフォーマンスは叶わない。
他人にはどう映っているかは知る由もないが、心は健全だと思っている。技に関しては出来るだけシンプルな方向性を意識した。行くべき時は何処までも行き、受けるべき時は何処までも受ける事を意識した。
鳳凰戦のようなロングの戦いは長い目で1局を捉える必要がある。全16半荘の中の1局と見るということである。
また一方で、半荘単位で細切れに観る必要性もある。矛盾しているようだが私はそう考えている。

「それにしても、前原さんは手が入りませんね」
「前原さんはチャンス手が来ないですね」

解説者が幾度となくそう語っている。
いわゆる、天運というモノでその日のツキがないということなんだろう。
この言葉は打ち手に対する解説者のエクスキューズで、実際は自分自身で悪くしてしまったと考えている。

「何事でも同じことだが、仕舞い方は大事なこと」

そう躾けられてきた。

 
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四万五万六万九万一索二索三索五索六索二筒四筒西西  ツモ七筒  ドラ二筒

この手牌から古川孝次さんに7,700点を献上している。ご覧のように古川さんは手出し三筒三筒と並べている。いや、並べなくてはならない事情があったのだ。
つまりは、ドラのトイツをハッキリ明示しているものである。

この七筒の放銃はプロとしては在り得ないだろう。
勝負カタチになっていない__私にアガリ形が見えない牌姿からの放銃である。
アガリ形がない以上、受けるべき局面である。オーラスとはつまりはある意味仕舞時なのだ。仕舞い方を誤ったのである。

休憩時、私は歯を磨き、顔を洗った。そして、頭から水道の水を浴び続けた。
幾十もの決勝戦を経験してきたが、顔を洗ったことはあったが、流れ落ちる水道に頭を浸し続けたのは初めてだった。
意識して、そうしたわけではなかったのだが、そうしないと自分が許せなかったのだろう。
そうしたことで、何かが変わるわけではないことは誰でもわかることである。

 
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六万七万八万一索二索三索三索四索五索二筒二筒四筒五筒南  ドラ三筒

私はここでも打南のリーチを打っている。このリーチもないだろう。
ドラである、三筒がツモれるくらいならば、こんな持ち点になっていない。
ここに至るまでの過程は様々なことが起きた。ほとんどが私にとって利しない結果だった。最後だけ帳尻があうようには麻雀は出来ていない。
何より、イケないのは本手を打っていない。ここはヤミテンに構える局面だと考える。一索四索の振り替わりを待つのである。
その前にロン牌がでたなら黙ってアガる。それが、本手を打つということだろう。

ことに、長丁場の戦いであるならば3着と4着の順位点などという些末な処では勝負は決まらない。もっと大きな勝負処が必ずやって来るはずである。その時にエネルギーを蓄えておくべきである。
結果は、近藤さんの仕掛けで私のアガリを見たが、やはり、仕舞い方は間違っている。

対局中も思っていたが、こういうリーチを肝心なところで打っているから、十数回決勝に残りながらも2回しか鳳凰位に就いていないんだろう__。
私は休憩時に歯を磨き顔を洗い水道水に頭を突っ込んでいた。

 
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私は着順に拘ることなく1枚目の西から仕掛けた。目的は終戦である。
今日は近藤さんの1日であった。それはそれで良い。今日で終わるわけでは無いからである。
怖いのは近藤さんの連荘である。仕掛けずに黙っていると伸びやかに近藤さんに麻雀を打たれる気がした。
2種類目の南も仕掛けられた。

 
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五索五索六索六索六索二筒三筒  ポン南南南  ポン西西西

仕舞い方としては悪くないように思えた。
そこに古川さんのリーチが入る。全て真っ直ぐに行くつもりだった。
ところが、ツモ五索である。何を打つことが真っ直ぐなのか解らなくなった。
1つには西を仕掛けた時四筒を喰い下げている。それも気にかかっていた。

第一感では打六索だった。それでも理に従い打二筒とはしたもののアガれる気は全くしなかった。
それでも何とか流局で終わった。

 
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そもそも、私が仕舞いに行くべき局だったのか今でも良く解らない。
家路に着き映像を朝まで観て、一睡もできないまま翌日も対局だった。

体力は人並以上に持ち合わせている。ひとつの結果に悩み苦しみ次の日の対局に向かう。
麻雀プロとして、悪くはないな__そう考えながら会場に向った。