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鳳凰の部屋

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「~言えなかった言葉~」 前原 雄大

2017/08/29
執筆:前原 雄大


このコラム、鳳凰の部屋が決まった時、鳳凰戦の自戦記を中心にそのおりおりの対局のことを記していこうと考えた。
「駅伝」のことも記さないわけにはいかないだろう。
ただ、私の中で、未だ、取れない薔薇の棘のように時折痛みが疼いている。
麻雀の夢等もう何年も観ていない。それが、今になっても夢の中に現れる。

初日は白鳥翔さんの応援を兼ねて現地で観戦させてもらった。
2日目の公式ルールは既に決まっていた北海道のイベントの最中、会場のスタッフの方達がその都度経過を教えてくださった。

目の前の卓上の牌とそれなりに闘っていた。
第2戦の結果の報告を聞いた時、元来痛みに強い、鈍い私に腹痛が襲って来た。
盲腸かな、最初はそう思った。若い頃、同じような痛みを憶え救急車に搬送され、薬で散らしたことがあった。それに近い痛みだった。

その後も続々と速報が入ってくる。
表情には出さなかったものの、北海道の昔からの友人である喜多清隆さんが私の気配に気づいたようで心配された。
「全く問題ないですよ」
そう答えた。

そんなことより、こんな時こそキチンと結果出さねばならないと考えた。
結果を出したところで、何かを得られるわけではなかった。それでも、そうするのが麻雀プロの在り方であると昔から、先達に学ばされてきたからである。

夜の11時過ぎまでにホテルに入りたい旨を主催者には伝えた。
何となく、何処からか電話が入る気がしたからである。

丁度ホテルの部屋に到着し、携帯を出した瞬間森山茂和会長から、電話が入った。
「観ていた?」
「いや、今北海道で速報は聞いていましたが、観ていません」
事のあらましを会長から伺った。
いつもより、おおらかな声音だった。
小事の時はそれなりの声音だが、大事な時はおおらかな声音なのである。

昨年の団体対抗戦の時もそうだった。
「万が一最下位だったらどうされるおつもりでしたか?」
「言ってしまったことは仕方がないだろう。会長職は辞めるよ」
そう言って笑っていた。

勝手な想像だが、相手に対する気遣いがそうさせるものだと、私は考えている。

~忘れられない日~

このブログを読んだ時切ない気持ちが心の中を掛け廻った。
その足でスタジオに向かい森山会長にお願いした。
「こういうお願いはしたことがないのは会長もご存じだと思いますが、もし、来季こういう企画があったならば私を公式ルールに出場させてください」
「良いよ」

側で聞いていた黒木真生君は黙ってうなずいていたように思えた。
この時点でも三人麻雀とRTDが残っており、最下位になるとは露とも思っていなかった。
傲慢と思われるかもしれないが本当の気持ちである。
誤解されたくないが、私が瀬戸熊さんや他の打ち手より秀でているということではない。

初日に観戦に行った折り、俳優の萩原聖人さんがおっしゃっていた。
「瀬戸熊さんは必要以上に責任感が強いから大丈夫かな」
何を言っているのだろう?
私は良く解らなかった。

そして、萩原さんの言葉をそれとなく理解できたのは2区の結果を知った時だった。
先に出たのは前田直哉さん。彼が、不運に見舞われ好結果を得ることが出来なかった。
責任感の強い瀬戸熊は当然のことながら、僅かでも力む。

この力むという想いが麻雀に置いては厄介な代物なのである。
純粋に麻雀と対峙すれば良いものの、責任感という思いがそれをさせなくさせてしまうものなのである。
押し引きの微妙なバランスの揺らぎがやがて大きな崩れを招く。

とにかく、やるべきことはやろう、すぐ佐々木寿人さんに電話を入れ
「空いている日を全部くれ」
私は稽古に勤しんだ。
「とにかく、わかりました」
この辺りの返事は面倒が無くて彼の唯一の取り柄である。
私は最低限の仕事だけをやり、他の日は全て打ち込みに費やした。

第3区である勝又健志さんの時は
「最初から応援に行きたいのだが、邪魔にならないかな?」
少し間があって彼は答えた
「邪魔な時はハッキリそう言いますから大丈夫です」

その少しの間と答えが少し遅れて行くことを決めた。
会場の近くまで行きスマホで観戦していた。結果は芳しいものではなかった。
ライングループの中で、普段の勝又さんからは想像もつかない弱気な言葉が並んだ。

それに対して、瀬戸熊さんが返信している。
「勝又、お疲れ様でした。2区の負債が勝又を苦しめて、後輩に辛い思いさせて本当に申し訳ない。ありがとう。ラストは連盟最大の武器チームがらくたがやってくれるでしょう。前原さん、ヒサト、ほんと遠慮いらないんで、よろしくお願いします」「勝又は胸を張っていいよ。今日はゆっくり、休んでな。でも、最終日5回トップとってくれるから、素晴らしいシナリオに期待しょう。勿論、前原さん、ヒサトは責任ないので、気楽にいつも通り、あらんかぎりのリーチ棒ぶん投げてください」

その言葉にヒサトはヒサトらしい言葉で答えていた。
私は、メールとかラインに関しては決して横着な方ではない。それでも返信しなかった。
何度も何度も瀬戸熊のブログを読み、このラインも読んだ。気の利いた言葉のひとつ、ふたつが見つからなかったわけではない。返信すべき、キチンとした言葉が見つからなかったのである。

要は愚図で頭が悪いということである。
ただ、言葉ではなく、結果で答えようと決め、合間に返信しなかったことは瀬戸熊には詫びた。

何とかなるだろう、ではなく、何とかしなくては、その事ばかり考え続けた。
当日にはもう、やるべきことは頭の中では整理されていた。
麻雀的に後悔している部分があるとするならば、国士無双に向かったとき、手順に関しても微妙ではあったが、本気で何かを変えようとするならば、リーチ宣言牌は五索であり、テンパイ即リーチを打つべきだったとは思う。
ヤミテンが正攻法であることは百も承知である。それでも何かを変えるには、正攻法で変えられるはずはないと読んだ。

しかし、今局に関しては何を、どうやっても何も変わらなかったようである。
全てが終わり会長のいる場所へ戻って詫びた。

会長はおおらかだった。
黒木さんが近寄り私に告げた。
「インタビューコーナーがあると思います。その時に例の来年公式ルールに出してください。あのセリフを言って下さい」
「会長、言って良いのですか?」
「良いよ」
入場が始まった。
「本当に良いのですか?」
「良いよ」
やはり、会長は少しの含み笑いと共にそう言った。
そして、私のインタビューが始まり、私は元は自分が言い出した言葉を飲み込んだ。

もう数か月が経とうとしているが、エキデンという舞台を未だ、消化せずにいる自分を見つける。
「あれは、前原さんの勘違いで、ボクはちゃんと2区でブッちぎっていますよ」
「嘘!」
「ホントですよ、何ならビデオ一緒にみますか!」
ある夜は
「麻雀という性質上、長いスパンでは麻雀プロは勝ちます、なんてことを言う人がいますが、勝つべき所で、勝つのがプロと思っていたし、キチンと証明して、タスキは渡しましたから、前原さんも頑張ってください!」
瀬戸君や勝又君の夢を見る。

インタビューの時、言っておけばよかったナ__
インタビューの時、対局に置いて何もできなかったのだから、言わなくてよかったナ__。
そう思う2人の己がもう1人の己をあざ笑っている。

本当に様々な夢を見た。現実と夢の中何も変わらないのは
「ワタシトビマシタカラ」
でかい態度のヒサトくらいのものである。

 

~今、何をすべきか考えること~

 

私は幾つかのタイトルを獲得しているが、その何倍もの数を負けている。
負けた時には準優勝であれば、真っ先に手を伸ばし優勝者を称えた。
それなりに消化してきたし、悔しいと思ったのは王位戦くらいである。
おそらく、一度たりともそういう感情は抱いたことは無い。
消化できていないいま、語弊を恐れずに言えば、だれが弱かったということではなく、この大舞台で皆が弱かったと思うし、連盟は惨敗を喫したというだけのことである。

これは、ある意味、私を含め皆が己を見つめ直す啓示ではないかと考える。
大切なのはその先で、認めたうえで、勝つために、強くあるために、日々、今、何をすべきか、考え続けそれを行動に移すしかないのだと思う。