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鳳凰の部屋

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「~未だ道遥かなり~」 前原 雄大

2017/10/05
執筆:前原 雄大


1981年の冬の頃だった。
私達研修生に当時の教育担当の森山茂和さんは問うた。
「強さとはどういうことか解りますか?」
皆、黙っていた。
「ここ一番の勝負所で、千点が必要な時に千点がアガれる打ち手だと思います」
私はそう答えた。
「それも、あるね。」
「たとえばドラをポンされている局面でペン③でリーチを打ってツモアガる、そんな打ち手は強いと思う」
「特に、自分が鳴かせてしまった場合はね」
36年前のことだが鮮明に森山茂和さんのその言葉は覚えている。

第33期鳳凰位決定戦が決まってから、相手の研究や稽古もしたが、20年ほど前の鳳凰位決定戦の牌譜を読み耽った。
相手よりも自分を知るためである。
今よりも荒削りで未熟な部分が目立った。
ただ、今よりも麻雀的に純粋だった。
押すべき所はキチンと押していた。
退くべき局面ではほとんど手組をしていなかった。
単独2飜役に拘っていたようにも映った。
良い部分、悪い部分全てを見直したが感想としては、瑞々しいものに映った。
こういう麻雀はもう打てないな__。
正直な思いだった。

そして、今期を迎えるに当たり幾つかの決め事を自分に課した。
仕掛けは2フーロまでとする。親番に必要以上に固執しない。
基本的に何か決め事を作ることは善いとは考えていない。
そのことに捉われるあまり、麻雀がシステマテックな方向になってしまうからである。
フォームに関しても同様で、あまり、そのことに捉われるのはその人の麻雀の伸びを失うことになりかねないと考えている。
勿論、ある程度のフォームの土台だったり、軸を作ることは大切である。

20年前と変わらない部分があるとしたら、行くべき局面は何処までも押すことと、難しいと感じた局面は自分もアガリに向かわない事と、誰にもアガらせないように努めることだけである。
至ってシンプルである。
2日目に関しては5,6,7回戦のことはここでは記さない。
3連勝したのだが、誰が打っても、とまでは言わないがある程度の力を持った打ち手であれば、結果は3連勝となるからである。
勝ち牌譜に傷は無い__。
昔から言われた言葉であるが、要はツイていたのである。
展開が良かっただけのことである。
きっかけとなった一連の局だけは記す。

5回戦東4局 親番古川

 

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親番の古川孝次さんのこの手牌に7巡目に放銃した時は嫌なものを感じたが、次局

 

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この配牌が上手く育った。

 

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安目とは言えこのツモアガリはかなりの感触だった。
そして迎えた親番南1局

 

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勝又健志さんからのアガリで今日は悪くはない、そう感じたのである。
感じた、と記したが、このことは感覚の問題である。
勝又健志さんがドラを打ち出したリーチである以上高打点を伴った手であることは覚悟していた。
まさか、ツモり四暗刻とは思っていなかったが、牌の寄り方に好感触を感じたのである。
この後は局面に手を合わせながら打っていただけのことである。
手牌の伸びを感じた時は攻め、相手から異質な牌が打ち出された時はオリに向かった。
速い時は2巡目からオリに向かうことも少なくなかった。

問題なのは8回戦のオーラスである。
南4局1本場7巡目

 

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私は少し時間をかけて打西としているが、河が完全に縦なのである。
その事と下家の近藤久晴さんの煮詰まり具合をかなり意識していた。
対局中は今局は近藤さんしか観ていなかった。
今思っても、7巡目は打三筒とすべき所であったと思う。
三筒続けて打四筒そうすべきだったと。
何しろ受け牌がないのである。
何故、そこまで近藤さんを意識するのか!
それは、8回戦に入った頃から手牌の伸びに翳りを感じていたこと、今局に至るまでの過程が悪すぎたからである。
私が近藤さんに対する浮上のきっかけを与えてしまったからである。

 

~理と感覚の狭間~

 

南2局

 

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理から考えればこの放銃は自然とも言える。
ただ、私は最初のテンパイ形一筒六索のシャンポンでリーチを打とうとしていた。
解説のヒロ柴田さんが言っている。

「まさか、追いかけガラリーを打つわけではないでしょうね」

実は考えていたのである。
仮に打っていたとしても近藤さんが三索をツモったかもしれないし、私の三索の放銃で終わったかもしれない。
先のことは解らない。

近藤さんは私のダブリーに終局間際放銃している。
これはエラーである。
ならば、近藤さんの親番のリーチに最初のテンパイで追いかけるのも悪くはない。

20年前の鳳凰位決定戦では多少、局面は違えど、打っている。
荒削りと記したのはこういう部分である。
理から考えればこういったリーチは在り得ない。
ただ、結果として、浮上のきっかけを与えてしまったのは私である。
麻雀は難しい__。

尚且つ、近藤さんは、南3局古川孝次さんの親番の先行リーチにメンホンで打ち勝っている。
このことは大きい。
勝又健志さんの1本場の今局である。
これまでの下地、過程があっての今局である。

 

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西は思いあがりの一打である。
三筒四筒と構えればいくらでもアガリはあった。
理だけで考えるならば14巡目の二筒は打ち過ぎである。
ここが辞め時である。
ただ、感覚は行けと言っている。

36年前、私は言った。

「千点が必要な勝負所で千点がアガレる打ち手が強いと思います。」

森山茂和現会長が言っていた勝負所でペン三筒をツモれる打ち手。
局面は違えど本質の所では同じように思える。

なかなに難しい課題である。
何処まで行っても永遠の課題に思えてならない。
それでも、一生を懸けて取り組むべきモノなのだと考える。

いずれにしても、未だ道、遥かなり。
そういうことなのだろう__。