第12期プロクイーン決定戦観戦記~後編~ 黒木 真生
2015年02月17日
『勝利への飢餓感』
今回も事前に各選手にインタビューをさせていただいた。
当日その場で意気込みを聞くのもありなのだが、それだと、言葉と一緒に気合が抜けてしまう人がいるのではないかと心配になってしまうからだ。
麻雀を気合や気持ちで打つ選手ばかりではないが、中にはそういう人もいる。
カメラを向けられて司会者の言うことに愛想笑いをしてしまうと、1回作った気持ちがヘナヘナになる。
そういう人が確実にいると思う。
それも含めてプロの仕事だろ。
そういう意見もあるし、私もそうやって器用になんでもやってくれる選手が楽で良い。
ただ、私たち裏方の仕事は、選手たちにできるだけ良い環境で打ってもらい、最大限の力を出し切ってぶつかり合ってもらうことだと思っている。
視聴者からいただいくお金がなければ生放送は続けていけないのだから、観ているファンの方に少しでも面白い、「スゲー!」と驚いてもらえるような試合をお届けしたい。
だから試合直前のインタビューは極力やめるようにして、前もって撮るようにしたのだ。
もちろん、演出その他の都合により、直前に聞くケースもあるが、年末年始の大きな試合については、できるだけ事前インタビューができるようにスケジュールを作ってもらっている。
マジメなタイトル戦だからあまりフザけたことはできないのだが、ギリギリ怒られない範囲で何とか少しだけ変なことをやろうとする習性が私にはある。
ただ、あまり仕込んだり、こちらの思惑通りしゃべらせたりするとサムい結果になるので、そういうことはしないように心がけているつもりだ。
言ってもらいたいことがあったら質問を工夫するしかないと思っている。
こういう言葉が欲しいなぁと思って頑張って言葉を投げかけるのだが、思うようにいかない場合もある。
思いがけない面白い言葉がもらえることもある。また、カメラが回っていない時の方が良い言葉が飛び出したりもする。
二階堂瑠美からは、カメラを回す前に面白い話を聞いてしまった。
「一番勝ちたいと心の底から本気で思っているのは和久津さん。次が優木さん。和久津(晶)さんはそれが良い方に出ると思うけど、優木(美智)さんはもしかしたら悪い方に転ぶかもしれない」
和久津は2013年から2014年にかけて、あと一歩で優勝という、本当に惜敗すぎる準優勝を幾度となく経験している。
2013年1月の女流桜花はオーラスにペン*七をツモれば優勝だった。翌年の桜花はオーラスの親を流局させれば優勝だったが、吾妻さおりがリャンペーコーをアガって逆転された。
麻雀マスターズ決勝では、オーラスにいったん逆転しながらも、西島一彦にチンイツの跳満をアガられて再逆転され準優勝。
昨年のプロクイーンは瑠美が圧勝したので惜敗ではないが、準優勝は和久津だった。
「和久津さんは何回も悔しい思いをしているから、当然のごとくハングリーだと思うんです。でも優木さんは、タイトル戦のチャンスが久しぶりなので、気合がカラ回りしちゃうかもしれない。彼女は力はあるけど、久しぶりの決勝ということで、変にリキんじゃうかもって思うんです」
2日目の最初の半荘、7回戦の東2局、優木の親番で2件リーチが入った。
12巡目に優木は
をツモって2シャンテン。

この時点でのトータルポイントは以下。
1位 茅森早香プロ +110.6P
2位 和久津晶 + 43.2P
3位 優木美智 + 4.5P
4位 二階堂瑠美 ▲ 16.6P
5位 宮内こずえ ▲142.7P
首位の茅森が抜け番で、優木は現状プラスの3位。
親とはいえこの手牌で、無理をする必要はなさそうである。
ほとんどの人が、瑠美が切ったドラの
を合わせるのではないだろうか。
だが、優木は
を勝負して宮内に放銃してしまった。三色の高目である。
「いま、冷静な状態でこの局面を見たら、たぶん
を切るか
を切ったと思います。でも、プラスとはいえ、優勝以外意味がないタイトル戦で100ポイントの差ばかりに気をとられたのだと思います。3連勝ぐらいしないと追いつかないと考えて、焦りが出てしまいました。ダブ
ドラ1で真っ直ぐに行くと言ったって、形は苦しいし
も勝負しなければならないし。2件リーチに向かって行くのはおかしいですよね」
優木は電話取材に応えてくれたが、振り返ると本人でも「おかしい」と感じるようなプレーが出てしまうのがタイトル戦の決勝なのだろう。
瑠美が戦前に語った「力み」が出てしまったのかもしれない。
そしてそのワリを食った形になったのは瑠美であり、恩恵を受けたのは宮内こずえだった。
このアガリが契機になったとは言わないが、この半荘宮内は66,000点、次は50,100点、その次も53,800点のトップと、大トップの3連勝。
初日を終えたところで途中敗退確定と思われていた宮内は、第10回戦が抜け番で余裕の観戦となった。
一方、瑠美は7回戦でハコラスを引いて、その後も精彩を欠き、途中敗退となった。
『執念の見逃し』
前女王の瑠美がいなくなった決勝戦は残すところ2回。
第11回戦も天才すぎるオンナ雀士こと茅森早香プロ(最高位戦日本プロ麻雀協会所属)が好調を維持し、オーラスを迎えた時点でトップ目。
追いかけるのはトータルでも2位で、茅森プロから約50ポイント離された和久津。
2着目で茅森プロとは8,500点差で、11巡目にテンパイを入れた。

タンヤオイーペーコードラ1の5,200点のテンパイなので、茅森プロから出るかツモればトップ逆転。
リーチを掛けても他家から出たら逆転しないので、ここはヤミテンがセオリーだ。
が、直後、下家の宮内から
がツモ切られる。和久津はこれを平然と見逃した。
アガっておけば、とりあえず素点が5.2P増える。
順位点は5,000点・15,000点で1位との差は10,000点しかない。
待ちもカンチャンで厳しいし、とりあえずアガるという選択肢もある。否、アガってしまう人の方が多いだろう。
だが、和久津はここが勝負と見極めて見逃した。
この和久津の執念に牌が呼応したように、和久津にとって有利な条件が訪れる。
まずは和久津が
ツモ切りでスジ待ちになった。さらに
を捨てた宮内がリーチを掛けてきた。
当然、茅森プロは
が捨てられた後、和久津がすべてツモ切りしているのを見ている。
まだ最終戦ではない。茅森プロにとっては、和久津を警戒して、宮内にとって中スジの
を打つよりも、手堅く現物で和久津のスジの
を切るべきという判断だったのだろう。
直撃の10,400点差と順位点の上下20,000点差。
合計約30ポイントの逆転だったが、このアガリはポイント差以上のインパクトを観る者に与えたと思う。
観客だけでなく、敵にも強い衝撃を与えたのは間違いない。
メンタル面が弱い相手なら、この一撃だけで参ってしまったかもしれない。
引きのカメラの角度が悪くて、茅森プロの顔は和久津の頭で隠れてしまったが、恐らく天才の表情は何ひとつ変わっていなかっただろう。
だがそれでも、心の中までは分からない。
少なくとも和久津にとっては「いける」という逆転の手応を感じた一戦だったはずだ。
『オンナとオンナの殴り合い』
最終戦が始まった時点での茅森プロと和久津のポイント差は40.9P。
トップラスで順位点が30ポイントつくので、素点で1万点差をつければいいのだが、普通、上位2名の一騎打ちになると下の2人が無理な戦い方になるので、まずトップラスという展開にはならない。
だいたいは上位2名がトップと2着になるので、順位点の差は10ポイントと考えるべきだ。
そうすると、和久津は茅森プロと3万点差以上をつけなければならない。
普通はかなり無理なのだが、和久津はアッサリとやってのけてしまう。
東1局8巡目。
宮内から出された
を和久津はポンした。
マシンルームで見ていたある若手プロは「鳴かない」と言った。
宮内と優木が字牌を絞るので七対子でしかアガれないからだと言う。
確かに理屈の上ではそうだろう。
4巡、和久津のツモ切りが続く。若手は「ほらやっぱり」と言う。
だが、不思議なことが起こった。12巡目、宮内の手が四暗刻の1シャンテンになったのだ。
少し考えた後、意を決してドラの
を切る宮内。これを和久津がポンして、それでもまだ1シャンテン。
しかも、和久津の手に必要な
は宮内が両方とも暗刻にしている。
「無理ですよやっぱり」
他人ごとのように言う若手。まぁ本当に他人ごとだからしょうがない。
だが、2巡後、宮内に四暗刻のテンパイが入って、
が打ち出された。
「これでも結局、待ちが苦しいですよ」
往生際の悪い若手。まぁ私も実はそう思っていた。さすがに無理だろう。
は優木に入る。とりあえずカン
に受けなくて良かった。
ツモはあと1回。さすがに無理だろう。
と思ったら、気持よさそうにスパーンと
をツモる和久津。
私を含めマシンルームにいた全員が後ろにひっくり返りそうになった。
これじゃまるで、小学生の時に見ていたアントニオ猪木のプロレスじゃないか。
何だこの面白い麻雀は!?
オイオイ、これは本当に逆転があるんじゃないか?
興奮気味に言った私に対し、
「いやでもこの鳴きはおかしい」
若手はまだ言っていた。
自分も絶対ひっくり返りそうになったクセに。
和久津の凄いのはこれだけじゃなくて、すぐに二の矢が放てるところだ。
東1局1本場では5巡目に三色のリーチを掛けた。
ペン
でドラドラだからヤミテンにする人も多いかもしれないが、和久津は迷わずリーチ。
戦士が組み合いになって馬乗りになったらお上品なヤミテンなどせず、情け容赦ないリーチを掛けて相手をブッ殺しにいくのである。

そして
をツモり、たった2局で「マクったら奇跡」の点差をひっくり返してしまったのであった。
これがあるから和久津の試合はいつも楽しみなのである。
瀬戸熊直樹プロもそうだが、一打一打に迫力があって、技が決まった時の衝撃度が強い人のゲームは面白い。
ただ、それは敵にも恵まれなければならない。
強い人が一方的に相手を殴っているようなのはつまらなくて、同じぐらい凄い奴がいて、死闘を繰り広げるから手に汗握るのである。
今回は茅森プロがそうだった。序盤の和久津の勢いに負けず、オーラスの親で5本場まで積み、再逆転まで僅か3ポイントというところまで迫った。
最後は、和久津が3フーロのタンヤオのみ。待ちはカンチャンという、ある意味「らしい」アガリで優勝を決めたが、2人の戦いは素晴らしかった。
和久津と魚谷の女流桜花が面白いと思っていたが、和久津と茅森プロの戦いも、今後が楽しみになってきた。

『終わった後のこと』
試合がすべて終了し、表彰式の準備をしようとして驚いた。
控室に瑠美がいたからである。
麻雀の試合は長いし、途中敗退した者が最後まで居残る必要はあまりないので、帰っても良いと指示をしている。
表彰式には対象者全員が来てしかるべきではあるが、途中敗退は表彰の対象外という考え方だ。
麻雀プロのタイトル戦の表彰対象はあくまでも優勝者なのである。だから大抵の場合、途中敗退者は帰る。
悔しくて仕方がないのが普通で、残った人たちの勝負を見ているのも辛いだろう。
特に瑠美のように多忙な人は、すぐに帰るだろうという先入観があった。
麻雀プロ同士お友達で、打ち上げや飲み会が大好き、という軟派系の女流雀士でもない。
その瑠美が最後まで観戦していたので驚いたのである。
試合の前のインタビューで瑠美は言っていた。
「ハングリーさでは和久津さんや優木さんに負けてると思います。それって無理やり作れる感情じゃないし、そこが負けているのは認めます。でも、前回優勝した時、たくさんのファンの方が驚くほど喜んでくれたんです。だから、応援してくれる皆さんのために勝ちたいと思います。今回も勝ちにこだわります」
そうやって宣言したのに負けてしまったから、ファンの皆さんに申し訳なくて最後まで残って、エンディングに出てコメントを残したかったのだと思う。
優木は試合途中から、しんどい思いをしていたと思う。
点差は開く一方で、でも戦わねばならず、試合を壊すこともしたくない。
可能性が少しでもある以上は最大限の努力をしなければならないが、ツキの偏りは残酷で、手の中がすくすく育つどころか、危ない方へとどんどん進んでいく。
できることなら途中で投げ出したかっただろうが、そんなことができるわけもない。
試合終了後は憔悴しきっていた。
宮内は、もしかしたら試合後のインタビューで泣きだしてしまうのではないかと思った。
初日はさんざんな成績で、悔しかったと思う。
彼女はタレントからプロ麻雀界に転向してきた人で、最初は麻雀も並みの打ち手だった。
だが、麻雀界をナメてはいなかったし、麻雀が心底好きで、この世界で生きていくという覚悟があったのだと思う。
だから一生懸命努力をし、先輩方から厳しいことを言われながら、どんどん強くなっていったのだろう。
彼女の持っている才能のおかげで人気が出て、テレビ対局に出演する機会が多く、優勝回数も多い。
だが、なぜか連盟のタイトル戦には縁がなく、今回が初の決勝戦だった。
私は、メディアで活躍することこそがプロの仕事だと思うが、プロ雀士たちにとって、タイトル戦というのは重みがあるようだ。
特に最近はニコ生で放送できるようになったため、タイトル戦の重みは何倍にもなっている。
世間から見れば「宮内さんは別に勝たなくてもいいじゃないの」と思われるかもしれないが、本人がそうやって割り切れるわけがない。
そう思っていたら予選に参加などしないし、ここまで勝ち残ってくることはできない。
2日目に3連勝して、奇跡の大逆転があるかも? と思わせただけで凄いことなのだが、やはり負けは負けである。
放送終了後、私は宮内に「放送中に泣いとけば好感度上がったのに、案外、姑息じゃないんだね」と優しく声を掛けたら、いつものような気の利いた返しはなかった。
本気で悔しくて、感情を抑えようと我慢している人に対して悪いことをしたと反省した。
宮内さんごめんなさい。
カテゴリ:プロクイーン決定戦 決勝観戦記












