中級

第90回『長所と短所』

まさかまさかの8回目。最初の話では6回で終了のはずが延長戦に。
当然ネタも無くなれば締切も過ぎていく毎日。
今これを書いているのも既に締切から1週間が過ぎようとしております。

何の責任を持たずに、ただただ徒然を書くのと、こうやって読み物として提供するのでは、全く意味合いが違うという事をつくづく感じた数ヶ月でした。
そんなわけで、今回いよいよ最終回。最後までお付き合いの程を宜しくお願いいたします。

麻雀に限らず全ての競技において、RPGのステータスの様に自分の能力が機械的に数値化できれば、誰々が強い、誰々が弱いと説得力があるのですが、そんな都合の良いものはございません。

麻雀格闘倶楽部やロン2で表示されるレベルであったりレーティングは、ある程度の指標にはなりますが、あくまでそのコミュニティ内での位置づけにしかならず、それを知らない人からすれば、必ずしも評価されるものではありません。

例えば、自分は守備的な打ち手と評される事が多いのですが、自分としてはかなり攻撃よりなバランスタイプの打ち手のつもりという事は過去の読み物でも書かせていただいたと思います。
しかし、放送のコメントでよくいただく言葉は『デ○は繊細』※不適切な発言により伏字にしております。

そもそも攻撃ってなんでしょう。守備ってなんでしょう。
この認識が人によって違っている事が、上記のような有難いコメントをいただいている原因なのだと思います。

日本プロ麻雀連盟チャンネルの対局放送で、よく使用されるルールは競技ルールです。
競技ルールは、一発や裏ドラ、カンドラ、赤牌といった要素を排除しており、結果的に攻守がはっきりしやすいといった特徴があると思います。

巷のルールだと、ドラがヤオチュウハイの時に1,000点のタンヤオ仕掛けをいれても、赤をツモったり、カンドラが乗ったりして満貫になる事がありますが、競技ルールでは他に手役がない限りは、せいぜい1,300点にしかなりません。

リーチにしても、一発や裏ドラがないのでピンフでリーチをしても2,000点、2,900点、ツモって700・1,300、1300オールにしかなりません。

打点があまり高くならないので、無駄な放銃を避けるのは当然の見解で、どんなに攻撃的な打ち手だとしても、最低限の守備力は自ずと備わっていくものです。

自分はその典型で、手成りで進めていって大して高くもならない手牌で戦うよりも、スピードでは遅れを取りますが、まずは手役を作り、終盤までもつれる様であれば、満貫、跳満クラスの手牌で戦いにいくという戦略を持っているんですね。

間に合わなければオリればいいし、間に合う様ならガチ対決です。
結果、手にならなそうな中盤では受けに回るため、守備が~という話になるのかと思われます。

さて、今回のタイトルである『長所と短所』ですが、麻雀において人それぞれ長所と短所が存在していることかと思います。
自分に当てはめれば、長所は我慢が出来ること、手役を作ること。
短所は見切りが早い事、スピードが遅いこと、といった感じでしょうか。

この、長所と短所、果たして長所を伸ばすことを優先させるか短所を消すことを優先させるか、
どちらが正しいのでしょうか。いや、正しいというのは語弊があるかもしれませんが。

あくまで自分の意見としては、長所を伸ばすべきであると考えています。

基本的に長所と短所は対角線上に位置するものです。
冒頭に書いた数値化の話ですが、六芒星みたいな物を思い浮かべて下さい。
攻撃の対角線上に守備があり、スピードの対角線上にあるのが手役といった感じです。

例えば、攻撃が7、守備が3の人がいたとすると、短所である守備を消しにいった場合、果たして攻撃も下げずにいる事ができるでしょうか。
守備が4になったとしても攻撃が6に下がってしまっては長所も一緒に消えてしまいます。

それよりも攻撃が8、守備が2になった方が、プレイヤーとしての魅力は大きくなるでしょう。
もちろん理想は攻撃が8、守備が3のままだったり、攻撃が7、守備が4になる事ですが、
能力の総数の底上げは、いつだって並々ならない努力と才が必要なのです。

ゲームの能力みたいな書き方していますが、英検2級と漢検2級持っている人が、同時進行でどちらも1級になるのは才能レベルの何かが必要ですよね。
普通は片方どちらかを死に物狂いで勉強して、やっと1級になれるものですから。

僕達麻雀プロは、ファンや対局を見て下さっている方の心に残るようなプレイヤーを目指す必要があります。
有利だから、不利だからというだけの理由で全員が全員同じ様な麻雀を打っているのを配信しても、
その場で誰々が勝った、誰々が負けたという感想だけで時間が経つと風化してしまう事でしょう。

それよりも、「あの時の○○は凄かった!」「よくあそこで我慢した!」みたいな感じで、時間が経っても話題になる様な対局を目指す事が、麻雀の勝ち負けと同じぐらい大事な事です。

だからこそ凡庸なプレイヤーではなく、何かしらの魅力があるプレイヤーにならなくてはなりません。
短所を消してオール3の能力を持つよりも、長所を伸ばして5と1だけの能力になった方が、見ている人はドキドキしてもらえるとは思いませんか?

放送のコメントで、批判的な発言をいただく事も多くありますが、それは結局、そのコメントを書いた方の麻雀観と、打ち手の目指しているものが離れているからで、どちらが正しいといったものでもないんですよね。
まぁ、人間ですから、完全なボーンヘッドをやらかす事も時にはあるでしょうが。

ただ、自分の中でそぐわない選択をした時に、反射的に否定から入って終わりではなく、その打ち手が何を考えて何を持ってその判断をしたかを考えてみると、意外に深い何かがあるのかもしれません。

武芸の見取り稽古ではありませんが、自分が麻雀を打たなくても、人の麻雀を考えながら見る事によって、自分が麻雀を打った以上の経験値が得られる事も多くあるのです。

考えた結果、それが自分に必要のないものなら捨ててしまえばいいだけですし、何事も一番宜しくないのは、食べず嫌いであることであると思います。

というところで、そろそろお別れのお時間が。
中級講座と銘打ったにも関わらず、最後まで全体牌譜の一つも出さなかった自分はなんなんでしょうか。

まぁ、元々打ち方云々よりも精神的な部分を題材にしようと思っていたのもあるんですが、持論として、同じ場面は二度と起こらないというものがありまして、一度取った配牌には二度とめぐり合えないのに、全体牌譜を出してこの場面は~と説明しても、果たして同じ場面にめぐり合えるのかといえば答えはNOなわけです。

あくまで似たような状況が起きるだけで、んじゃそれを解説して参考になるのか。と、考えたら
結局はその時何を考えたか、どんな価値観を持っているかの説明が多くなるのであれば、全体牌譜を使わなくても、こうやって文字だけで伝える事もできるかなぁと。

決して牌譜を探すのが面倒とか、文字だけの方が楽とかじゃないですから!
むしろこっちの方が大変ですから!

さて、次回からは新しい方が中級講座を担当する事になるようです。
誰かはまだ内緒ですが、きっと自分以上に素晴らしく為になるものが公開されると思いますので、
ハードルを上げつつ失礼いたします。