第143回『勝負の感性⑬~クールに打つ~』 荒 正義
2019年04月20日
第5期麻雀グランプリの決勝戦は、初日は瀬戸熊が好調で、プラスが50Pを超えた。
私は沈みである。この時点で、瀬戸熊が優勝する確率は70%だ。吾妻と藤崎と私は、優勝は10%あるかどうかだ。しかし、勝負にあきらめは禁物。激しく動いた運も、一夜明ければ風向きが変わりこちらに戻ってくることがある。
打ち手は、好調でも不調でも冷静に状況を分析し、クールに対処することが大事だ。
案の定だ。2日目の第5戦は、私がトップで瀬戸熊がラス。第6戦は私がトップで、瀬戸熊が3着。このとき、私は大三元を決めて1人浮きのトップを取ったから、瀬戸熊との立場が逆転。優勝の確率は、私が70%を握った。他の3人が10%となったのである。
そして、第7戦。東1局に、親の瀬戸熊のリーチが飛んで来た。
このとき、私の手はこうだった。
ツモ
もちろん、私はオリである。この手がいくら進もうと、親には向かう気なしである。残り2戦だ。現状は圧倒的有利な立場だから、自ら危険を冒す必要はない。
ところが流局と思った矢先、瀬戸熊が最終ツモでパチンと引いて、これだった!
ツモ
三色で、4,000点オールだ。
(やるもンだな…)と私は思った。ここまでは、余裕で笑っていられたのである。
1本場。ドラ
今度は9巡目に、吾妻のリーチがかかる。
ここでも、私は向かわない。打点があって好形のテンパイでない限り、オリである。ツモでもロンでも、吾妻のアガリは私に味方するのだ。その分、瀬戸熊の追い込みが厳しくなるからである。これも、場合の正しい状況判断。しかし14巡目、瀬戸熊の追いかけリーチが飛んで来た。
このリーチにで、打ち上げたのが吾妻だった。瀬戸熊の手は、ドラのが雀頭でこうだ。
リーチ棒付きで、12,900点のアガリ。決めるときに決めて結果を出す。これが、瀬戸熊の強さだ。一方、吾妻の手はこうだった。
これで、こっちの尻に火が点いた。しかし、焦ってはならない。
焦ると一打の失投が、取り返しのつかない致命傷になるのだ。
それは、我が家の食卓の光景に同じ。
そのときのおかずは、マグロの刺身。すると真っ先に飛んでくるのが、茶トラ猫の「リュウ」である。行儀よく前足をそろえ、姿勢を正す。私と目が合うと小首を傾げ、つぶらな瞳でじっと見るのだ。いつもこれに、やられるのだ。
しかし、塩分は猫の大敵である。あげたいのは山々だが、あげるとカミさんに叱られる。
マグロが3切れになる。するとリュウの手が風を切り、私の顔前でブンと鳴る。
「俺を忘れるな!」
と、云っているのだ。
とうとう、マグロが最後の1切れになる。もう、我慢が利かない。素早く前足の爪で最後のマグロをひっかけ、リュウが向こうに飛んで行った。これがリュウの状況判断の甘さである。これはカミさんが居る前では、絶対にしてはいけない行為だ。
以来、この日から魚の干物とマグロは、我が家の食卓から消えたのだ。冷蔵庫にマグロがあれば、私が夜中にこっそりあげることも出来た。リュウはたった一度の焦りで、「魚」というタイトルを永遠に失ったのだ。
この半荘は瀬戸熊に譲り、自分の失点を少しでも防ぐこと。これが、このときの私の状況判断だ。しかし、この半荘は大いに荒れた。この後、紅一点の吾妻が盛り返し、断トツの瀬戸熊を抜いてトップに躍り出たのだ。そして、この半荘の結末はこうだ。
吾妻 +18,1P
瀬戸熊+11,3P
藤崎 ▲4,8P
荒 ▲24,6P
そして、総合成績がこれである。
荒 瀬戸熊 吾妻 藤崎
+21,5P +11,0P +6,6P ▲39,1P
次が最終戦。泣いても笑っても、あと半荘1回ですべてが決まるのだ。ここでも、クールな状況判断が必要である。
追い込まれてはいるが、焦りは禁物。瀬戸熊と私の差は10,5Pだ。おそらく着順勝負だ。瀬戸熊がトップで私が浮きの2着なら、点差は6,5Pまでの余裕がある。しかし、私が沈みの3着で瀬戸熊が浮きの2着なら、ほぼ逆転。順位点が▲4Pと+4Pで、8Pの差がつく。したがって瀬戸熊は私より2,600点、上ならいいのだ。
しかし吾妻は、上位2人を抜くためにはトップが条件だ。人気者の藤崎は、残念ながら圏外である。この条件をしっかり頭に叩き込み、私は次に臨んだ。
東1局。ドラ
出親は瀬戸熊で、順に吾妻、藤崎、私の並び。早くも勝負の場面だ。最初に仕掛けたのは吾妻。二役鳴いて、河がこれ。
ポン ポン
吾妻は前回、瀬戸熊に12,900点を打ちながらそれを逆転したから勢いがある。満貫以上の仕掛けに見える。本命はピンズの染め手。次がトイトイ。いや、その両方の役が重った跳満かも知れない。ドラがなのも不気味だ。あの手をアガリされてはいけない。しかし、吾妻のツモの指先に力が入っていないから、まだテンパイではない、と私は踏んだ。
同巡、私の手がこうなった。
ツモ
私は、を切った。を先に切りたいのは山々だったが、吾妻に鳴かれるのが嫌だった。次に、上家の藤崎からが出た。この場面で、四暗刻の役満など無意味だ。今、大事なのは吾妻のアガリを止めることである。なので、ポンで切り。吾妻の伏せられた、7枚の手の内はこうだった。
ポン ポン
吾妻も、ポンで切り。これが、私のロン牌になった。
ポン
先にを入れられたら、逆には吾妻のロン牌だった。これが、牌のあとさきである。微妙な勝負のアヤだった。私は、まず第一関門突破である。後は、この浮きを守りきればいいのだ。この後は、流局が続き小場で流れた。
南1局2本場。ドラ
卓上には、リーチ棒が2本ある。親の瀬戸熊は、28,000点持ちだからなんとしてもアガリを取りたい場面だ。ここに10巡目、藤崎からリーチがかかる。
このとき、私の手はこうだ。
チー ツモ
私の持ち点は34,200点。1,000点減ったが、向かう場面ではない。とはリーチの現物で、完全撤退だ。ここでもクールな読みが必要。
圏外の藤崎は、意味のないリーチなどするはずがない。なぜなら彼は、負けても勝負に美学を求めるからである。ガラリーなど絶対にありえない。ならばこの場面、高くて待ちが良いはずだ。17巡目、吾妻がを打つと藤崎の手牌が開いた。
7,700点だ。打った吾妻の手も、この手だからしょうがない。
チー
吾妻も、藤崎の手は予想できたはずだ。しかし、吾妻はトップが条件。
向かうからには、各々に立場と事情があるのだ。この半荘は親の役満以外、藤崎の和了はすべて私に味方する。私は藤崎に、放銃さえしなければいいのだ。
南4局。ドラ
私の持ち点は31,600で、瀬戸熊は29,300点。その差は2,300点。しかし、始まりの時点で10,500点の差があるから、合計で12,800点の差となる。
瀬戸熊の条件は1,000・2,000点のツモか、3,900点の私からの直撃だ。
私は、1人ノーテンでもOKだ。しかし瀬戸熊がこの条件なら、私はアガリに向かう必要がある。配牌はこれだった。
この時点で、ホンイツとドラの引きを見て、私はを切った。
ところがこの後、ツモが意外に伸びて9巡目でこうだ。
瀬戸熊の河はこうだ。
まだ動きも、テンパイの気配もなしである。すると10巡目の私のツモが、だった。
待ちは。
11巡目、を鳴いた瀬戸熊からが出た。瀬戸熊の手は、こうだった。
ポン
これで終了。次の1本場は、ノーテンで流せばいいのだ。
勝負に焦りは禁物。状況を把握し、沈着冷静に対応しクールに打つことが肝心である。
カテゴリ:上級