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第71回『一心不乱』

時はあまりにも早く過ぎ行く。喜びも悲しみもすべて束の間である。
荒正義さんが王位を初戴冠したのは24歳の真冬のことだった。
あれから40年近くの年月が経っている。

現在、どのくらいの数のタイトル戦があるか私もわからないが、20から30くらいはあるのだろう。
当時は王位戦を含め、たった4つしかなかったのだから、王位の価値は高く荒さんは一夜にしてスターである。

熱心な麻雀専門誌の読者であった私は、荒さんのお祝いの会があることを知り、雑誌社に問い合わせ参加した。
確か真夏の暑い日で、今はもう無いが、赤坂のホテルニュージャパンだった。
会場にいた荒さんは、おそらく50キロも体重がないように見えた。

「まだまだ、未熟者ですから、いけないところもあると思います。その時はどうぞ叱ってください」

主賓である荒さんのスピーチだった。
本当に短いスピーチで、その短さが逆に鮮烈なまでの印象として私の中に残った。
帰りがけに、お土産として荒さん直筆の扇子をいただいた。

“一心不乱”___扇子にしたためられた文字だった。

荒さんの当時の、そして今も変わらない麻雀への思いを綴った言葉のように思えてならない。

プロリーグ第6節、1回戦の東場が終わったところで、私はかなり好調を意識していた。

経緯としては、東1局、柴田が藤崎から満貫の出アガリで始まり、東2局、

一万二万四万四万五万七万八万南南北白白中 ドラ四筒

私の牌姿がこの形になったのが4巡目である。
対面の右田から打ち出された白を動かず、同巡、上家の柴田から打ち出された2枚目の白を仕掛けた。
この仕掛けがあまり良くなかったようで、六万を1枚、三万を2枚下家である藤崎に喰い流している。

ようやっと、九万四万を引き込んでテンパイを組めたのは14巡目である。
前巡、藤崎に3枚目の三万をツモ切りされた直後のテンパイで、流局するものだと思っていたが、右田から出アガる。

一万二万四万四万四万七万八万九万南南 ポン白白白 ロン三万

僥倖である。
東3局は満貫をアガった柴田の親番ということもあり、

一万一万二万三万四万七万八万九万四索五索四筒五筒六筒 ドラ四筒

7巡目のテンパイながら、慎重にヤミテンに構え出アガる。
迎えた待望の親番。

二万三万四万二索三索四索五索五索六索五筒六筒七筒八筒 ドラ七索

6巡にこの手牌にツモ八索。迷うことなく即リーチを打つ。
間もなく七索の引きアガリである。Aルールにおいては、かなり効率の良いアガリである。

1本場は横移動で終わる。
ここまでの流れ、そして、ここからの経緯を藤原隆弘さんがレポートで記している。

中盤戦に入って調子を上げ、決定戦が狙える位置に浮上してきた実力者、前原が初戦から東場をリードし、持ち点45,000程のトップ目。
このままブレイクして、3位に迫りかけるかと思ったのだが、南入の15,000しかないラス目、藤崎の親の上家でいきなりマンズに寄せるポン。
少し早くて遠いかと思えたが、チームガラクタ総帥はこんなガラクタポンからアガリを引き寄せる豪腕も時折魅せる。
しかし、この場面は親の藤崎の6巡目リーチを呼び込んだ、

五万六万七万三索四索五索五索六索七索八索八索六筒七筒  リーチ ドラ 八筒

皆オリに回るが、高目五筒 が3枚ドラ八筒 が2枚山。
程なく高目を引き当て一撃で浮きの2着、やっぱり今期の藤崎は沈まない。
オーラスは、前原トップ目のまま親番を迎えたが、3番手柴田が7巡目リーチ。
親の前原も追いつきこのテンパイ、

四万五万六万八索八索二筒三筒四筒四筒五筒六筒七筒八筒  ドラ八筒

3面張とは言え、残り枚数が少なく、リーチの柴田が六筒 を切っているのでヤミテンで押すが、
テンパイ気配が濃厚に出ているため、オリている藤崎と右田からは出そうにない。
前原が持って来たのはドラの八筒四筒七筒 を勝負してのシャンポンは片割れの八索 が2枚出きっている、
小考した前原は八筒 をツモ切りし、柴田のドラ単騎七対子に放銃、沈みの3着となってしまった。
こういう場面で前原はまずオリない、リーチや仕掛けに怯まず押し切って連荘し、デカトップに仕上げるのを何度も目にしているが、
今回はトップ目の親とは言え、南場に入ってからはアガリが無く体勢が仕上がってなかったようだ。
観戦していた荒鳳凰位曰く「アレは (現物)切って回らなくちゃダメだから・・・」
私も同感であった。

このように記されている。
確かに藤原さんの言う通りで、藤崎の親番での仕掛けは無い。

一万一万二万五万六万七万八万八万九万九万三索四索白

ここからの八万ポンである。
この牌姿からの仕掛けもいかがなものかと思うが、何よりも状態が良いと認識している中での仕掛けはやってはならないことだと私は思う。
自分のことだから記し易いが、藤崎の跳満はツモアガリしたものではなく、私がツモアガらせたものなのである。

続く1本場は、藤崎の柴田への満貫放銃である。
そして迎えたオーラスの親番、流れ1本場であり、私の持ち点は38,200点だった。
柴田のリーチと同巡にテンパイが入るのであるが、私の形勢判断では間違いなく柴田の方が上と認識していた。
それでも立ち向かっていったのは、トータルポイントを考えたことが大きい。

この時点で、3位に位置する伊藤とは約70ポイントほどである。
それと、私は柴田の手牌を読み損なっていた。完全な横形だと勘違いしていた。
そういう部分で勝負は決まらないと解っていながらも、放銃しても7,700止まりだろうと考えてもいた。
つまりは、配原は割らないだろうと。

付け加えるならば、放銃した牌姿しか載っていないが、実はこの手牌、前巡に一筒をツモ切りしている。
戦うならば、打四筒の追いかけリーチを打つべきだったように思う。
そしてきちんと放銃すべき局面だったように考える。

思い返しても心が千々に乱れる。
一心不乱___なかなかに到達するのが難しい境地である。

 

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