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第101回『サバキの神髄⑦ 逆転の発想…その②』 荒 正義

勝負は第9節3回戦の南場に入った。
ここまで、この半荘の持ち点は次の通り(カッコ内は、この日の2回戦までの成績)。

瀬戸熊29,400(+4.8P)
望月30,600(▲13.8P) 
ともたけ+27,200(▲51.0P)
沢崎32,800(+60.0P)

東場の動きは微細である。しかし、これまでの流れから視聴者は、沢崎がアガリを重ね得点を大きく伸ばす、と思ったはずだ。私も同じである。
彼には、腰の重さと多彩な技があるのだ。このチャンスを逃すはずが無いと思える。

だから注目は、絶好調の沢崎が浮きを百の大台に乗せるかどうかだ。まだ沢崎には、1回の親番と次の半荘があるのだ。
もう1つの注目は望月の反発である。彼は耐えに耐え、鷹の目をして陥落からの脱出のチャンスを狙っているのだ。果たして、そのチャンスは来るのか―。

では、南家の望月の手の進行を見よう。ドラは三万である。

五万八万一索一索四索八索九索九索二筒九筒九筒東北  ツモ一筒

これが望月の1巡目の手である。ここから手役の構想は、純チャンか七対子である。
その手役は、どちらにせよ捨て牌が派手になるから望月は北を切った。
これが相手の読みをかわす、ぼかしである。

次が七万ツモの五万切り。そして3巡目のツモが一筒四索を切る。このとき司会進行の白鳥が、感嘆の声を漏らした。

「あれ、この手は―」

七万八万一索一索八索九索九索一筒一筒二筒九筒九筒東

そうだ、ここから純チャンや七対子を見るのでは、狙いが小さい。一筒を重ねたことで、この手は一気に役満の清老頭(チンロウトウ)へと夢が広がったのだ。
望月の目はキラリと光ったに違いない。
すぐに下家のともたけから一筒が出る。すぐにポンだ。続いてともたけから九索が出る。これもポンだ。はたから見たら望月の手はこうだ。

???????  ポン九索 上向き九索 上向き九索 上向き  ポン一筒 上向き一筒 上向き一筒 上向き

そして、その河がこう。

北五万 上向き四索 上向き二筒 上向き八索 上向き

この2つの意外な仕掛けで、場に一瞬緊張が走ったはずだ。そう、3人の警戒すべきことは役満の清老頭なのだ。
清老頭は1と9の牌だけの構成役である。狙いが丸見えになっても、ここは1枚目が出ても鳴かなければならない。
スルーして、もう1枚が相手の手の内に使われたら終わりになるからだ。この時点で一万が河に2枚出ていた(すぐに3枚目出て枯れる)。

(本当にあるのか…?)
と、3人は疑心暗鬼だったはずだ。

清老頭なら、望月の手牌7枚はトイツが3組で、こうなっていることになる。

九万九万一索一索九筒九筒?  ポン九索 上向き九索 上向き九索 上向き  ポン一筒 上向き一筒 上向き一筒 上向き

出来すぎだが、可能性はあるのだ。だが、実際の望月の手はこうだ。

七万八万一索一索九筒九筒東  ポン九索 上向き九索 上向き九索 上向き  ポン一筒 上向き一筒 上向き一筒 上向き

この形なら一見、清老頭になる前にアガリになるように見える。だが、そうではない。
九万一索九筒の3種の牌が生きている限り、可能性があるのだ。あとは追求するかどうか、望月の意志の問題である。

ではこの後の、望月の手の内の変化図を示そう。
中が来て東切り。八万が来て中切り。そして九筒が来て七万切りである。

八万八万一索一索九筒九筒九筒  ポン九索 上向き九索 上向き九索 上向き  ポン一筒 上向き一筒 上向き一筒 上向き

まだだ、これが最終形ではない。八万が出たらスルーで、一索が出たらポンである。
望月はここまで考えていたはずだ。しかし、一索の出の期待は現実には無理だ。
出るときは九万が枯れて役満が否定されたときだけなのである。それがA1の対応である。それでも追求、これが望月の構えだ。

だが、実戦は先に九万が来てこれを手元に残し、望月は振りテンの辺七万に受ける。もちろんツモっても、アがる気はなしである。

八万九万一索一索九筒九筒九筒  ポン九索 上向き九索 上向き九索 上向き  ポン一筒 上向き一筒 上向き一筒 上向き

あとは一索九万のツモを待つだけだ。だが、展開は自分の思い通りに運ぶとは限らない。ここに、親の瀬戸熊からリーチが飛んで来た。

白中北東一万 上向き四万 上向き
五索 上向き七万 上向き三索 左向き

リーチなら七万を引けば、今度はアガる。なぜなら瀬戸熊が望月にぶつけてきた以上、打点は十分だしマチも相当と判断できる。
さらに、役満の否定材料が瀬戸熊の手にあることも予想されるからだ。
このあと望月に九万が重なる。

九万九万一索一索九筒九筒九筒  ポン九索 上向き九索 上向き九索 上向き  ポン一筒 上向き一筒 上向き一筒 上向き

こうなれば話は別だ。空テンでもいい、前に突き進むだけである。ドラだって切る。
このとき、瀬戸熊の手はこうだ。

三万三万三万四万五万六万二索二索三筒四筒七筒八筒九筒  リーチ  ドラ三万

手の内に役満の否定材料はなかったが、代わりに強烈な3枚のドラがある。
しかも、待ちは両面の好形である。こうなると脇の2軒は全面撤退だ。望月の手にリーチでぶつける以上、親も相当の手と判断できるからである。また、こうも考える。
(瀬戸熊のことだ。役満の否定材料があるかも知れない。いや、ないかも知れない…)
と、疑心暗鬼になる。

この後、3度4度と危険牌の叩き合いが続いた。この時点で、瀬戸熊のアガリ牌は残り1枚。望月は3枚生きていた。
しかし、顔を見せない。一索が他家に吸収された。このまま流局かと思いきや、望月の最後のツモが九万だった。

九万九万一索一索九筒九筒九筒  ポン九索 上向き九索 上向き九索 上向き  ポン一筒 上向き一筒 上向き一筒 上向き  ツモ九万

見事な清老頭の完成である。この後、望月は得点こそ伸ばせなかったが3人を沈めて1人浮きのトップだ。
次の最終戦も望月はこの流れに乗り、大量得点をたたき出したのである。2回戦終了時の得点はこうである。

瀬戸熊(+4.8P)望月(▲13.8P)ともたけ(▲51.0P)沢崎(+60.0P)

それが4回戦終了時にはこうだ。

瀬戸熊(▲33.3P)望月(+63.2P)ともたけ(▲47.8P)沢崎(+17.9P)

役満が出たとはいえ、この点棒の動きは珍しい。だが、褒めるべきは清老頭のアガリではなく、望月の闘う姿勢にあったのだ。
彼には必ず浮上するという「強い心」があった。そして我慢強い「忍耐」である。
さらに、チャンスが来たら、一気に攻め込む「機敏さ」も備えている。
心と忍耐、そして機敏さ。これが逆転の発想の三大要素で、サバキの基本なのである。

以下次号。