十段戦 決勝観戦記

十段戦 決勝観戦記/第33期十段戦決勝 二日目観戦記 荒 正義

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(勝負の明暗)
 
第5戦はダンプが抜け番。親は上田で順に・櫻井・藤崎・柴田の並び。
嵐の前の静けさという言葉があるが、立ち上がりは本当にそうだった。
開局は、70符1ハン2,400の櫻井のツモアガリでスタート。
次が櫻井の親番。藤崎に4巡目、絶好のカン三索が入りテンパイ。
七万七万八万八万九万二索三索四索四筒五筒六筒南南  ドラ三筒
南は自風だからピンフにはならない。なのに、ヤミテン。すぐに九万が出てアガる。このヤミテンに視聴者は違和感を持ったかもしれないが、これが一発・裏なしのAルールの打ち方である。
どうせ出るのは六万より先に九万の方である。アガリ逃しの可能性は少ない。それよりドラとの手変わりを待ったのだ。仮に三筒引き、こうなれば理想形。
七万七万八万八万九万二索三索四索三筒四筒五筒南南
これならリーチで、高めツモで満貫相当が見込める。まして親は、今のライバル櫻井だ。その前に九万が出て1,300の親落としでも、今はそれでよしとする。これが沈着冷静な藤崎の判断である。もちろんテンパイ即リーチで、打点は低いがスピード打法もある。どちらを取るかは打ち手の、雀風の問題である。
しかし、次の藤崎の親番は不思議だった。11巡目に四万を入れてテンパイ。
四万四万四万二索三索四索六索六索七索七索八索五筒五筒
これもヤミテンなのである。確かに藤崎の河にソーズは高いが、場には五索が1枚出ているだけだった。普通ならリーチをかけ八索を引きにかけ、3,900オールを狙うところだ。なのに、これもヤミテン。
そしてすぐに下家の柴田からツモ切りの八索が出て3,900のアガリ。
これが謎である。
 
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解説の瀬戸熊はリーチをかけるという。私もリーチだ。しかし、リーチをかけたなら五索八索はこの時点で残り2枚。リーチなら、柴田も打たないから残り1枚。アガリできたかどうかわからない。反撃にあって蹴られたかもしれない。
後日、藤崎が語る。
「リーチかヤミテンか迷った時、私はヤミテンに構える。いやな予感の時もそう。それが私の型なのです―」
そして1本場。
藤崎に早いヤミテンがまたまた入る。7巡目でこの仕上がりだ。
一万一万一万二万三万七万八万四索五索六索二筒三筒四筒  ドラ一万
この時、南家の柴田がピンズの染め手で仕掛けていた。だからヤミテン、これは解かる。運悪く上田が九万を掴んで11,600の放銃。さっきの手をアガリできなければ、このアガリもなかったことになる。
(またヤミテンかよ…)
これが、闇夜でバッサリの忍法・背中切り。これに打った相手がたまらない。腹の中では文句も出る。
 
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上田(五右衛殿、ヤミテンばかりとは卑怯でござる。それがお主の武士道か!)
藤崎(手前は武士ではござらぬ、伊賀の忍び者。フン、武士道だと…たわけたことを。戦は正面切って戦うばかりが能ではない。いかにして勝つかが大事なのじゃ)
上田(ケッ!)
2本場。藤崎は流局で親権確保。
3本場。今度は、怒った侍大将の上田から満貫のダブルリーチが入る。
三万三万八万九万四索五索六索四筒五筒六筒白白白  リーチ  ドラ九万
これも藤崎にうまくかわされる。
 
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3,900点の3本場。いや点棒ではない。点棒よりも大事な親番を守ったことに価値がある。
4本場。こうなると藤崎の勢いが止まらない。だが、その彼が9巡目に珍しく考えた。
一索一索三索五索六索六索六索七索八索九索二筒三筒四筒  ツモ七索  ドラ白
カン四索待ちのところに七索を引いたのだ。7巡目に八索を切っているからチンイチまでは見ないとしても、私なら一索切りで、カン二索に受ける。しかし、藤崎の打牌は七索だった。
そして1巡後のツモが二索である。私なら、ここで500オールのツモだ。藤崎は、間髪を入れずにリーチだ。さっきの思考の間は、ここまで考えてのことだった。
(じゃあ、リーチをかけるよ)と藤崎。
これが声に出さないが、卓上の牌の会話である。好調の親なだけに場に一瞬、緊張が走る。そして即ツモ。
 
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一通の高め、しかも振りテンの4,000点オールだ。やりたい放題で皆、唖然となる。
この半チャンは藤崎が主導権を取り、完全に勝負ありだ。この後、多少の点棒の動きがあったもののこの半チャンの結末はこうだ。
藤崎71,900 櫻井28,500 上田10,900 柴田8,700
これでトップ走者の藤崎は+110.4P。次点の櫻井が+44.3P。66.1Pの差ができたのである。
第6戦は点棒に大きな動きはなかった。オーラスで沈んでいたのは柴田と藤崎だ。藤崎の持ち点は25,200でラス目。櫻井にとっては反撃のチャンスだ。しかし、11巡目に藤崎のリーチかかる。
三万三万三索四索五索七索八索九索二筒三筒四筒発発  リーチ  ドラ四筒
ここで安全パイに窮したダンプの発が捕まる。
これで藤崎は浮きの2着を確保。トップは櫻井だがこの半チャン、それほど差は詰まらなかった。
6回戦までの総合得点。
藤崎 +115.4P
櫻井 +54.2P
上田 ▲36.3P
ダンプ▲59.8P
柴田 ▲74.5P
(供託1.0P)
 
7回戦
ここまでの展開は、トップ走者の藤崎が大きくリード。それを追う2番手の櫻井のマッチレースか。その差61,2P。まだわからない。櫻井が大きく浮いて藤崎が沈めば、トップとラスで並ぶ点差だ。
いや、鉄壁の守り誇る藤崎に大きなラスを食らわせるのは困難だとしても、沈めることはできる。そのとき、自分が2度トップ取ればいいのだ。チャンスは十分ある。櫻井はそう考えたはずである。
一方の藤崎はどうか。攻守のバランスは取れている。勝負の組み立ても思い通りだ。今の風は自分に吹いている。ならばこの風に乗って飛んでいよう。今は羽を休める時だ。向かい風が来たら、また羽ばたけばいいのだ。
櫻井にそのチャンスが来た。
 
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上家は染め手で、おそらくピンズ。なぜなら、ソーズがこれだけ自分の手にあれば、残りはピンズだろう。そして、下家は、第一打のドラ切りから国士狙いは歴然。藤崎の手は河から見る限り、遅そうだ。
当然、櫻井はこの五万を逃さない。チーだ。そして10巡目、藤崎が出した五索にポンテンをかけた。
 
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(これで出来た、後は下家の上田と2人で三筒六筒を引けばいいのだ…)
と、思ったはずである。
もちろん藤崎だって、ただで五索を鳴かせたわけではない。カン五筒のテンパイを張っていたのだ。そこに来たのがこれである。
 
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何も考えずに打つなら九筒である。しかし、上家は国士無双だ。テンパイの気配が漂う。当たれば32,000だ。
ここで藤崎には3つの選択肢がある。1つは完全撤退の安全策。次が九筒切り。そして、国士放銃だけは避ける六筒切りである。ただしこの六筒は櫻井の危険牌でもある。親の手は、八索九索が手出しだからドラ2の可能性が高いのだ。
少しの間があって、藤崎が選んだのは九筒だった。
仮に上田が国士無双を張っていたとしても、この九筒がロン牌とは限らない。相手は不調、そしてこちらは上昇気流に乗った好調者だ。運の差は歴然だし、今の自分にロン牌が浮くはずがない。大事なことはここで危険牌を止めることより、日和ってアガリを逃すことだ。だから九筒切りで前に出る。これが藤崎の態勢論である。
 
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案の定だ。上田は国士の南待ちを打北でテンパイ。三色高めの二筒は、3巡後櫻井が掴んだ。この一局がこの日のハイライト、『勝負の明暗』である。
ここで藤崎は、またしても忍法雲隠れでトップをもぎ取り、櫻井をラスに沈めた。次から五右衛門殿を「名人」と呼ばねばなるまい。
 
第8戦は櫻井が抜け番。
 
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ここも藤崎はオーラスで決め、浮きの2着を確保した。この夜、櫻井は麻雀で脳が覚醒し眠れなかったはずだ。彼はそのとき何を考えていたのであろうか―。
二日目終了時成績

藤崎智 +137.1P
櫻井秀樹 +38.0P
上田直樹 ▲49.5P
柴田吉和 ▲53.2P
ダンプ大橋 ▲73.4P