十段戦 決勝観戦記

第37期十段位決定戦最終日観戦記 西川 淳

坂を登り終えた時、人は何を思うのだろうか。

達成感に喜びを爆発させるだろうか。
いや、至るまでの困難を振り返るのか。
登り切れなかった仲間に思いを馳せることもあるだろう。
それとも…

12月20日。十段位決定戦最終日。
実況に古橋 崇志。解説に森山 茂和日本プロ麻雀連盟会長と佐々木 寿人。牌譜解説に大和。

 

100

 

9回戦(起家から、伊藤・柴田・本田・杉浦)抜け番内川

10回戦に抜け番となる杉浦は、この回で誰か1人をかわさないと途中敗退となる。
だが、一番ポイントが近い本田とも80Pほどの大差。

初日こそポイントをまとめたが、2日目に急失速。
とにかく戦える手牌が来なくて苦しかった。
全8回戦で放銃は7回とメンバー中の最少も、アガれない事には勝負にならない。
この半荘も同様だった。
アガることも振り込むこともなく、全く参加できずにオーラスを迎える。

それでもできることをやる。
誠実に最善手を求め続ける。

戦前のアンケートで、杉浦は真っ先に、無事に開催できる事と運営への感謝の辞を述べた。
対局者への敬意を示し、良い試合にしたいと抱負を表明した。
それは最後まで崩れることはなかった。

オーラス、親の杉浦の4巡目。

一万一万一万五万七万九万四索五索五索五索六索七索七索九索  ドラ五索

杉浦の選択は五万
次巡、八索を引き入れリーチ。
五万の先打ちが効果的だ。
まだ5巡目。実にアガれそうな雰囲気がある。

果たして、伊藤が、安牌に窮し八万を抜いてしまう。
トップからラス近くまで落ちてしまう痛恨の一撃。
頭を抱える伊藤。

これは勝手な想像だが、杉浦とてアガリたくもないアガリだっただろう。
親満貫とはいえ、敗退を免れるポイントには全く届かない。
届いたとしても優勝までは更に遠い。
優勝争いをしている伊藤に、そんな自分が斬撃を浴びせる。
誰も邪魔したくないという心情から断腸の思いだったかもしれない。
もう…坂を登るのはやめたくもなる。

しかし、4人で打つ麻雀ではそんな思いは許されない。
こんなツラいアガリも対局者の責務のうち。
しっかり打ち切る。
最後まで貫き、杉浦は最終戦となる9回戦をトップで締め静かに牌を置いた。

以前から卓越した技術を有し、さらに力強さを増し連続決勝を果たした杉浦。
これだけツイてなかった3日間をもってしても、敗因を運のせいにしないだろう。
分析を基に修正をし、覚悟を加えて、また戦いの場に戻ってくるはずだ。

9回戦成績
杉浦+18.4P  柴田+11.2P  伊藤▲10.3P  本田▲19.3P

9回戦終了時
内川+81.0P  柴田+43.6P  伊藤+14.5P  本田▲49.6P  杉浦▲90.5P

 

10回戦(起家から、伊藤・内川・本田・柴田)抜け番杉浦

ここから登場のトータル首位、内川。
開局に積極的に仕掛けて300・500をツモると次局の親番16巡目。
ピンフドラ2のテンパイ。
残りわずか2巡だったが構わずリーチ。

これはただのリーチ宣言には見えない。
この1日をどう闘うかの他者への宣言にも見える。

そして一発ツモで4,000オール!
宣戦布告!
気炎万丈、華々しく口火を切った。

この時点で内川はトータル100P超え。
2番手柴田に約70P差をつけた。

これで火が付いたのが逆転の柴田。
次局に2軒リーチを制して、喰らいついていく。

いよいよマッチレースの様相。

一方、本田は苦しい。
ここまで十分形にこだわり、勝負する時はしてきたが風が吹くことはなかった。

予選を長い間見守り、観戦記を担当した浜野 太陽は決定戦の前から本田に注目していた。
技術や強さだけでなく、手の入り方が尋常ではなく驚かされてばかりだったという。
伝説の予感を抱かずにはいられなかった。

裏話になるが、少なくないプロが同様の雰囲気を本田に感じていた。
「本田くん、なんかやりそうだよね…」
予選の早い段階から、そんな会話を、本人不在の場のあちらこちらで耳にした。
過去そのような令聞が現実と結びつくことを何回も経験してきた。

遡ること2か月。

ベスト16B卓

最終戦のオーラス、通過を争う瀬戸熊 直樹と本田 朋広の差はなんとわずか100点。
瀬戸熊は、ディフェンディングの伊藤に「なんとしてでも決勝に来い」と発破をかけられていた。
報いるように、使命感に満ちた素晴らしい内容で南2局に本田を逆転。
オーラスは、本田より100点上の状態で中盤にテンパイ。アガるかテンパイで勝ちあがりだった。

対して本田はバラバラの手牌。親は必ず伏せるので事実上の最終局。流局でも敗退だ。
なんとも高い瀬戸熊の壁。

それでも15巡目にテンパイにたどりついた。

 

100

 

四万を切るか、六万を切るか。
六万は瀬戸熊のアガり牌だ。

1分以上の時間をかけ、本田は四万を選び、1巡後に1枚しかなかった六索をツモりあげた。
奇跡のような本田の生命力。

この選択の理由を本田は後に「延命だった」と語っている。
待ちは五万のほうが明らかによく見えていた。
しかし六万の危険度が高すぎた。
最終的に「1巡でも長く戦いたい。少しでも可能性をつなぎたい」という気持ちが本田に決断させた。
そしてそんな本田に運命は微笑んだ。

話を決勝に戻そう。

少しでも長く戦いたい。そうすればいつかチャンスは来る。
本田は、この決勝でもそう希い続けたのだろう。
実に、実に、丁寧に打牌を選び重ねていた。

東4局

対面の伊藤が終盤にリーチをしている。
ここに本田、テンパイ。

 

100

 

六万は全部見えており、一万は通っている。一万四万待ちはない。
四万も4枚見えている。タンキやシャンポン待ちもない。
あるとしたらカンチャンだが、四筒がカンされ345の三色もない。
他家にも目立った捨牌はない。

四万はほぼ通る牌にみえる。
イーペーコードラ1でリーチしてツモれば満貫になる手。
リーチはなくても少なくともテンパイはとるだろう、と見ていたが。
本田は、東を切り、四万は打たなかった。

実は、親の柴田が四万待ちでひっそりとテンパイしていた。
本田はそれを察していたのか。
それとも十分形ではないので、万が一のリスクも排除するという考えだったのか。
いずれにしても、ここでテンパイを崩す本田の勝負に対する真摯な態度と美意識に感動を覚えた。

少しでも長く戦う。
チャンスを待って、納得のいく形にしてからぶつける。

南場の親で、カンチャンを引き入れ十分な形にしての三色12,000点のアガリ。

二万三万四万二索三索四索七索八索九索三筒四筒北北  ロン二筒

しかし、これが本田の最後のアガリとなる。
11回戦と12回戦に本田の手が開かれることはなかった。

おそらくは、ここに至るまで本田が作り上げた本手を、内川、柴田、伊藤が跳ね返したことが大きかったということなのだろう。
それでも想像せずにはいられない。
その勝負所の一牌の上下が逆になり、1回でも本田が制していたならば、どんな世界線があっただろうと。
そして、きっとその続きはまたどこかで本田が見せてくれるだろう。

この10回戦は、柴田が爆発。
東4局に嶺上開花で親満貫をツモ。
南3局には残り1枚しかない牌をツモり再び満貫。
大きく息を吸い込み躍動、ツモる姿が印象的だった。

5万点を超える大トップを成し、トータルでも内川に猛追。
杉浦は、ここで敗退となった

10回戦成績
柴田+32.8P  内川+7.0P  本田▲9.1P  伊藤▲32.7P

10回戦終了時
内川+88.0P  柴田+76.4P  伊藤▲18.2P  本田▲58.7P  杉浦▲90.5P(敗退)

 

11回戦(起家から、本田・柴田・伊藤・内川)

伊藤が、最後の攻勢に出る。
変幻自在の手順で東場にして4回のアガリ。
持ち点を5万点近くまで伸ばす。
依然上位2人とは大差。
だが、態勢さえ引き寄せ型にハマれば一気に逆転できる力は、有る。
そうやって今まで幾度も伝説をつくってきた。

南2局

 

100

 

伊藤、9巡目にリーチ。
2枚切れのドラ表示牌のカンチャン待ち。役は無い。
平時の伊藤ならまずありえないリーチ。

この意図するところは壁。
柴田と内川に簡単には乗り越えさせないぞと壁を突きつけているのだ。
世の中に伊藤のリーチほど怖いものはそうはない。
2者が怯むなら、かすかなチャンス、光明が見えてくるかもしれない。

対して。
柴田、親番で2,900のテンパイだったが、放銃すれば原点を割る。
安全牌の西が雀頭なのでオリにはさほど困らない。
だが往く。
伊藤のリーチ後に持ってきた完全に無筋の危険牌五索を音もなくスッと切る!

内川、自身はまだ1シャンテン。振り込めばラスになる可能性が高い。
安全牌なら雀頭になっている七筒が2枚ある。
だが往く。
ドラまたぎの無筋の危険牌九万を大上段から叩き切った。

この2者の二打に、今期決勝の「これまで」と「これから」が集約されていたように見えた。
力強さの象徴。
伊藤は、敗戦後のインタビューで「柴田と内川が素晴らしかった」と振り返った。

気高い若武者達の応戦に、伊藤は納得するかのように目を閉じた。
この局は柴田のツモアガリで決着。

さあ、最終局面だ!

連荘の親、柴田。
テンパイ取らずの見事な手順を仕上げ、高目12,000の3メンチャンリーチ。
これに四暗刻の1シャンテンから真っすぐ押し返すは内川。
安目ながら5,800の放銃。
大きく息を吐く両者。

そうだ。これは完全に一騎打ちだ。
それぞれの親番。
サイコロを押す指先、配牌に伸ばす手、開けられる手牌に注ぐ眼差し。
その全てに全神経を傾け、祈りをこめる。

 

100

 

オーラス。
親の内川。
16,100点持ちのラス目。
柴田に逆転され、26.7Pの差をつけられている。

配牌は苦しく、七対子に向かう。
先に伊藤に三色の満貫テンパイが入る。
内川、絶体絶命。

だが、内川の山読み・手順が、与えられた材料で最速のテンパイを引き寄せる。
さあ、どっちだ?

 

100

 

直前に本田が七筒のトイツ落としをしている。
九筒六筒の見え方としても、八筒が良いとして待ちに選ぶと誰もが考えただろう。

しかし、内川は三索待ちを選択。そしてリーチ。
内川が山にあると考えていたほう、手牌の一番左に温存した三索に全ての命運を賭けた!
実況、解説も驚きの声。
だがお見事、なんと待ちは全て生きていた。
それならばと伊藤も追っかけリーチ。こちらも大物手なのだ。
息の詰まる局面。結果は見えない。
どうなる…

威儀を整え、ツモ動作に入る内川。
どんな心でアガリ牌の絵柄を目にしただろう。
両サイドの髪が跳ね上がるほどの勢いでツモ牌を振り下ろす内川。
リーチツモ七対子。3,200は3,300オール!
「ホントかよ…」
アガリ形を目にした柴田はもとより全国視聴者の心の声が聞こえてくるようだ。

畳みかける。
内川、1本場もリーチ。
歯を食いしばりツモ牌を引き寄せる様はまるで弓をひくかのよう。
リーチツモタンヤオで2,000は2,200オール!
これで、一気に柴田を再逆転。

更にトップ目の伊藤から1,500は2,400。
トップに迫る。

ならば柴田。
「今度は拙者の番」とばかりに、4本場。
またもやラス牌をツモっての満貫!
逆転してトップは、トータルも再々逆転。

竟に最終戦へ。

11回戦成績
柴田+20.1P  伊藤+9.5P  内川+3.6P  本田▲33.2P

11回戦終了時
柴田+96.5.0P  内川+91.6P  伊藤▲8.7P  本田▲91.9P

 

12回戦(起家から、内川・伊藤・本田・柴田)

プロ連盟規定により、最終戦の席順はトータルポイント順に上記のように定まる。

柴田と内川の差は、なんと4.9P。
この長い長い道のりを経ても、なおここまでも競るものだろうか。
最終戦に順位が上になった者が則ち勝利という単純明快な図式が出来上がった。

東1局、内川が柴田から1,500を直撃。
すると
東2局、柴田が内川から5,200で応酬。

南1局、柴田が、この日何度もみせた8枚目の牌(最後の牌)でのツモ。300・500を決める。
お返しに
南2局、内川が、同じく8枚目の牌(最後の牌)でツモ。1,300・2,600!

シーソーゲーム。
最後の最後まで勝者がわからない近年稀に見る死闘。
もつれる脚、挙がらない腕を、奮い立たせ、両者、最終場面へと向かう。

オーラス。
点は柴田が上。
内川が逆転優勝するためには、5,200以上のツモアガリか柴田からの直撃が必要だ。

親の柴田。
なんと3巡目にしてテンパイ。

一万一万一万五索七索七索二筒三筒四筒五筒六筒七筒北北

柴田は流局してノーテン宣言すれば優勝。
しかし、それまでに内川が条件を満たすアガリをする可能性も十分ある。
自分がアガると、もう1局勝負が長引くが、内川の条件をかなり厳しくすることができる。
ただ、役無しテンパイなのだ…
この最終局面で、なんという難解な、麻雀の神からの問い。
柴田、どうする?

柴田の決断は五索切りリーチ。
生涯で一番重たかったであろうリーチ棒を卓上に差し出した。
最大限のリスクと引き換えに、この手をアガリ内川を封じることに賭け、茨の道を選んだ。

南家、内川。
柴田からリーチを受けて自分の手はこう。

二万四万七万八万九万九万二索二索六索九索一筒一筒五筒九筒

バラバラで重い手。打点も見込みにくい。
放銃しても厳しいし、ノーテンでも厳しい…
この最終局面で、なんという過酷な、麻雀の神からの試練。

内川は、唯一の現物の四万を抜くところから始めた。

この局は流局までもつれることになる。
リーチを受けた内川も厳しいが、リーチをした柴田も厳しい。
双方、毎巡毎巡、精魂を注いで打つ。
肩で息をする。一打一打が心底重たかっただろう。

 

100

 

内川は、最終ツモでテンパイを果たした。
髪を乱し、危険牌を打ち抜いた。
脇の2名も放銃することがなく耐えた。

オーラス、1本場。
本局にて決着はつく。
13分以上にも及ぶ気の遠くなるような1局となった。

内川の条件はやや緩くなり、5,200のツモアガリか柴田からの2,600直撃。

今度は柴田、早々にオリに回った。
あとは、内川が条件を達成するかどうかだけだ。

流局すれば柴田優勝。
条件を突破すれば内川優勝。

一巡、一巡、全身全霊で、条件クリアへの道筋を精査する内川。
まるで試すかのように、選択を要求する悩ましいツモの連続。

そして13巡目。

 

100

 

ツモ1300・2600を達成するには、リーチ・ツモ以外に1つ以上役が必要。
ただ、1役だけの場合は、40符以上が必要になる。

南家なので海底(ハイテイ)も期待はできる。
タンヤオ…
ダブ南
イーペーコー…
ドラ…
ハイテイ…
暗カンによる40符の達成…
どれかを選び、どれかを捨てなければならない。

他にも多岐に渡る複雑な要素の組み合わせ。
他家の手牌構成。

「どの牌がまだ生きている!?」
「どの役なら達成できる!?」

十段位になる!
就位への一念が集中力を極限に高めてくれる。

内川、2分近い大長考。

 

100

 

内川の苦悶と同時に、柴田も極限状態にあった。
長考は内川に可能性が残されていることを指す。
それが長くなればなるほど、選択の幅があることも意味し、現実味を帯びてくる。

待つ間の柴田の心中は想像を絶するものだっただろう。
視線を卓上に置くこともできない。
俯き、耐えるのみの時間は永遠のよう。

しかし、柴田はもう祈ることしかできない。

 

100

 

やがて、内川は、五索をツモ切った。
南七万も山に生きていた。
内川の読みは合っていた。

ただ、18巡の間に4メンツを構成できる牌の来方が許されていなかった。

最終戦は、内川の1人テンパイによって流局。

内川、敗れる。
だが、これほどまでに「全てを出し切った」プロは記憶にない。
一寸たりとも集中力を切らさず尽くし続けた姿に多くの人の心を震わせただろう。
敗れてなお強し。
再起を誓う先には輝く未来が大きく広がっている。

12回戦成績
伊藤+18.7P  柴田+5.5P  内川▲4.6P  本田▲20.6P

最終成績
優勝 柴田 吉和 +102.0P
準優勝 内川 幸太郎 +87.0
第3位 伊藤 優孝 +10.0
第4位 本田 朋広 ▲112.5P
第5位 杉浦 勘介 ▲90.5P(敗退)

 

100

 

終局直後、深く息を吐く柴田。
残心。
笑顔はなく、何かに思いを馳せ、大きく頷いた。

終始「積極」の姿勢を貫き、その分、最後の最後で紙一重を制したのだろう。
柴田のアガリ29回のうち、ツモアガリが過半数の16回。
実に強い内容での戴冠と成った。

映像には映らなかったが、終了挨拶後、3者から差し出された祝福の握手に柴田はグッと来たという。
そして応援してくれたファンに対する感謝の気持ちがあふれ出た。

表彰式が終了したのは21:30を過ぎたころ。
全148局。
3週間に及んだ激闘の長さと過酷さを如実に物語る。

見上げると、上弦の月。

東京の九段坂は、江戸の時代より観月の名所であり、人々が坂上で月の出を賞したという。
坂を登り切った後に、眺める月の美しさはいかほどのものか。

第37期十段位
柴田 吉和

100