JPML WRCリーグ 決勝観戦記

JPML WRCリーグ 決勝観戦記/第1期JPML WRCリーグ 決勝観戦記 黒木 真生

WBCではなくWRCです
日本プロ麻雀連盟のルールはAとBがあり、Aは一発裏ドラなしで、Bはあり。Bは順位点が少し違うという程度で、大きな差異はなかった。
だが、今期からBルールは廃止されることとなった。
一発・裏ドラありの試合は、すべてWRCルールで行うことを決めたからである。
WRCとは、World Riichi Championshipの略で、リーチ麻雀世界選手権のことである。
2014年にフランス・パリで第1回大会が行われ、山井弘プロが優勝した。女性部門の1位は魚谷侑未プロだった。
大会には、実に40名もの連盟プロが参加した。総勢120名の大会だったので、約3分の1が連盟の選手だった。世界選手権の委員会から招待されたわけではなく、全員が自腹でエントリー費や旅費宿泊費を支払って参加したものである。
ヨーロッパの麻雀愛好家が組織を作り、ヨーロッパの選手権大会を何回か開催した後、満を持して世界大会を開催するのであれば、本家本元の日本の麻雀プロとして参加しないわけにはいかない。
日本式麻雀の世界への普及のために。そしてあわよくば、自らが初代チャンピオンとなって名を挙げようと、数十万円を工面して臨んだわけである。私もコツコツと毎月お金を積み立てて、旅費を作った。
否、私たち中堅や若手はそういった野望もあるにはあったが、小島武夫、森山茂和、伊藤優孝、荒正義、前原雄大、沢崎誠ら、もういい加減「名」は十分に挙がり切っている人たちもこぞって参加したのであった。彼らはただ「思い」に応えるためだけに行った。
特に、当時すでに77歳と超・高齢の小島先生が「行く」と言った時は驚いた。
先生、しんどかったら別に行かなくてもいいんですよ? と言っても、
「いや、ファンの人が楽しみにしてるんだろ? なら俺は行くんだよ」
と言われた。
いや先生、戸田や平和島へ行くんとちゃいますよ? 地球の裏側へ行くんですけど大丈夫ですか? しかも、ファンって言ったって外国の人だし…。正直そう思ったが、実際に行ってみて驚いた。
小島先生と一緒に会場入りした私の方を、離れたところから外国人の三人組が、チラチラ見ている。私はそちらへ近づいて行った。そして、
「キミら、あのお方が、どなたやと心得てガン飛ばしてくれとんの? え?(実際は Do you know him? と言った)」
と聞いてみた。しかし、答えは帰ってこず、3人の若者は顔を見合わせている。
何だ、私の英語の発音がアカンすぎて通じていないのだろうか。もしかしてフランス人とかロシア人で英語知らんのかこの子らは。
と思っていたら、
「ミスター麻雀・小島武夫御大ですよね。Youtubeでチューレンポートーをアガるのを見ました」
と返ってきたではないか!
そうなのだ。もうすでに麻雀の映像は世界に届きつつあったのである。
とまぁ、話は大幅にそれてしまったが、要するに、日本式麻雀で世界への普及に貢献したいと考えているからこそ、Bルールを撤廃して、できるだけ世界選手権ルールを採用するようにと考えているわけだ。
もちろん、リーグ戦や十段戦、王位戦など、Aルールで行われてきたものは別だが、マスターズやプロクイーンなど、一発・裏ドラありのBルールが採用されてきたものは、2017年4月からすべてWRCルールに変わる。
これに伴い、Aルールという名称もなくなる。これまでAルールと呼ばれていたものは、日本プロ麻雀連盟公式ルールとなる。つまり連盟の公式戦は、連盟公式ルールか、WRCルールの2通りになるわけだ。
ちなみに、WRCルールは、途中流局や国士無双の暗槓チャンカンなどの「例外」が極力排除されている。初めて麻雀に触れる人が、覚えるべきことがちょっとでも少なくなるように配慮されているのだ。
このJPMLWRCリーグも、同様の発想でスタートした。
今年10月に行われる第2回世界選手権ラスベガス大会を盛り上げる意味もあって、この年にスタートさせたのだ。
WRCリーグには、初年度から多くの連盟員が参加した。
何となく皆、麻雀を真面目に頑張れば報われるという気持ちになっているのだろう。
特に無名の若手にとってはチャンスである。
これに勝ったからといってラスベガス大会でシード権があったりするわけじゃないが、出たいと言えば出られる可能性は高いだろう。
だが、決勝まで進んだ者の中で、まったくの優勝未経験者は菊原真人だけだった。
勝又健志は、言わずとしれた前・鳳凰位であり、グランプリMAX優勝の経験もある。麻雀プロ団体日本一決定戦では連盟の大将として、ぶっちぎりの成績で他団体を圧倒した。WRCリーグ決勝戦の前日まで鳳凰位決定戦で打つという、超ハードスケジュールだった。
中村慎吾も若手ではあるが、WRCリーグと同じG2クラスのチャンピオンズリーグで優勝している。
羽山真生はプロ入り前、学生時代に王位を連覇するという経歴を持っている。また、プロデビュー後も、九州の大会で二度優勝を経験している。
この羽山という人、名前が私と同じ真生と書くのだが、読み方が「まこと」というのは決勝戦で初めて知った。私は「まさお」である。
20年近く前、彼が王位を連覇した時に、下の名前が一緒だということで覚えていたのだが、何と読むかは知らなかったのだ。
それがどないしてん。と言われるのは百も千も承知である。この羽山が、好スタートを切ったからこそ、このエピソードを挟んだまでである。
何が悲しゅうて、40過ぎたオッサンの、下の名前、一緒だね、言うてじゃれなアカンのか。
ちなみに、羽山の方が年下というのも決勝戦で初めて知った。
ずっと「さん」づけしてて損したと思った。
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「待て」のサインでも「振れ」
一回戦、羽山が好調だったのは間違いないが、羽山はその好調をキープすべく、独走態勢に入ってもその手は緩めなかった。

14巡目、白を仕掛けた親の羽山だが、勝又のリーチを受け、アタリ牌の八索をつかんでオリを選択。
五万六万七万の順子から七万を捨てて手を崩した。
しかし次巡、羽山は四万をツモって順子が四万五万六万と復活し、浮いていた1枚切れの東がリーチに通った。
さらに次巡、八索七索がくっつき、一索の対子落とし。最後は九索をツモって、結局テンパイしてしまった。
アタリ牌を持ってきて一度は諦めた親が、続いたのであるから不調なわけがない。
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羽山は、南2局の勝又の親リーチに対して、暗刻の七索を勝負してテンパイを維持した。
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確かに二索よりは七索の方が通りそうである。ただ、七索が必ず通るとは限らない。自分は6万点持っていて相手は親のリーチ。もうツモはない。麻雀を数字でとらえている人なら、ほとんどがオリるのではないだろうか。
だが、なぜか羽山は七索を打った。
これはたぶん「気合」なのだろうと思ったが、いくら観戦記だとはいえ、勝手にそんなことを書いて全然違ったら羽山に申し訳ないので、電話取材をしてみた。
「普段のリーグ戦なら現物を切ってオリると思います。でも決勝はアタマ獲りですから。ただ普通にやっててもダメだと思うんです。ここでヒヨると、この後、徐々に腰が引けた麻雀になって、行くべき時に行けなくなるんで」
つまり、かなり要約すれば「気合」ということである。気合が足りないと、麻雀は勝てないのだ。それを羽山は経験で知っていた。
「でも、王位を連覇した頃は分かってませんでした。あの頃は、ただひたすら、丁寧に麻雀を打っていただけなんです。そうしたら勝つことができました。でも三連覇がかかった時の最終戦で、ありえないところから逆転負けを喫したんです。その時に気づきました。勝負事っていうのは、自分が勝ってて勢いがある時に、とことんまでリードを広げようとしなければならないんだなと」
しかし、羽山はただ、気合バカのごとく、何でも切るというわけではない。
「理想は、アタらないようにガンガン突っ込んでいくことですね。放銃はしたくないけど、アタらない牌でオリるのも嫌なんで。それを完璧にできる人はいないかもしれないけど、それを目指して打ちたいですね」
単なる気合ではなかった。失礼した。ちゃんとした理論があった。
つまるところ、羽山は常に戦っていたかったのであろう。
強い高校野球チームの監督は「待て」のサインの時でも、ストライクゾーンにボールがきたらちゃんとスイングするよう指導するという話を聞いたことがある。もちろん打者は力強く空振りをしなければならない。
一瞬、無意味に思えるかもしれない。
「待て」のサインが出ているということは、相手の投手が何を投げてきても、打者に打たせたくないわけだ。
ランナーが走るためかもしれないし、投手がコントロールに苦しんでいて、四球を狙うため、ストライクが1つ入るまでは待たせたいのかもしれない。あるいは、投球後に相手の守備陣形がどう変化するか、見たいのかもしれない。
いろいろな理由があるが、もし振るように指導したために、ボール球を振ってしまったら大損である。万が一、ボールに当たってしまったら目も当てられない。
ではなぜ、そんなリスクがあるのにわざわざ振らせるか。
それはリスクがあるからだ。
監督として、常に選手を「戦闘態勢」にしておきたいのだろう。「待て」と言われて、一瞬でも「何もしなくていいや」と気を抜いた選手が、プチ平和ボケ状態になることを避けたいのである。最初は「プチ」平和ボケで済むかもしれないが、徐々にその平和ボケウィルスが増殖し、体と心を蝕んでいくかもしれない。だからあえて、リスクを冒させるのだ。
羽山の七索切りは、それと似たような意味があったのだと思う。
オリるのは簡単だけど、次に同じような局面がきたら、またオリるのか。
少しずつ点差が縮まって、打ったらヤバイぐらいになってきたら、もっと早くオリるべきか。そうやってオリの局面が増えてくると、放銃は減るだろう。しかし、相手にそれを悟られると、攻め込まれることになり、さらにオリるべきケースが増える。これを繰り返している内に、大量リードがいつのまにか接戦となり、逆転される。
こういった決勝戦のパターンを、羽山は自身でも味わい、また、他人が打つ決勝戦を見てきたのであろう。
「羽山は七索が通る」と「思った」から七索を切った。そして手を開けてみると、二索の方がアタリ牌になっていた。
羽山は、今日は牌のめぐりも良いし、自分の感性も間違っていない。勝てる日だと考えたと思う。
しかし、ここまで腹をくくって戦っているつもりの選手でも、思うようにいかないのが麻雀なのだ。
一回戦は羽山のダントツで終了したが、二、三回戦は完全に菊原ペース。
最終四回戦開始時点では、以下のように大幅にリードを許していた。
菊原 +57.8
羽山 +21.6
勝又 ▲37.3
中村 ▲42.9
羽山本人いわく、
「途中、どこかで守ろうという意識が働いてしまったのだと思います。それが敵に付け入る隙を与えたと思います。これじゃいけないと思い直しても、たいていは遅すぎてダメなのですが、今回は幸いにも、最終戦でチャンスが訪れ、優勝することができました。これはラッキーだったと思います」
本人は謙遜しているが、ただのラッキーでないことは明白だ。
羽山自身の評価では「もっと攻めることができた」「もっと踏み込めた」という反省があったかもしれないが、少なくとも、相手のそれを凌いでいたからこそ、優勝できたはずである。
麻雀は精神論がすべてだと言うつもりはない。
ただ、少し前まで鳳凰位だった勝又でさえ、絶不調のバイオリズムにあたったら、優勝のチャンス皆無状態で4戦を戦わなければならないこともある。
中村にしても同じだ。当日は、何をやってもうまくいかないように見えた。あれ? 僕どうやって決勝戦まで上がってこれたんでしょう? といわんばかりの不調ぶりであった。中村の実力を発揮するチャンスがほとんどなかった。
でも、こういった現象が常に起きうるのが麻雀なのである。
だからこそ、勝てるチャンスがあって、それが指に引っかかった時ぐらいは確実に勝ちたい。漏らしたくない。プロ雀士はみな、そう思うのだ。
今日は勝てそうだ。否、勝たねばならない。
暗刻の七索を打てばテンパイする。アガリはなさそうだ。テンパイ料が欲しいというわけでもない。打たなくても、どうってことはない。打つと痛い。でも、これはアタらないと思う。アタらない保証はない。
こう考えた時には、羽山は打つ人なのである。
どうしても勝ちたいからこそ、自分を信じて、打つ人。一方で、勝ちたいからこそ、絶対に打たないという人。どちらもいる。
今回勝った羽山は、前者の人なのである。
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