JPML WRCリーグ 決勝観戦記

第7期JPML WRCリーグ 決勝観戦記 小林 正和

長い激闘の後、祝勝会も兼ねて僕らは新宿歌舞伎町へ向かった。

慣れない土地柄に苦戦しながらも何とか路地裏にある一軒のお店に辿り着く。

そこには既に対局者やスタッフ、祝福に駆け付けた仲間達で溢れかえっていた。

『お疲れ様です。対局を終えての今の心境をお聞かせ下さい。』

この世界は勝者がいる中で必ず敗者が存在する。

心苦しいがフラットな気持ちで1人1人にインタビューをしている時だった。

『お疲れ様です』

驚いた事に先程まで戦っていたあの冷静な表情とは全く違った目をしている。

そして自分自身にも問いかけているかのように慎重に言葉を選びこう答えた。

『最後の最後に神様から・・・』

その瞳はかすかに澄んだ液体で輝いているように見えた。

■対局者の特徴

日本プロ麻雀連盟が公式に採用している競技ルールは2種類。
① 日本プロ麻雀連盟公式ルール
② WRCルール

前者は一発裏ドラのないもので一般的に打点に重きを置いた方が良いとされ、鳴きも効果的である。
一方で後者は打点よりも待ちの良さをベースとしたリーチの比重が大きくなるのが特徴である。

それを踏まえて決勝メンバーの特徴をベスト16・8の1~3回戦までの打ち筋データと共に振り返りたいと思う。

 

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まずは言わずと知れたレジェンドの1人、伊藤優孝。
十段位獲得や苦しい所からのA1リーグ残留などは記憶に新しい。
実績・経験から見ても大本命と言える。
ここまでの打ち筋の特徴としてはリーチ率が低いながらも打点力が高い。
また鳴きも多用している所から見ると、日本プロ麻雀連盟公式ルールよりの打ち方である。

 

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続いてはこの方、ダンプ大橋。
近年ではトーナメントや決勝での勝負強さが光る。
本手を決める大胆な手作りから局回しなども得意としている為、先行されると3者にとっては厄介か。
場況や相手に合わせたリーチ判断などにも注目したい。
打点に寄ったバランス型というデータが出ている。

 

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紅一点の中野妙子。
近年は女流桜花の決勝にも残るなどダークホース的な存在。
下剋上そして初の女流戴冠となるか。
得意のリーチと高い守備力で応戦したい。

 

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そして最後にこの方、真鍋明広。
もともと在籍していた九州本部では実績はあるものの、東京に進出してからは大きなタイトル歴はない。18期生ということで間もなく20年とベテランの領域に入るがここを勝ち切り、遅咲きの花を開かせたい。
データ的にはWRCルールの特性を活かしているが、手役重視の手組やベタオリをしない粘りの打牌選択も持ち味だろう。
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■挑戦者と現チャンピオン

中野からの親リーチとダンプのドラ色のマンズ仕掛けに挟まれた真鍋。

 

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両者の現物はないので真っすぐ行く選択肢もあったが、真鍋が選んだのは雀頭の八索
親には無筋ではあるが、ある程度打点を絞る打牌選択のバランスは道中でも見られた。
この後も現物は抜かず回りながら以下の牌姿でアガる。

 

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何気ない選択ではあるが真鍋の粘り強さが出た局となった。

この後も挑戦者の立場である中野・真鍋の好調さが際立つ中、その流れを断ち切りに来たのが伊藤。

 

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愚形・ドラなしの言わずと知れたガラクタリーチである。
濃い捨て牌と今までの高打点のイメージを利用した、まさに相手の心理の裏を突いた駆け引き。
挑戦者に問いかけるようなリーチでもあった。

これに対し真鍋はメンツを中抜き、もともと受けていた中野も撤退へ。
これが経験値というものかどうかは分からないが一瞬で2者を下ろさせた。

しかしこれに黙っていなかったのが現チャンピオンのダンプである。

 

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親番でこの良形・中間打点をヤミテンにしていたダンプ。
もしかすると伊藤をマークしていたのかもしれないが、伊藤のリーチを見るや否やツモ切りリーチで追いかける。

結果は2人テンパイとなるがそれぞれの心情が出た面白い局となった。

そして迎えたオーラス。
先程のヤミテンの答えがはっきりとした形で現れる。

 

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ダンプが親の真鍋からのリーチを受けてのこのテンパイ。
着順アップも見込める点数状況なのでリーチも有効だが、選択したのはヤミテン。
すぐに五索をツモり3着を受け入れた。

受け入れたというより伊藤にラスを押し付けたと言った方が正しいのかもしれない。

それと同時に挑戦者の2人に対して

『これぐらいの点数差ならまだまだ捲れる自信がある』

というメッセージでもあった。

 

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■戦う姿勢とエンジン始動開始

2回戦目の開局、親のダンプが4,000オールで周りにプレッシャーを掛け、迎えた次局

 

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ダンプが更に圧を加える。

しかし、そこに追いついたのは中野。

 

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役なしドラ1の両面待ち。このルールなら勝負手だが四索七索は場に4枚見えでかつドラ跨ぎ。ましてや親リーチも入っているとなると比較的行きづらい。しかし、中野はノータイムで追いかけた。

結果は中野がトップ目の親のダンプから四索を打ち取る。

 

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これを皮切りにダンプから3,900、5,200と直撃を食らわせた中野。きちんと対局に入り込み、戦っている印象だ。

そして、その中野がトップ目で迎えた2回戦目のラス前。

それは突如として現れる。
今まで眠っていたエンジンがここに来て動き出したのだ。

 

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伊藤の初アガリ。
着順アップと素点回復となる価値ある8,000の加点。

 

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一方、真鍋は痛いラスとはなったが、データ通りの安定した守備力を駆使し最小失点で耐える形となった。

そしてダンプは上手く着順をまとめ早くもトータル2位へと好位置に付け3回戦へ。

 

■死神の魔力と試練の時間

後半戦となった3回戦も開局早々、真鍋と中野の大物手が炸裂し点差を離されて迎えた伊藤の親番

 

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トータルトップとは120.0P以上ある状況でこのチャンス手。
皆さんならどうするだろうか。

伊藤が選択したのは『ヤミテン』。

この選択肢ができる人はどれだけいるのだろう。
カンチャンドラ1即リーチと言われている現代麻雀においてこの選択だけでも人を惹きつける。

そして
トータルトップの中野から狙い定めた八索で出アガリ、直撃の12,000に成功する。

中野は対局後、伊藤の高いヤミテンに最善の注意を払っていたと語ってくれた。
伊藤はこの厳しいマークを受けながらも自身の信念を貫き、そして結果を出した。

伊藤の勢いが止まらない

 

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親の伊藤が先制リーチ。

そして数巡後、中野も追いつく。

 

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テンパイだがドラなしのピンフのみ。それも余る牌はドラまたぎの六索
前局に手痛い放銃をしたとはいえ、現状トップ目でありリーチ者はトータルラスの伊藤である。皆さんならどうするだろうか。

中野が選択したのは六索を押して『ヤミテン』。それもまるで安牌を切るかのようなソフトな打牌。
この選択肢ができる人はどれだけいるのだろう。先程とはまた違った魅せ方で人を惹きつける。

結果は、伊藤の1人テンパイとなるが中野のメンタルは揺れていない。
一方、エンジンが回りだした伊藤。親番が落ちた後も手が入る。

 

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この手も普段と変わらずヤミテンへ。
まるでひっそりと待ち構えている死神のように。

そして、これに飛び込んだのが非情にも怯まず戦ってきた中野であった。

 

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麻雀は時には理不尽な事も起こる。今に始まった事ではない。そこも含めて麻雀の魅力なのだ。

 

■神様から与えられた課題

最終戦開始前は上下40.0P差以内であったが局は進み、優勝の行方はオーラスへ。

 

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焦点は中野・真鍋の着順勝負。その差は現状12.1P。
中野はもちろんアガれば優勝である。

先制は親の真鍋。早い巡目でドラドラのリーチを打つ。

 

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手詰まりしたダンプからワンチャンスである三万が場に放たれ7,700の出アガリとなる。
これでポイント差は4,4P。

この緊迫した状況、中野の心境はいかに。
しかし、その心配はすぐに消えた。

 

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この状況で至って一番冷静だったのは本人だったのかもしれない。
中野は自身の心を落ち着かせるかのように卓を拭き始めたのだ。

しかし次局、またしても先手を取ったのは真鍋。

 

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ただ今回は選択のある牌姿。確定三色かピンフ両面の2択。
四筒が2枚切れという難しい選択の中、真鍋が選んだのは八筒切りリーチ。

 

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そして四筒ツモ。
この極限の選択を見事に最速で引き当て、1,300オールは1,400オールでトータル首位へ躍り出る。

 

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ポイント差は1.2P。

1局挟んで迎えた南4局3本場。

 

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アガれば優勝のこの手牌。中野は対面の六筒にポンの声を掛けた。

 

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そして打八筒。一見何気ない選択だが、この後大きな過ちと気づかされる。

次巡のツモ牌は

 

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先程ポンした六筒であった。
そして、もしこの八筒を残す事さえできていれば今期のWRC優勝は中野であったのだ。

『お疲れ様です。対局を終えての今の心境をお聞かせ下さい。』

『お疲れ様です。あの八筒を残せなかったのは自身のミスでした。そして最後の最後に神様からまだ優勝するには早いよって言われた気がします。』

敗戦直後にこのような具体的な敗因の言葉はなかなか出てこない。ましてや、タイトル戦の決勝で優勝に一番近い所にいた事を考えるとどれほど悔しかっただろうか。
それでも率直な気持ちを話してくれた。それと同時にこう思わせてくれる。
これからもっともっと強くなるのだろうと。そしてあの澄んだ瞳はもう前を向いていた。

第7期JPML WRCリーグ優勝は真鍋 明広プロで幕を閉じた。
データが示す通り隙のない麻雀で、最後の勝負所の選択は見事でした。
本当におめでとうございます。

そして惜しくも敗れてしまった方々も、それぞれ引き込まれるような麻雀で今回こうして観戦記者という立場を通して間近で見ることができた事をこの場を借りて感謝申し上げます。

日本プロ麻雀連盟 小林正和

 

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