プロリーグ(鳳凰戦)決勝観戦記

第33期鳳凰位決定戦 初日(1回戦~4回戦)観戦記 瀬戸熊 直樹

何が僕をそう思わせたのか分からないが、連盟入会から「鳳凰位」になる事が僕の人生の全てとなっていた。
頂きに立ったとしても生活が安定する訳でも、生涯、冠だけで生活できる訳でもない。むしろ、莫大な時間と浪費だけが増えていく。

近年は、この業界に携わる全ての人の努力のおかげで、少しだけ日の目を見る称号になったのは確かだ。
それでもまだまだ他の競技から比べたら努力に対するリターンは小さい。

しかし、連盟トップの称号は常に全ての連盟員の目標であり、その輝きは色褪せるどころか、ますます大きな光を放っている。
登山家がチョモランマに何度も挑戦するかのように、連盟員は常にその頂を目指して日々麻雀を打っている。
今回登頂を許された4人の一挙手一投足を余すことなく伝えたいと思う。
読者の皆さんが何かに登る時の手助けとなれば幸いです。どうぞ最後までお付き合い下さい。

それでは初日のハイライトを振り返りながら各選手の紹介をしていこうと思います。
 
 
100

 

まずは現鳳凰位「勝又健志」
「麻雀IQ220」と呼ばれるほどの理論派雀士。
牌効率をこの男と議論するのは時間の無駄だと認識するようなものだ。
僕自身手牌の疑問が残った場合いつもこの男の答えを仰ぐ。
生命線は「読みの鋭さ」

 

少し脱線すると、今回の4人に限らずAⅠリーグに所属する選手は、常に自分の得意とする分野を持っている。
ただその長所は最大の短所となり得る事もある。
表裏一体となっている事を認識し、いかにそこだけに頼らず戦うかが決勝では大切となる。
 
 
100

 

まずは勝又の長所を良く表している1局。
3回戦南2局 ドラ七筒
前局「近藤スペシャル」と呼ばれる唯一無二のアガリを炸裂させ、迎えた近藤親の場面。

 

100

 

勝又はそこへツモ一筒

 

100

 

近藤の捨て牌からは、字牌とマンズは切れないように思える。しかし勝又の選択は何と「発

 

100

 

どこをどう考えたら「発」となるのだろう。

勝又:「前局で近藤さんにミラクルなアガリを決められたのは、開かれた手牌を見てすぐ解かりました。だからあの場面、近藤さんの時間を邪魔するのは上家の僕の役目と思っていました。一筒がロン牌とは思っていなかったですが、マンズや字牌より動かれる可能性が高いと思っていました」

その慧眼と危険察知能力には舌をまく。
常に、他3人の手牌を推測し出てきた牌から論理立てての推測。
その作業を怠らない勤勉さ。勝又の一番の武器である。恐ろしい打ち手に成長したと思う。
しかし、その読みの能力が仇となる事もある。

3回戦東3局 ドラ八索
100

ここから古川ドラの八索をリリース

 

100

 

近藤が八索をポン

 

100

 

事態は急変を告げる。古川は七筒八筒九筒チーのため、中よりカン二万を選択。

 

100

 

これを受けて勝又の麻雀IQ220が発動。以降僕の推測
「これ以上近藤さんに走られるのはさすがにヤバイ。ここは古川さん寄りの打牌をして、近藤さんの加点だけは避けなくては」と。
古川さんの手牌をチャンタ系の1,000点か2,000点と読み切り、中東と連打。
しかし結果は最悪に。読みは当たっていたが、古川も読まれるのは織り込み済みで、シャンポンには取らず、カン二万にしていたのと、近藤がタンヤオ系ではなく、遠い後ヅケの形から発進していた事。

勝又:「中は古川さんの安い手にアタるかポンと自信を持って切り出しました。しかし中に声がかからない以上、あとは古川さんに委ねる方を選択するべきでした。いつもは大事な対局は理より身体でぶつかる試合をしようと思っているのに悪い癖が出ました」

この対局の見所の1つとして1,000点と解かって、打っても良しと考える勝又と、1,000点でも打たないと考える近藤のコントラストにも注目してもらいたい。

 

100
100

 

ここで裏話を1つ。対局前、勝又はいつも目を閉じている。この時にいつも手をヘソの前でおむすびになる形に組んでいる。これが勝又の「黙想スタイル」だ。いつも自身に「黙想」と声をかけ、集中できたら「ヤメ」と声をかけているはず!?チェックして見て下さいね。

 

100

 

 

続いてこの日の主役に登場してもらいましょう。
 
 
100
 
近藤久春 17期生 50歳
全てのタイトル戦を通して初めての決勝である。
第33期AⅠリーグでは、近藤しかアガれない「近藤スペシャル」を連発。
第1節から危なげない戦いぶりで決勝戦の切符を楽々手にした。
最大の長所は、自分の決め事にしっかり従えること。具体的に言うとある手牌があったとして、このくらいまで伸びなければヤメとか、相手との距離感で分が悪いと、早々に撤退という風に自分の中で決めたラインに必ず従う意思の強さ。過去数年のAⅠリーグの苦戦から、そのラインを少しだけ「攻め寄り」にしたのが、今期の好調に繋がっているように思える。

 

最大の見せ場だったのがここ。

2回戦東2局親番 ドラ七万

前原が以下の仕掛け

 

100

 

東中をポンしている。ピンズ模様を少しでも消そうと一筒四索五索八万は手出し。
これを受けて近藤は以下の手牌。

 

100

 

前原の仕掛けにピンズが高いのは百も承知の近藤は、七索を選択。
東を自身がリリースして、七索を食い取られたのも大きな要素であったであろう。
この時点ではドラドラとは言え「受け」を意識。

しかしここから近藤の手牌が意外な方向に伸びを見せて、ツモ二筒と来て一応テンパイ。
さて皆さんなら何を切りますか?三万は場に2枚切れ。

100

近藤の選択は、打八万
二万か打七万しかないと見ていた僕にとっては驚愕の選択。

近藤:「打二万か打八万で考えていました。前原さんがピンズ本線なのは解かっていましたが、八万が手出しなのでドラは切れないと踏んでいましたし、放銃しないのを第一として現物の打八万としました」。

受けを軸にした近藤らしい答え。前原の誤算は良かれと思った八万後切りが、近藤の手牌に忠実な行動の道しるべとなってしまったことか。
もちろん八万を先切りしても、ドラヘッドの可能性は残るわけで、近藤の選択は同じに思える。
僕は、対前原には気持ちを強く持ちぶつけるしか突破口がないと思っていた。しかし今期近藤の対前原には、どこまでも自分と手牌に忠実に行く作戦をとり、功を奏しているように思える。

そして次のツモ五万で打二万とし勝負。前原も、

二筒二筒二筒三筒四筒五筒六筒  ポン中中中  ポン東東東

フリテンながらも5面張とし捲り合ったが軍配は近藤に。

1回戦トップの前原、2着の近藤であったがここから近藤が加速して行く事になる。
では、この日の近藤は長所ばかりであったのだろうか?

近藤自身も後悔した場面が1つ存在していた。
それは勝又の紹介であげた本日2発目の近藤スペシャルをアガって迎えた親番。
南ポンして、1,500のテンパイを入れてしまう。もちろん勝又のスーパープレイがなければ、何も咎められなかったであろう1局。
これにより古川の2,000・4,000が発生し、親カブリをしてしまう。

ここは鳳凰位決定戦、普段はそこまで咎められない一打が、あっという間に展開を変える事を近藤自身も再認識したであろう。

近藤:「親だったのでポンテン取りましたが、ちょっと後悔しました」。

番組終了後の近藤のコメントが素敵だったので紹介しておく。

「内容はよくありませんでした、60点くらいでしょうか。でも結果は満点です。」

近藤自身の人柄を示すような謙虚で素直なコメントだと思いました。
 
 
100
 
続いては、尾張の野武士、古川孝次。1期生、67歳。
過去鳳凰位決定戦は8回進出。今回が9度目となる。
初めての決定戦で、鳳凰位になって史上初となる三連覇を達成。
独特な鳴き麻雀は「サーフィン打法」と名付けられ、鳴き麻雀全盛の現代でも、まず鳴き麻雀と言えばこの人の名前が挙がるであろう。

一昨年、脳梗塞を患い現役生活が危ぶまれたが見事復活。
古川自身が口にしているように、常にラストと思いながら全身全霊を賭けて戦う姿勢は僕も見習わなくてはならない。
実は今回の決定戦は、古川がキーマンになると思っている。初日古川のマークは前原であった。
古川が三度目の鳳凰位を獲得した時、「前原さんのリーチにはオリません」と答えていた。
その時は言葉の意味も解からなかったが、この言葉が僕の打倒前原への道しるべとなったのは間違いない。

初日、素晴らしく決まったサーフィンが1回。失敗とは言えないが、もし鳴かなければと言う場面が1度あった。

それでは初日のサーフィン打法を紹介しましょう。

2回戦東2局1本場 ドラ七索
前述した「近藤スペシャル」1本目が出た次局の古川の手牌。

 

100

 

北家であり、古川でなくても仕掛けるような手牌が来た。
しかし、親がいい状況の北家。鳴くたびに親にツモ回数を増やす行為。AⅠリーグのほとんどの人は非常に勇気がいる仕掛けとなる。しかし、そこは古川。

 

100

 

安定の鳴き。これが藤崎、前田の鳴きならもう何も出てこなくなるが、古川は1年間、いや40年間この鳴きを見せてきた。ここに他者の隙も生まれる。

ツモ五万、打南
北ポン、打七索(ドラ)。
ツモ五万、打西
ツモ四万、打発
ツモ七万、打五万
ツモ六万と来て、あっという間の2,000・3,900。

 

100

 

ポイントは自身の鳴きでプレスをかけて、親の近藤にドラの七索を鳴かせた所。
近藤は動かなくていい所で古川に踊らされた場面となった。
これがサーフィン打法の真髄である。もし、古川マークが全員の共通認識であればこうはならないが、全員が「また始まったよ」の意識を作り出したときにこそ、サーフィン打法は光輝く。

古川が初日の出来を振り返りこう答えてくれた。

「出来は50点。前ちゃんに打った三万が悔やまれる。あと、鳴きを控えていたけど途中からまた戻した。次回また頑張ります」と。

50点と言う事は、成功と失敗が半々ということ。古川自身が失敗と認識したかは定かでないが、それがこちら、

3回戦東2局0本場 ドラ西 またしても親でトップ目は近藤。
3人沈みの西家古川手牌。

 

100

 

完全にトイツ形の手牌。古川はどこから仕掛けるのか?
8巡目、近藤、古川共に七対子1シャンテンになって近藤の四筒を古川がポンして動き出す。

 

100

 

普通の打ち手なら前巡のドラ西を抱え、七対子ドラ2を本線にあわよくばツモり四暗刻を目指す場面。
しかし古川流は常に本能のままに自由に動くのが信条。
ここからトイトイのツモアガリも実はあったが、お返しか?今度は近藤が素晴らしかった。
古川のツモ筋にあった六筒発を完全ブロックして1人テンパイに持ち込む。
四筒もツモ筋にあった為、古川は鳴かなければ四暗刻もあったし、近藤が四筒発の切り順を間違っていれば、トイトイ発のアガリもあった場面だった。

 

100

 

古川のサーフィン打法が封じられた1シーンだったように思える。

 

 

100

そして最後はこの男、どの時代も「強いプロ雀士」筆頭に挙げられる前原雄大である。
態勢論、流れを重んじている前原だが、傍目には突然手が入り、怒涛の連荘で後にはペンペン草も生えないようなイメージがある。
しかし雀風とは裏腹に非常にデリケートで緻密な打ち手である。
決定戦進出11回。今回が12回目(過去最多)となる。

初日が終わった次の日のタクシーでポツリと前原がつぶやいた。

「やはり鳳凰位決定戦に対する意識が強すぎるのかなあ」さりげない言葉であったが、そこに前原の苦悩を感じる。

鳳凰位決定戦は、どんなタイトル戦よりも最高峰の戦いにしなくてはならない。
勝ったにしても負けたにしても、前原らしくなければならない。この想いが前原を苦しめる。

「打つべき牌を打つ。しっかり放銃してしっかりアガる」

前原麻雀の真骨頂である。前原が前原である為にヤメることが出来ない放銃もある。
でも、常に戦っているからこそ突然の凄い配牌や怒涛の連荘が始まるのも事実なのだ。

初日は、前原の苦悩と誤算を見ることとなった。

1回戦南1局

ここまで点棒を削られて1人沈みのラス。
古川がドラ六索のポンを入れた所で前原らしいリーチを入れる。

五万五万七索八索二筒二筒二筒四筒五筒六筒西西西  リーチ

高め六索をポンとされている場面のリーチのみ。鳴かした近藤も怖いし、局面的にはヤミにしそうな人も多い場面。
しかし、戦う姿勢を持って配牌を入れられるのが前原麻雀。
勝又から安目、九索を出アガリとし、ホップの局として迎えた親番。いきなりジャンプの配牌をもらう。

1回戦南2局親番 ドラ二筒

 

100

 

本当に1つのアガリ(しっかり戦ったアガリ)が、この男はきっかけになってしまう。
他の3人もこの親番は多少意識して迎えているはずだ。
3者とも予定調和で動き、この親を蹴りに行く。
バレてもともとと、子方3人の足を止めるべく前原が白切り三万待ちリーチ。

 

100

 

「前ちゃんのリーチにはオリない」ここに向かったのは古川。

 

100

 

前原からの八筒をポンして打三万となり、18,000の放銃となった。
勝又も近藤も落としに行って落とせなかった前原の親番。

この時に前原の誤算が生じるとは彼自身も思っていなかったであろう。一気に3者のマークを受けることになる。

 

100

 

古川は後悔していた。「あの三万が悔やまれる」おそらく古川の中では、鳴いて打つべき牌ではなかったと言いたかったのであろう。面前でテンパイの時は牌が行けと言っていると。
勝又、近藤にこの時の心境を聞いてみた。

勝又:「いやあ、このあと前原さんの時間になるなあと思い完全にマークしてました」
近藤:「前原さんマークにしました」

古川は前原を封じる事が戦前からのプランであっただろう。勝又、近藤はこの時までは、特に相手を気にしていなかったはずだ。
1回戦南場を境に前原はマークされていくのである。強者の宿命と言えばそれまでか。

決定戦前夜、帰りの電車内で前原と同じになり、軽くインタービューして気になった一言があった。

瀬戸熊:「前原さんはどうしてもマークされるから、キツイ展開になりますよね」
前原:「そんなことないよ。マークされた方が楽だよ」

前原から色々教わった僕であるが、この言葉だけは、理解できていない。だからこそこの言葉の意味を今回の決定戦で教えてほしいと思う。

初日を簡単に振り返ってみると、

1回戦、序盤は苦戦するも前原18,000が決定打に。

前原+14.9P 勝又+7.3P 近藤+2.8P 古川▲25.0P

2回戦、近藤スペシャルで近藤がアガるも、古川がサーフィン打法ですぐ巻き返す。

古川+20.6P 近藤+13.8P 勝又▲10.1P 前原▲24.3P

3回戦、近藤スペシャル2発目が出て近藤がトップに。

近藤+19.5P 古川+8.1P 前原▲10.4P 勝又▲17.2P

4回戦、勝又が2,600オールで抜け出し、2日目に繋げるも、近藤が好調を維持して浮きに回り終了。

勝又+11.8P 近藤+6.3P 前原▲6.5P 古川▲13.6P

初日トータル成績
近藤+42.4P 勝又▲8.2P 古川▲9.9P 前原▲26.3P 供託2.0

2日目展望
まず見所は、初日首位に立った近藤を3者がマークするのかどうか?
戦前、前原は「16回戦は先行有利」と語ってくれた。
トップ近藤とは3者とも1回のトップラスで変わる数字なのは間違いない。
しかし2日目もプラスされると確実に、追う3者の中で1人は苦しくなると思われる。
共同戦線を張るのか、自分の麻雀を打つ事を第一と考えるのか、ここが1つ。

次は自分の必殺技を各自が何回繰り出せるか。
近藤は初日大小合わせて、プラス4つくらいのオリジナルを出せただろうが、3人はプラスマイナス0と言ったところ。
これが、スーパープレイ2発ですぐ状況がひっくり返るような気もする。

4人が4人とも先行させないような試合で引き締まった初日ではあったが、2日目はもう少し打撃戦になると見ている。
乞うご期待。