新人王 レポート

第35期新人王戦 決勝レポート

【問題】
次の全体牌図は第35期新人王戦決勝、3回戦・南3局の流局シーンを示したものである。
南家Bが6巡目に2フーロ目をしてドラの二筒切りでテンパイ。そのドラを東を仕掛けている東家Aがポンして打六万で追いつきそれ以降は全てツモ切り。Bも西から全てツモ切りとなっている。これを見て以下の設問に答えよ。

 

 

1)テンパイしてからBはAに対して筋・無筋それぞれ何種類切ったでしょうか。

2)Bに該当するのは次の対局者のうち誰でしょうか。

 

■辻本一樹(36期前期3年目・D1リーグ)

『この決勝は自分にとって2回目のタイトル戦決勝です。前回は優勝した小林さんに完敗でした。めちゃくちゃ悔しくて何度も放送を見直しています。プロ3年目で2度目の決勝は十分すぎる戦績だとは思います。それでも、決勝進出という肩書きが欲しいではなく、タイトルを取るためにプロになったので。大学在学中にタイトルを取るという目標があるのですが、今年が大学生最後の1年です。この試合にかける思いは人一倍強いと思います。必ず優勝します。』

 

■浜野太陽(34期後期5年目・C2リーグ)

『公式戦の決勝は入会したて、2018年の王位戦決勝以来です。当時は決勝まで進んだこと自体が自分で信じられなくて、ハングリー精神のようなものは今に比べると少なかったように思います。今回は入会から4年経ち、いろんな方に麻雀を教わったり、仕事面でもお世話になったりして、そのおかげでここまで来られました。良い報告でお返ししたい気持ちでいっぱいです。最後まで気持ちを切らさず、精一杯戦います!』

 

■岡田舜(37期後期2年目・E2リーグ)

『今期、前期と若獅子戦ではあと一歩のところで放送対局のチャンスを逃していたので、今回初めての放送対局に出られることになってとても嬉しいです。決勝では初めての放送対局に緊張するとは思いますが、自分らしく、悔いのない麻雀が打てたら良いと思っています。頑張ります!!』

 

■木本大介(33期後期6年目・E1リーグ)

『自分が優勝すると思うので第35期新人王に相応しい麻雀を打ちたいと思います。』

 

 

 

■現役東大生は変幻自在!?

開局の辻本の手牌は四万五万七索七索八索四筒五筒七筒七筒八筒八筒北北となっていたがここから八筒をポンして北のトイツ落としへ。最終的にはドラの三索も勝負して以下のテンパイ形で親に11,600の放銃とはなるが『鳴いたらオリるな』と言わんばかりの全局参加宣言から幕を開けた。

 

 

 

 

続いて浜野から先制リーチ受けた辻本の手牌は二万四万四万二索三索四索二筒四筒四筒六筒七筒八筒九筒の牌姿。リーチ者からドラの四万がツモ切られるが微動だにしない。まるで黒沢咲を見ているような光景である。それどころかメンゼンでテンパイを入れると以下のように浜野からロンアガリとなった。

 

 

更に驚いたのは南1局のシーン。
1巡目
二万二万七万一索三索七索一筒七筒八筒九筒東東南ツモ八筒

辻本は打二万としチャンタを狙って1枚浮かせる選択へ。ともたけ雅晴や吉田直の手筋のような一打である。ところが親の木本の仕掛けと上家の浜野のドラ切りを見るや否や今度はそのドラにチーの声を掛けた。

 

 

まるで古川孝次の『サーフィン打法』を見ているかのようである。そして以下の手牌まで育てるとトップ目の木本から値千金の12,000直撃に成功する。

 

 

そしてこの半荘、辻本が見せたもう1つの顔が南2局の浜野からリーチを受けた時である。現物である一索を切れば1シャンテンキープとなるが河に放ったのは一万であった。他2者の安全牌を残してこの後の二の矢に備えた手組みはまるで前田直哉や藤崎智を彷彿とさせる。

 

 

攻守メリハリの効いた辻本が去年の初決勝の惨敗を払拭するかのように好スタートを切った。

 

 

■本当にプロ歴1年!?

1回戦は3着スタートとなった岡田の2回戦東2局の手牌が二万四万六万九万九万六索六索一筒三筒四筒八筒八筒八筒であり、ここにドラの北を持ってくる。悩ましい牌姿ではあったが岡田が選んだのはトイツの九万切り。日本プロ麻雀連盟公式ルールの場合、特別変わった選択というわけではないが焦点はその打牌スピード。あらかじめ準備していたようなノータイム判断であり現鳳凰の佐々木寿人が重なる。

 

 

また2回戦東4局、何とか上位陣に食らいついて加点したい親番の岡田であったが今度は辻本の仕掛けが入っている局面。
中盤に上家の辻本から愚形解消となるチーテンの七万が打たれるがこれをスルー。

 

 

 

人ならばリーチの威力が強いのは分かっていても場に放たれている3枚の四筒が目に入ってしまい声が出てしまう事も少なくない。
しかし岡田は迷う事なくしっかりと目の前のツモ山に手を伸ばした。こういった場面は良くベテラン選手では見られるが岡田はまだ入会1年程度の新人選手である。予選でも似たような構えはあったが周りに影響されない強い意志を持った選手なのは間違いないだろう。

 

 

■幻想を照らす太陽

この日解説を務めた藤崎智の以下のコメントが印象的であった。

『ひと昔と比べて現代では仕掛けが増えてスピードが上がってきた。その反面で打点が下がった分いかに高く見せるかが重要になってきている。』

その言葉が体現された局を紹介しよう。

2回戦南3局の浜野の配牌は二万五万七万八索八筒九筒九筒東東西北中中である。

現状では原点をキープした2着目であり残り2回戦を考慮すると1,000の加点も価値ある場面だ。しかし浜野は親の第一打の中をポンして打五万とする。その後ツモ八索で最初の分岐点を迎えた。

 

 

選んだのはドラ受け拒否の打八筒。一見すると牌効率の下がる一打ではあるが捨て牌に注目して頂きたい。五万七万とマンズのターツ払いを見せた後にドラそばの八筒手出しである。他3者にはどう見えるか皆さんもその立場になって考えてみてほしい。

1.スピードが速そう
2.ソウズのホンイツ狙い
3.チャンタ系の狙い
4.ドラが重なった
5.トイトイ狙い
…等

僅か数牌の情報だけで相手に色々な幻想を抱かせる事ができるのである。裏目のドラ七筒引きでもトイトイの種としても使えるこの秀逸な打牌を是非新人の皆さんには参考にして頂きたい。

結果的にはアガリに結びつかなかったが、場に制約をかけ時間を作り中東をポンして以下のテンパイ形となった。

 

 

 

■天才と凡才は紙一重

後半戦に入り少し縦長の展開となった3回戦南3局、冒頭に挙げた問題のシチュエーションを迎える。

少し細かく見ていくと、まず仕掛けたのは親の辻本。3巡目に西家の浜野から自風の東をポンして先手を取る。

 

 

そこに負けじと木本も4巡目に同じく西家の浜野からダブ南を晒して前に出る。

 

 

更に上家の辻本からアガリへ前進となる七筒をチーしてドラ二筒切りのテンパイ。

 

 

そして木本より打たれたその二筒を辻本が仕掛けてこちらもテンパイである。

 

 

ここまでは言葉が少し陳腐だが普通と言えば普通。
しかし次の画像を見て頂きたい。

 

 

これだけでは少し分かりにくいので補足すると、7巡目以降に木本が打牌した牌を示しており八筒三索五索七万二万三万六索となっている。
更に付け加えると親の辻本がドラポンを含む2フーロが目に見えており且つそれらの牌は親に通っていない無筋×5種類、筋×2種類であった。
あくまで数字上ではあるが、仮に辻本に11,600放銃するとその瞬間に逆転である。仮に辻本に3,900オールされてもまだ+20.0 P以上のリードが残る。仮にアガリ逃ししても辻本がアガるとは限らない。仮に…理で考えれば考えるほど選択肢は限りなく1つであろう。
その時ふとよぎった言葉。

『屈強なメンタル』

『決勝でも僕が天才と呼ばれる所以をお見せします。』

このコメントは決勝が始まる前に木本にヒアリングした意気込み等であるが、初決勝とは思えないほどの強気の姿勢が見られた。もちろん本人曰く精神力のタフさもあるだろうが何もそれだけに限ったものではない。
木本は普段、夏目坂スタジオで様々なタイトル戦の決勝戦を採譜という近い立場で目にしている。その中には通常なら考えられないような逆転劇などもあっただろう。

天才物理学者アルベルト・アインシュタインが残した言葉。

『天才とは努力する凡才である。』

特に決勝戦は馬鹿にならないといけないと知っていたのである。

 

過去最多参加者と史上稀にみる激戦となった新人王戦もついにクライマックスを迎えていた。

 

 

トータル4着目の親の岡田が3フーロしており以下の形でテンパイしている。

 

 

そして遂に優勝に向けて誰しもが通る決断の時間が木本にもやってきた。

 

 

ドラの五索を引いてテンパイである。フラットな状況であれば当然押す一手であろう。しかし今回は優勝という二文字が現実味を帯び、大きなプレッシャーとなって木本に重くのしかかっているのだ。
勝負するならば一索切りか二索切りの2択。ちなみに岡田の最終手出しは七索であり手牌に関連した牌であるのは間違いないだろう。

ここで初めて木本の手が止まる。

 

 

きちんと局面を精査すると、岡田からは仕掛けた後に八索九索には声がかかっていない。そうなるともしドラの五索が手牌に絡んでいると仮定するとある程度の牌構成に絞られる。例えば二索三索四索五索三索四索五索五索二索二索五索五索などが挙げられるが、もし放銃となれば1人沈みとなり差はほとんど無いに等しい状況に追い込まれる。

さてどうする。

静寂の間が流れ、木本は数回頷いた後に意を決した。

 

 

二索を打ち抜き
そして、

 

 

 

岡田から放たれた五索を見事にとらえたのである。
これが決め手となり第35期新人王戦の頂点に輝いたのは東京本部所属の木本大介となった。最後までしっかりと戦い抜き、有言実行通りの新人王に相応しい麻雀を見せてくれた事は疑いの余地はないだろう。

 

 

 

■第35期新人王戦優勝
木本大介

・準優勝:辻本一樹
・第3位:浜野太陽
・第4位:岡田舜

 

 

『最後までご声援ありがとうございました。新人王のタイトルだけでは駄目だと思いますので早くもう1つタイトルが獲れるようにこれからも勉強して頑張りたいと思います。ありがとうございました。』

優勝に一喜一憂する事なく次の目標に向けて前を向く木本。今後の更なる活躍に是非ご期待ください。

(文:小林正和)