プロ雀士コラム

プロ雀士コラム/インターネット麻雀日本選手権2015観戦記 瀬戸熊 直樹

勝負が終わってから、しばらく経って、優勝した水巻渉プロとASAPINさんに印象に残った局を聞いてみた。
予想通り、2人の勝負局は一致していた。それが以下の瞬間である。(以降敬称略)

状況を説明すると、最終戦が始まる前の二人のポイント差は、80.2ポイント。
5,000-15,000の順位点なので、ASAPINが水巻を逆転する為には、トップラスにして、50,200点の差をつけなければいけない。
最終戦開始前には、一番近いASAPINですら、その状況だったので、水巻の勝利を疑う者は誰一人としていなかったであろうが、初代天鳳位の意地か、はたまた大声援の力かASAPINは水巻に逆王手の場面まで漕ぎつけていた。
運命のいたずらか、上家からリーチが入りそこでテンパイのツモ九万
マチは現物の六筒と筋の三筒
ヤミテンでもツモれば同点。ASAPINの目からは、既に4枚見えている。
そしてヤミテンにすれば、4人でツモっているような状況。
解説席の僕もヤミが順当と思っていた。僕の目からは、7枚見えていたのもあるが。
ASAPINの選択も打四万で宣言せず。
しかし麻雀の神様は、粋なはからいをする。ASAPINの次のツモは、三筒
うれしいはずのアガりが、微妙な心境へ変化する。
ASAPINは「リーチをかけていれば・・」と思い、水巻は「並ばれたが、助かった」と思ったそうだ。
ポイント差は、なんと同点。気持ちでは水巻が追い詰められたはずだったが、このツモが両者の明暗をわけていく。
勝負にタラレバは禁物だが、もしASAPINがリーチをかけていれば最低でも6,000オールとなり、逆に13,600点上となっていた。
ここまで危なげなく試合を運んでいた水巻が、ここで見せた唯一微妙な仕掛け。
ここにきて水巻も少し揺れていたかのように思える。
しかし、並ばれたことによって本来の落ち着いた打牌に戻る。
そしてASAPINは、この半荘でようやく真の力を見せ始めていた。
水巻というトッププレイヤーに、この大量リードを許した場面からここまで並んだのだ。
それだけでも賞賛に値する。しかしこのアガリが、ここからオーラスまでのわずかなズレを生じさせたように思えた。
トッププロの意地と初代天鳳位の執念の戦いを振り返りたいと思う。
インターネット麻雀日本選手権も5期を迎え、今期は規模も大きくなり、ハンゲームさんからの参戦と共に、他団体のタイトルホルダーと初代天鳳位にも参加して頂き、ますます大きなタイトル戦になってきた。
激戦を勝ち抜いて見事決勝にコマを進めたのは、
招待選手の水巻渉プロ(最高位戦)とASAPINさん(初代天鳳位)。
そして一般ユーザーから2名。孔明さん(ロン2)とORINZOUさん(ハンゲーム)。
孔明さんは、ネット麻雀歴5年。「気が弱いので後半勝負にしたいです」と答えられたのが、非常に印象的だった。
ORINZOUさんは、ネット麻雀歴8年。名前の通り「オリない」のが信条のようだ。
しかし御本人いわく、「意外とオリるんですよ」と笑って言われた。普段はリアル麻雀のほうを多くプレイされてる実戦派。
意外にも、ネット麻雀歴は、ASAPINさん、ユーザー2名、水巻プロの順。
いよいよ1回戦が始まった。(以降敬称略)
いきなりASAPINが見せる。

リーチを受けて、どうするのか興味深く見ているとあっさり、打八万とし、オリを選択。
しかしこれは主戦場天鳳で培った当たり前の選択と僕をあざ笑うかのように、何とアガりはASAPIN。

天鳳名人戦では何度も見た光景がここでも見られる。
そして次局でも非凡な才能が披露される。

放銃にはなったが、マチの枚数はASAPINの読み通り、打七万が正解。
この辺が麻雀、いや勝負の難しいところ。
アガったORINZOUさんも、東2枚からの仕掛けが上手く行き、滑り出しとしては、上々に見えた。
ここまでを見ると好調ORINZOU、やや不調ASAPINという印象。
そして東4局にもう一組の好不調が見られた。

親でなければ、現物の発五万六万辺りを孔明も選択したはずだろうが、テンパイの誘惑がいざなう。
九筒一万も2枚切れの為、テンパイの為には外しづらいターツ。そこでいかにも通りそうな一万を選択すると、水巻のドラ暗刻に御用となってしまう。
ネット麻雀は普段やらない水巻だが、点棒を積み上げる作業は麻雀界でもトップクラスの打ち手。主導権を握り気分を良くしたはずである。
南1局、最大のライバルASAPINの親番では、供託までごっそり獲る会心のアガり。

このアガリが決定打となり1回戦は水巻、ORINZOU、ASAPIN、孔明の順で終了となる。
休憩時間となり各自がくつろぐなか、ASAPINだけが、牌譜を見直していた。
(ネット麻雀ならすぐに牌譜再生出来る)
それがいい事なのか、悪い事なのかわからないが、僕が「凄いな」と思ったのは事実だ。
その表情からは、「このフィールドでは絶対負けない」という気迫が感じられた。
しかし2回戦も水巻の攻勢は止まらず、1回戦と同じ並びでフィニッシュ。
とにかく隙がない。ツモ切り手出しが全て表示され、時間制限も決勝戦は長く設定されている為、読める打ち手はトコトン読んでくる。この辺りも水巻を安心させているように思える。
3回戦、ようやくASAPIN、孔明が調子を上げてくる。


ORINZOUの会心のリーチも掻い潜り、相性も逆転したかのようなアガリ。
しかしこのASAPINいや、全員の心を折るかのような水巻のアガりが炸裂。

迎えたオーラス。このまま水巻2着だと、もうなにも起こらない場面、孔明が執念のアガリ。

試合を壊さないような素晴らしいアガリで、ようやく水巻を止める。
3回戦終了時成績
水巻+60.7P ASAPIN+16.3P ORINZOU▲13.2P 孔明▲63.8P
休憩となり、やはりASAPINは座ったまま、ずっとPCで牌譜をチェックしていた。
大事な4回戦が始まった。
水巻を追う3者の計算を打ち砕くような水巻のアガリがまたも炸裂する。

水巻の一番の長所は、相手が何をすれば「嫌」か、心理状態を把握し攻撃を続ける所にあると思う。
自分にとってのベストの選択はもちろん、局面に応じて、押しと引きを使い展開を有利にしていく。
この4回戦は、ASAPINとORINZOUに辛く打てばいい。
自分がトップならベストだが、それが出来なければ、2人の上の着順になればいい。
このアガリで水巻のタクトが冴えわたる。
トップは逃すものの見事に並びを作る。

孔明の頑張りも凄かった。道中、水巻がダントツになるも最終戦に臨みを繋ぐ逆転トップを決める。
4回戦終了時成績
水巻+69.8P ASAPIN▲10.4P 孔明▲29.5P ORINZOU▲29.9P
水巻、圧倒的優勢の中、最終戦が始まった。
局面が大きく動いたのが、東2局親ORINZOU

ORINZOUのリーチを受けてASAPINの手牌。
テンパイである。ASAPINの選択は取らずの打四筒
なかなか出来る判断ではない。ASAPINの執念の一打である。
これがこの土壇場で出来るから、彼はここにいると思う。
魂の一打はすぐに結果となり、答えがでる。

水巻を倒すのは俺だとばかりの一撃。
ORINZOU、孔明も負けじとアガリ、水巻がラス目になる。
3人の優勝への素晴らしい闘志。
そして冒頭のシーンへ突入する。
水巻の心情は、僕も経験があるからわかる。おそらくこの展開で負けたら完全な取りこぼしとなり、後を引く敗戦となる事が脳裏をよぎったはずだ。
ASAPINは、三筒をツモるまでは、無心だったはずだ。
2人の心理状態は、冒頭のシーンでは、ASAPINが上のはずだった・・・。
ともかく2人の点数は並んだ。あと2局の時点で。
水巻がインタビューで「手が震えてマウスをクリックするのが困難だった」という事を僕も昨年終盤で経験していた。ついに水巻も極限状況に突入していた。
引き続きASAPINの親番、並んだ両者がせめぎ合う。

なんとも泥臭いリーチである。でもこの場面では美しく感じる。
結果は流局。
実はこの場面にASAPINの苦悩と前局の揺れが少し見れる。この局の配牌。

ASAPINは、九種九牌であった。(ロン2は途中流局あり)
あの局の直後でなければ、すぐに気付いたはずであり、もう一度配牌を取り直したはずである。
この辺りが勝負事の非常に難しいところだ。どんな打ち手も軽いパニックで普段なら侵さないようなミスした事があるはずだ。僕もいくつも経験している。
ともかく戦いは最終局面を迎える。
条件を確認すると、水巻とASAPINの差は、3,000点。供託がある為ASAPINは1,300以上のアガリが必要。孔明が親の為、連荘も考えられる。
運命の配牌。

水巻よりASAPINのほうが、ややいいが、親の孔明も速そうである。

6巡目ASAPINが自風の北を頼りに八索をチー。
一万が暗刻の為、条件は満たしている。おそらくこのチーを咎める人は、あまりいないであろう。
しかしこういう仕掛けが勝利を遠ざけるシーンも良く見かけるのも事実である。
水巻との相対速度なら間違いなく正解である。でも麻雀は4人でやっているから、難しい。
そして数巡後

テンパイ。ASAPIN王手である。水巻に残された道は、北を2枚吸収するか、親のアガリを祈るのみとなってしまった。
ここまでのASAPINのわずかな心の揺れは、僕の杞憂だったかに思えた。
がしかし、

ASAPINに最後の試練が来た。孔明のマチは5枚山。
ニコ生のコメントは、ASAPINの勝利を後押ししている。
そして決着の時が訪れる。

ドラの七万を押したASAPINを僕は賞賛していた。でも今思うとそれは、麻雀の女神が教えてくれた「やめなさい」のサインだったのかもしれない。
最後は水巻が普段は絶対にみられないほど緊張した指先で「リーチ」のボタンをクリックして、熱い戦いの幕を閉じた。
戦いを終えた水巻とASAPINに「感想とネット麻雀とリアル麻雀の違い」を聞いてみた。
水巻「残り1回で80.2Pというのがかなり有利な差をラス前でピッタリ同点に追い付かれていたので、勝ててホッとしたというのが正直なところです。
自分の場合はネット麻雀の経験値が圧倒的に足りないので、リアルと比べて相手のテンパイ気配と手出しツモ切り(ロン2は表示されるのでやりやすい)が非常にわかりづらいです。
それとラグ読み等の技術もリアルにはないものですが、ネットで本当に強くなるためには必要だと思います。」
ASAPIN「最初の2半荘、水巻さんの連勝を許してしまい、3半荘目に2着順差のトップを取れたものの4半荘目にはまた2着順差を付けられてのラス。最終戦ではできる限りのことはやるつもりでしたが、やはりすでに勝敗が決したという思いもありました。その中で偶然にも条件にあった手が入り優勝まで五分五分というところまできたものの、あと一歩が届きませんでした。たらればの局が何個もあり、今でも答えの出ていない局面が山ほどあります。全く手の届かない優勝ではなかっただけに、ただただ悔しい思いでいっぱいでした。麻雀牌を使って牌と牌のメカニズムで会話をするという点はリアルもネットもなにも変わらないと思います。手出しや理牌、仕草の癖などがリアルであるように、ネットにも1シャンテンの微妙な間やテンパイ気配など、ネットでしか伝わらない気配のような情報はあります。ただ、ネットでは画面越しに相手がいますが自分との戦い、卓を囲むと人と人同士の戦いという印象は少しあるかもしれません。」
2人はもちろん、孔明、ORINZOUの両名にも惜しみない拍手を送りたい。
最後に、素晴らしい戦いを観戦できたことを嬉しく思います。
そして、来年もさらに多くの麻雀ファンの皆様に参加していただいて、最高に熱い戦いが出来る事を心から願っております。
日本プロ麻雀連盟  瀬戸熊 直樹