プロ雀士コラム

「プロテスト」 佐々木 寿人

「ヒサトとタッキーが一番恵まれたよ。俺らの時代は何にもなかったもん。」
 
私がプロテストを受験してから13年の月日が流れた。
それも今思えば、かなり特殊な立場だった。
既にアマチュア時代に劇画のモデルとして、その存在を実名で取り上げられていたからだ。
実技テストの際には、大勢の講師達が私の背後を取り囲んだ。
異様な光景にも思えたが、特に緊張感なく打つことができたのはそれなりの場数を踏んでいたせいもあっただろう。
だが、この世界で生きていくための覚悟は持っていた。
逆に言えば、その覚悟が持てるようになったからこそ受験に至ったのである。
 
それまで、色々な方々からの誘いを受けた。
それ自体は有り難いことなのだろうが、当の本人にはピンとくるものがない。
「プロになって一体何のメリットがあるんだ?」
現状の生活に不満がなかったことも一因である。
私はそのどれもを聞き流すかのようにして、日々の麻雀に没頭していた。
そんなある日のこと、プロ連盟の最高峰である鳳凰位決定戦を観戦する機会があった。
当時、週に1、2回のペースで打たせてもらっていた荒正義さんが、決定戦に進出したからだ。
私の願い虚しく荒さんは敗れてしまったが、結果としてこの4日間が私の心を大きく揺さぶったことは疑いようのない事実である。

冒頭の一文はその10年後、荒さんが私に対して言われた言葉である。
有り難くも、重い言葉だ。
日本プロ麻雀連盟創設から今年で38年。
ここまでの規模に育ったのは、先輩方の努力に他ならない。
そして何より、常に次世代のことを考えてこられたおかげで我々の今がある。
その伝統を引き継いでいくことが、今後の連盟の発展につながっていくのである。

さて、ここからが本題である。
来る3月2、3日、日本プロ麻雀連盟では第35期後期のプロテストが執り行われる。
私が受験した頃には100名を優に超える応募があったが、近年ではその数も3分の1程度に落ち込んでいる。
これは単に麻雀人口が減った結果だとは思えない。
むしろ、ここ最近の健康麻雀の躍進は目覚ましいものがある。
メディアで取り上げられる機会も多く、以前に比べれば格段にイメージも良くなっているように思う。
そして何と言っても、昨年10月に開幕したMリーグの存在がある。
麻雀というコンテンツも、この20年で完全に映像として観られる時代となったが、まさか個人と企業が選手契約を結ぶ日が来るなど考えもしなかったことである。
世間の注目度も非常に高く、私も様々な媒体から取材を受けた。
また、オフィシャルサポーター制度が作られたおかげで、ファンの方々とのつながりもより密接なものとなった。
麻雀界は今、大きな転換期を迎えていると言っても過言ではないのだ。

そこで必要となるのが、新しい人材である。
荒さんの言葉を借りれば、私は確かに恵まれた時代を生きてきたと言えるだろう。
だが、これから先の麻雀界にはもっと明るい未来が待ち受けている。
もし現実に麻雀が五輪競技として採用されたならどうだろうか。
国内のみならず、海外での麻雀に対する取り組みも大きく変わってくるはずだ。
そうなれば、需要があるのはプレイヤーだけに限らない。
様々な世代に麻雀の面白さを伝えるレッスンプロの存在も、今まで以上に重要になってくるだろう。
麻雀が大衆にとって趣味や娯楽の域を越えなかったのは、それで生計を立てられる見込みがあまりに薄かったからである。
私がプロ入りを決断するのに4年もかかった原因もそこにある。
ただ、である。
劇的な変化ではないにせよ、この世界で飯を食える人間も大分増えてきた。
多くの子供たちが、麻雀プロを目指したいと夢見る日もそう遠くないかもしれない。
そう言った意味でも、これからの世代にかかる期待は大きいのだ。

私が思うに麻雀が強くなるために必要なのは、意識と環境である。
これからプロテストを受験しようという皆さんに一つ言えるとすれば、日本プロ麻雀連盟の新人プロに対する強化環境というものは、非常に整っている。
勝又健志、白鳥翔といった講師陣も充実しているし、これからの人たちに向けての勉強会も定期的に行われている。
となれば、問題は受験生の目的意識だ。
最初から完成された打ち手などいるはずがない。
ただ、プロになってどうしたいのかという個々のビジョンは必要不可欠である。
13年前の私なら、プロ活動をすぐさま生活に直結させること、そして大勢の中に埋もれないために何をすべきかを考えた。
決して好きではなかったが、物を書くこともその一環だった。
プロたるもの自己顕示ができてこそ。
それが今も変わらぬ私の思いである。
 
すぐには掴み取れないかもしれないが、チャンスは平等に転がっている。
問題は、それをどう生かすかにかかっているのだ。
 
日本プロ麻雀連盟 第35期後期プロテスト