リレーエッセィ

第77回:小車祥

黒木真生プロよりバトンを頂きました、25期生九州本部の小車です。よろしくお願いします。

先日行われた第22期麻雀マスターズで優勝し、初タイトルを獲得することができました。
「勝又プロ、四栁プロ、西岡プロ……ん?小車プロ?誰?」
決勝メンバーが発表された時、そう思った方も少なくないのではないかと思いますので、まずは自己紹介から始めたいと思います。

高校卒業後、同級生たちが社会の荒波に飲まれながら戦っていたり、楽しいキャンバスライフにセイハローしている間、僕は吉本興業福岡事務所にてお笑い芸人をやっていました。

週に1~2回ステージに立ち、一度のステージでのギャラは300円からスタート。記念すべき初任給は1,200円から1割の源泉徴収税を引かれた1,080円だったのを今でも鮮明に覚えています。
九州ローカルのラジオやテレビ番組のリポーターのお仕事をもらえるようになってからも決して楽な生活ではなく、同級生たちの優雅で華やかな生活を横目に今日の食費をどうやって捻出するか模索する日々。
そんな生活に耐えきれず、ついには“お笑い芸人として成功して有名人になる”という夢を投げ出してしまいました。

お笑い芸人を辞めて、今度はバンドを始めました。
「今度ウチのバンドのライブでお笑いのネタをやってくれないか」
お笑いをやっていた僕に友人からそんな誘いがあり、音楽ライブでお笑いをやることに。結果はややウケくらいだったのですが、バンドメンバーはえらく気に入ってくれた様子で、急激に仲良くなりました。
趣味で曲を作ったりしていた僕の曲をバンドでアレンジしてくれたりしている内に、一緒にバンドをやらないかと。音楽でてっぺん目指さないかと。日本のミュージックシーンに新たな金字塔を打ち建てないかと。そしてグラビアアイドルと結婚しようじゃないかと。
“音楽で成功して有名人になってアイドルと結婚する”という新たな夢を抱え、麻雀店でのアルバイトと音楽活動に明け暮れました。

その頃も決して裕福な生活ではありませんでしたが、音楽漬けな生活を気に入っており、何より夢に向かって突き進んでいるんだという自覚が僕を支えていたのでした。
そんな生活を約2年ほど続けたある日、突然ギター担当のメンバーから告げられた「解散したい」の一言。今の彼女と結婚すると。アイドルじゃなくてもいい、そう思える相手に出会えたんだと。だって俺の彼女、しょこたんに似てるんだぜ……と。

しょこたん似のギターの彼女に突然夢を奪われ抜け殻になった僕は、この先何を目指して生きていけばいいのかわからず、途方に暮れていました。
なんとなく続けていた麻雀店でのアルバイトもいつまで続けようかなぁなんて考えていたある日、その麻雀店店内に貼り出された1枚のポスターが僕の人生を変えました。
『日本プロ麻雀連盟第25期プロテスト開催』
自分の実力がどこまで通用するのか試してみたい。もう一度、夢を見たい。
きっと麻雀プロとして活躍するという夢ならば、僕が辞めない限り終わりはないはず。
もう絶対に投げ出さないぞと、自分に固く誓いました。

そんなきっかけで麻雀プロになった僕は、プロ活動5年目にしてタイトル獲得という1つの夢を叶えることができたのでした。
麻雀プロになってからの僕を支えてくれたのは、九州本部の先輩方・同期・後輩たちです。
仲間というよりは家族に近い九州本部のメンバーに、厳しいこともたくさん言われました。
必ず九州にタイトルを持ち帰るんだと、みんなでいつも語り合っていました。
それだけに、今回のタイトル獲得は僕だけでなく、九州本部の夢の1つだったのです。
きっと僕1人の力では辿り着けなかったと確信しています。
応援してくれた方々に心から感謝の気持ちをお伝えしたいです。

すみません、自己紹介が長くなってしまいました。
そろそろ麻雀マスターズの話をしたいと思います。

麻雀は打ち手によってスタイルは様々で、何に重きを置いているかは皆違います。
僕が何に重きを置いて戦っているかというと、一言で言えば「リスク管理」になります。
場合によってはすごく地味に見える時もあるのですが、致命傷になるようなリスクは極力避け、美味しいところだけをうまく拾いながら、勝負所だけは腹を括って真っ向勝負する。
ざっくり言うと、それが僕の基本戦術になります。
現にマスターズA級本戦から決勝進出するまでの合計16回戦の内、1着4回、2着9回、3着2回、4着1回。
決勝6回戦は1着2回、2着3回、3着0回、4着1回。
2着が圧倒的に多いのがわかります。
ベスト56からは同一メンバーで複数回対局し、卓内上位2名が勝ち上がりとなるトーナメント方式において、非常に向いているスタイルだったのではないかと思います。

決勝では、もう卓内2位でオッケーとは言っていられません。
決勝進出を決めた決勝前日の夜、リスクを背負ってでも大きなリターンを取りに行く戦い方にシフトチェンジするべきか悩みました。
しかし、今の自分が最も得意とするスタイルで戦わなければ、100%の力を出し切れないまま終わってしまうのではないかと考えた僕は、そのままの自分で戦うことを決めたのでした。

賛否両論あるかとは思いますが、決勝で良くも悪くもそんな自分らしさが出た場面がこちら。

3回戦(起家から、勝又・西岡・小車・四栁)
2回戦までのトータルポイントは以下。

西岡+47.7P  四栁+20.3P  小車▲28.3P  勝又▲41.7P

南1局
四索五索六索東東白白白発発  ポン二索二索二索  ツモ六索  ドラ北

6巡目にホンイツのテンパイを入れた僕でしたが、勝又プロの親のリーチに対して一発目のツモ六索で長考し、弱気な打発

決勝観戦記にて滝沢プロも触れておられましたが、この場面での正着打はやはり六索ツモ切りだと思います。まだ親の河に情報が少ない点や、トータルポイント4着でこの3回戦での持ち点も4着の勝又プロからのリーチだと考えれば、勝負に出るべきです。

しかしこの時僕が考えていたのは、ドラが1枚も見えていないこと。親のリーチの一発目であること。この六索を切らず発のトイツ落としを選択しても打点がそこまで下がらずアガリの可能性があること。使い切れない危険牌をもう1枚持ってきたとしても白の暗刻落とし、東のトイツ落とし、今後増えるであろう安全牌を考慮すればオリきれる公算が高いということ。そして何より、今回のマスターズにおいて、そのスタイルで勝ち上がってきたということ。

発とした後、すぐに勝又プロから打たれた東をポン。
すぐにテンパイ復活するのですが、強気に六索を勝負していればすでにこの東はアガリ牌。
それを悔やんでいる暇もなく、次にツモったのがこれまた危険牌の二万
ここでも少し手が止まってしまいました。

ここで考えたのは、今度は前の巡目とは違って、親のリーチの一発目ではないこと。二万を自分の手牌の中で使いづらいし、仮に使えたとしても打点が下がってしまい親のリーチと戦うのに見合った点数ではなくなること。白3枚の安全牌だけでは、オリを選択したとしてもオリきれる公算が低いということ。
以上の点から、しばらくは何を持ってきてもアガリ牌以外はツモ切ることに決定。

結果としてはすぐに三索をツモり、1,300・2,600のアガリとなります。
先にも書きました通り、やはり正着打は最初の六索をツモ切り勝負することだと思います。
後に滝沢プロ、藤原プロから「あの六索は切るべきだったね」とアドバイスを受け、今の自分に足りない部分を見つけることができ、本当に感謝しています。

しかし、こうやって目の前の大き目なリスクを避けつつ、極力小さ目なリスクを選び、少しずつでも差を埋めていく。こういう戦い方も、時には必要なことがあると考えています。
この記事を読んでくださった皆様もご一考して頂けると嬉しい限りです。

決勝の様子については、滝沢プロが素晴らしい観戦記を書いてくださっていますので、そちらをご覧ください。さらに詳細を知りたい方は、牌譜データサービスなどでご確認頂ければと思います。

決勝最終戦最終局、僕のアガリ牌である六索が四栁プロから打たれました。
「ロン、1,000は1,300」
供託の1,000点と合わせて2,300点を四栁プロから受け取りながら、長い戦いが終わったこと、自分が勝ったのだということをなんとか頭で理解しようとしていました。
というのも、全く実感が湧かず、今にもパチリと目が覚めて「なんだ夢か」なんてオチが待っているんじゃないかと、そんな感覚に捉われたのです。
夢の中でなら、過去に何度もタイトルを獲得していましたから(笑)。

麻雀マスターズだけでも本戦出場は4回目で、過去にベスト16で2回敗退しています。
タイトル獲得という夢は雲をも掴むような話に思えていました。
その夢が叶った今、やっと1つのスタートラインに立てたのだと感じています。
これから自分の麻雀を見て頂ける機会が増える中で、どう自分が成長していくのか、たくさんの人に認めてもらえる打ち手になるにはどうすれば良いのか、そこに真価が問われていると思います。

これからも精進していきますので、どうか温かい目で見守って頂けますと幸いです。

僕の拙い文章に長々とお付き合い頂き、ありがとうございました。
次回は、現在最強戦ガールとして活躍中でとっても可愛らしい『ちーぼー』こと松岡千晶プロにバトンを渡したいと思います。
ちーぼー、お願いします!