プロ雀士インタビュー

プロ雀士インタビュー/第103回:吾妻 さおり

「優勝したよ!」
携帯メールに報告が入っていた。
思わず職員室で「やったー!!!!」と大声で叫んでいた。
まるで生徒の合格発表のように。
私、美波智子は麻雀プロをしながら学習塾の講師をしている。
志望校に合格するために日々努力を重ねる生徒たちに勉強のコツを教えて、一つ覚えたら共に喜び励まし、時には泣くほど叱りつける事もある。出来る全てを託して試験会場に送り出したら、最後は見守り結果を待つしかない。だからこそ、合格の報告を受けた時は自分の事よりも嬉しく感じる。
彼女が麻雀に対して日々努力をしてきたのを誰より知っていただけに、そのメールが合格報告のように嬉しくって「良かったーー!!」と涙があふれてきた。
美波「女流桜花優勝おめでとう!!」
吾妻「ありがとう。授業中だと思ったから報告はメールにしておいたよ。」
美波「思わず職員室で泣いちゃったよ。休み時間に速報チェックして、逆転されたのを知っていたから超ドキドキしてた。本当良かったね。」
吾妻「うん。最後までハラハラさせてごめんね。」
美波「どう?実感とか湧いてきた?」
吾妻「オーラスアガった時は放心状態だった。長い戦いだったから、本当にこの局で終わりなのか信じられないっていうか。藤原審判長が『優勝は吾妻プロです。+1.6ポイントまくりました』って言ってもまだ実感がなくて。森山会長から優勝カップを受け取った時初めて『桜花獲ったんだ!』ってこみあげてくるものがあった。」
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美波「でもさぁ、出会った頃にはまさかこんな日が来るなんて思いもしなかったよね。」
吾妻「だね。麻雀卓を囲めるだけで、全然勝てなくても幸せだった。プロになって優勝したいとか考えたこともなかったなぁ。」
美波「あの頃は毎日一緒にいて4人揃えば麻雀してたよね。新しい発見の連続だった。」
吾妻「麻雀の魅力にどんどんのめりこんでいったよね。一緒に勉強してたから、単騎の山読みで2人して同じ牌待ってたり。」
美波「同卓での七対子は今でも困るよ。私がリーチしても『待ちはこれ!』って一点読みされて、それ以外の牌全部切られたり・・・」
吾妻「先手打たれて私はまだ1シャンテンで3つとも『超危険牌』とか(笑)」
美波「でも吾妻プロは数字苦手で、点数計算は私の方が先に覚えて教えてあげたっけ。」
吾妻「その節はお世話になりました。教わった『算数が苦手な人の為の計算法』は今でも役立っていて麻雀教室でも応用させてもらってます。っていうか『吾妻プロ』って呼ばれるのは違和感満載(笑)」
美波「じゃぁ、いつも通り『ママ』と『ともち』で(笑)インタビューの記事、理系の私に書けるか自信ないんだけどどうしよう・・・」
吾妻「うん。一番喜んでくれた人にって思ったから指名しちゃった。ともちが思った通りに書いてくれたらいいよ。必要なら添削は手伝うからさ。」
私は年下の吾妻プロをママと呼んでいる。10年ほど前、子猫ちゃんを新しい家族として迎え入れた彼女は、当時毎日のように出入りし家族同然の付き合いだった私に「ともちもうちの子になる?」と一言。これが「ママ」のきっかけなのだが、呼び名が定着したのは彼女の性格によるところが大きい。
辛い事があれば一緒に悩んでくれる。
嬉しい事があれば一緒に喜んでくれる。
困った事があればさりげなく助けてくれる。
こんな彼女の無償の優しさが、まるでお母さんのようだからだ。
美波「プロになったいきさつとか聞いておく??」
吾妻「ともちと一緒にプロ試験受けたのに?」
美波「ぜひ聞かせてください(笑)」
吾妻「知人を介して知り合った石渡正志プロが麻雀講師をされていて、素敵なお仕事だと思ったの。私は麻雀の楽しさも、ルールや点数計算が難しくてなかなか覚えられないもどかしさも両方経験してきたから、自分の天職かもって直感があった。教師と麻雀プロって真逆の世界に見えるけど、そんな事ないんだよね。」
美波「中学校を辞めてしまうのはもったいないと思っていたけど、ママにとって『楽しさを伝える』って目標は変わってないんだね。今回の優勝は麻雀教室の生徒さんも喜ぶだろうね。」
吾妻「明日が桜花獲ってから初めての教室なんだけど、きっとお祭り騒ぎになると思うよ♪」
美波「何度か教室に遊びに行かせてもらったけど、生徒さんみんな楽しそうに麻雀打ってるよね。ママの言ってる『楽しさ』が伝わってるんだね。」
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吾妻「教室は仕事であると同時に自分自身の楽しみでもあるよ。あっちの卓で打ちながら世間話してたら、教室全員聞き耳たててて大爆笑が起こったり、役満が出たら他の卓の人も見に来て拍手したり。誤ロンやチョンボも1日1回はセーフとか、真剣勝負の競技麻雀とは違うけど、一生懸命手作りをして高い手が完成したらみんなで喜ぶって、麻雀を楽しむ秘訣だと思うの。」
美波「プロになってやりたかった事が出来てるって事だよね。」
吾妻「少しずつだけどね。決勝の生中継は、辛そうに考え込んだり、悩んで牌を選んだり、真剣勝負の厳しさばかりが目につくかも知れないけど、それも含めて麻雀って競技が大好きなんだよね。ニコニコ動画の連盟チャンネルやブログとか、情報を発信する方法が発達した今日、自分が出来ることも増えているからこれからも1つずつ実現させたいな。今回私が優勝出来たことで1人でも麻雀を始めてくれた人が居たらプロになって良かったなって思うから。」
美波「さて、そろそろ桜花の決勝の話しなくちゃね。プレイオフで決勝進出が決まってから初日までの期間はどんなことを考えていたの?」
吾妻「決勝のメンバーは全員タイトルホルダーで動画もあるし、同卓したり後ろで見学していたこともあるから、明確なイメージトレーニングが出来たよ。出来たというよりは、勝手に想像が膨らんじゃうっていう方が近いかも。誰からリーチが来て、誰はヤミ押しして、一発で何切るか?とか、自分が打っている映像を観ているみたいな感じ。」
美波「その中で『簡単にはオリない』ってイメージが出来上がった?」
吾妻「イメージの中で自分がオリた局は相手が楽そうにアガっていたり、逆に先行リーチにノータイムで無筋切ったらヤミ押しの人がオリたり。何局も想像してくうちに『今回私は4人の中で一番まっすぐな手作りをしないと勝てない』って思った」
美波「でもさ、そうすると、普段は押さない一牌を押す局面が出てくるでしょ?それをあんな大舞台でやるのは勇気がいるよね?」
吾妻「手役作って高打点が見込めるなら後手でも押すのは元々のスタイルだし、今回の決勝で性に合っているのを再確認できたよ。テーマに沿って普段はやめる一牌も押し切ったけど、その放銃さえも優勝に必要だと思って打っていたし。」
美波「初日、緊張していないはずないのに、のびのび打っていたように思えたんだけど、実際のところどうだったの?」
吾妻「野球に例えたら『フルスイングする』って明確なテーマがあって、ボールをバットの芯で捉える事だけを考えてた。でもそれがうまくハマって大量リードしたら『フルスイングで追加点狙ってもいいし、バントでも犠牲フライでも、何なら今日は流して体力温存してもいいよ』ってなって。」
美波「野球に例えられた・・・ルールわかんないけど、1日でここまでリードするとは思ってなかったからこそ、2日目に少し迷いが生じたってことかな?」
吾妻「そう、アガリに向かってもいいけど、オリてもいいし、子に振り込んで一局消化してもいいよ」っていうイメトレは不足してた。今思えば、事前に先行パターンも考えておかなくっちゃダメって思うけど、この点は妙に謙虚キャラだったね。」
美波「いや、正直誰も想像してなかったと思うよ(笑)」
吾妻「2日目のドラ白単騎の役なしテンパイの局は・・」
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美波「あーっ!それ、ともち画面見ながら『リーーーーチ!!』って叫んだよ(笑)」
吾妻「あれは魚谷プロからリーチが入って『まっすぐアガリに向かって』なかっただけに、『リーチ』の声が出なかった。」
美波「で、白単騎の6,400をアガリ逃した」
吾妻「和久津プロが白を合わせて、さらにツモ切りが続いていた安田プロへの現物テンパイの注意が抜けて放銃にまわって。白がバラけていた事もその場でわかってしまう、最悪の局だよ。ショックを引きずって放銃したのだから、気持ち切り替えて自分の麻雀をしっかり打とうと決めて。
8回戦東3局、親・吾妻
配牌 
二万二万九万二索六索七索四筒六筒七筒九筒九筒東南南  ドラ六万
アガリ形 
二万二万四万六万四索五索六索四筒五筒六筒七筒八筒九筒  ツモ五万
南トイツ落としして手役をきちんと狙ったら456の三色ツモれたの。なかなかイメトレ通りに打てなくて、目に見える敗着局もあって辛い1日だったけど、ここをそのまま自分の弱点にしたくないから初日よりの何倍もチェックしたよ。」
美波「2日目終わってすぐ、会おうよって誘ったら、『カラオケがいい!』って言ったじゃん。やっぱり少し煮詰まってたの?」
吾妻「起きている間ずっと牌姿が頭の中グルグルしてて、寝てても夢に出てくるからね。麻雀の事を忘れたのはあの時だけだったよ。ともちとバイバイした瞬間また新しい牌姿浮かんできたけど(笑)」
美波「あれからまたずーっと麻雀の事考えてたんだね。決勝が3日間、しかも2週間の戦いの大変なところだね。」
吾妻「特に初日から2日目のインターバルは長く感じた。考えすぎて裏目に出た部分もあるけど、その経験も含めて決勝でしか味わえない宝物だよ。」
美波「最終日にはどんな気持ちで卓についた?」
吾妻「9・10回戦は『手に素直に』って思ってた。行くべき局は行って、オリる局はしっかりオリる。11回戦で『戦って勝つ』のバランスを間違えてしまって窮地に陥ることになるんだけど・・・。」
美波「2位につけていた和久津プロに7,700を2回も放銃したね。」
吾妻「対局観が間違ってたから、変な所で前に出たし、仕掛けも良くないし、打牌選択も私らしくなかった。『気持ちだけじゃ勝てない』の典型の半荘だね。」
美波「最後の最後で初日から守ってきたトータルトップから陥落しちゃうわけだけど、気持ち的に動揺とかなかったの?」
吾妻「まくられたとか、これじゃ優勝なんてできないとかが頭の中を一瞬駆け巡った。でも今まで私を応援してくれた人たちの為にも『最終半荘は今の私のベストな麻雀を打ちたい』って思ったら、びっくりする程集中できたんだ。」
美波「最後の親番が流されて、アガれないままオーラスになっちゃったけど、それでも焦らなかった?」
吾妻「放銃した手順も自分らしい手組みが出来ていたし、全ての局に意味があるって完全に現状を受け入れて、次すべき事を考えてた。焦りはなかったよ。」
美波「その冷静さ、尊敬するわ。私なら逃げ出したいって思っちゃうかも・・・」
吾妻「確かに決勝は苦しかったし、自分が許せない程ダメな場面もあったけど。悩み抜いていく過程で競技麻雀をもっと好きになったし、自分の未熟な面も浮き彫りになって。そこをきちんと修正して、またこういう場で戦いたいって強く思ったよ。」
美波「12回戦、3日間に及ぶ戦いを経験したことで、更なる成長が期待できそうだね。最後に、今まで応援してくれた人や今回初めて『吾妻さおり』を知った人達に一言お願いします。」
吾妻「決勝に出場した事で一番強く感じたのは、応援してくれる皆さんへの感謝です。自分が生きていることも、麻雀を打てる事も。多くの人に支えられているからこの舞台に立てたのだと改めて心にしみた期間でした。今回初めて私の麻雀を観て『感動しました、今後応援します』と有難いお言葉をくださった方々も、批判的な立場からのご意見も、私にとってかけがえのない宝物です。次にお目にかかる機会がありましたら、前より進化した吾妻をお見せできるよう、頑張りたいと思います。応援よろしくお願いします。」
美波「長い時間ありがとう。インタビューはこのくらいにして、そろそろカラオケしよっか。」
数日後、この原稿を持ってもう1回彼女に会いに行った。
吾妻「きちんとまとまってるじゃん♪ともちよく頑張ったね。あっ、でも、ここ同じ単語が2回続いているから、ちょっと言い方を変えてみようよ。」
やっぱりママは国語の先生だね(笑)
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