プロ雀士インタビュー

プロ雀士インタビュー/第126回:第9回モンド名人戦優勝特別インタビュー 前原 雄大 インタビュアー:増田 隆一

目覚めとまどろみを繰り返していた、ある日の午前中、編集部からのメールが鳴った。
「前原さんのモンド名人戦優勝インタビューを書いてもらえませんか?」
まず、最初に思ったのは「なぜ私なのか?」と言う疑問。
前原と言えば、若手相手の稽古で有名である。その相手の誰かが書くべきではないのか?
その疑問に答えるかのように、再びメールが鳴る。
「増田くんも野口賞勝てばモンド杯出場なので、その辺りの話を織り交ぜて書いてもらいたいです」
なるほど。モンド名人戦を優勝した前原に触れれば、おのずと野口賞へ向けてテンションも上がるはず。これは俄然やる気が湧いてきた。
何度かのやり取りの末、待ち合わせ場所は国分寺駅。
増田「お忙しいところ、お時間いただきありがとうございます」
前原「こちらこそ、わざわざ遠くまでありがとう!その代わり、好きな物を食べてください」
 
・体力をつけること
2人で注文を決めていると・・・
前原「今日はトンカツと言ってくれてよかったよ。あまり肉を食べる習慣がないのだけれど、週に1日は食べないとって思って食べるようにしてるから」
増田「肉食系のイメージしかないですけれど・・・(失礼)」
前原「今は体型維持のために、ドレッシングや炒め物の油をエゴマに替えたり、ウォーキングを心掛けたりしてるね」
増田「きっかけは何かあったんですか?」
前原「結構前の鳳凰戦でヘルニアをやって、集中力が落ちて負けて悔しかったんだよな。3年で30キロ落としたよ。そこから、対局前の朝カレーや、疲れた時のチョコレートなど、自己管理というものを意識し始めたんだ」
増田「その辺りの話は有名ですもんね」
前原「実は名人戦も、昨期A2最終節の翌日から収録が始まってるんだ。これから(麻雀界が)映像の世界になり、過密な日程も増えると思う。メジャーリーガーは広大なアメリカを移動するに耐えうる体を作るし、マラソン選手も高地の低酸素でトレーニングを積むでしょ?」
増田「そうですね」
前原「技術で勝負は決まらないんだよ。大切なのは精神力。そして結局、精神を支えるのは体力。そして、体力がなければ頭の働きも悪くなる。ベストのパフォーマンスを見せるために、体力は必要不可欠なんだよ」
増田「なるほど」
前原「最近は歩くようにしているし、名人戦も前日に収録場所のそばに宿を取って、朝はジャグジーで目を覚ます。起きて6時間後がベストのコンディションなので、9時からの収録なら、朝5時起きを心掛けている」
 
・身綺麗であること
すでに目の前には、揚げたてのトンカツが置かれているのだが、なかなか箸に手を付けようとしない。
仕事ながら、久々の前原との会話を楽しんでいる私。そして、私を通して若手やファンの方に少しでも多くのことを伝えたい前原。
ここで、ふと前原が言う。
前原「とりあえず、先に食べちゃおうか」
増田「ですね」
前原「増田、箸の使い方がきれいだな。滝沢の次くらいにきれいかもしれない。こういうのはすごく大事なんだよ」
増田「ありがとうございます」
前原「今は映像の時代になって、身綺麗さというものが大切なんだ。街を歩けば、モンドTVや連盟チャンネル、最強戦などを見ている人から声を掛けられる。その時にヒドイ格好でいるわけにはいかないだろ?」
増田「そうですね」
前原「そういう点で、増田はいつもオシャレな格好をしているからいいよ。不潔と思ったこともないし。僕も、爪を磨いてもらったり、馬油で手がガサガサにならないようにしているよ。それと、映像では模打(※モータ。ツモって切る動作のこと)も大切」
増田「ありがとうございます!模打はキレイだと見ている側も心地いいですもんね」
前原「そう、視聴者の方の楽しみ方はそれぞれで、内容を楽しんだり、所作動作に感心したり、それは見る側の自由だから」
増田「確かに視聴者が何を楽しむかは、こちらが押し付ける話ではありませんからね」
前原「あとはルックスかな?昔、(北野)たけしさんと、伊集院(静)さんの対談で、ジャニーズがお笑いに参入したら、今のお笑い芸人は潰れてしまうだろうと言う話があった。やっぱり見ている側はルックスがいい方がいいもん」
増田「確かに、イケメンや美人の方が見ている側として心地よさはありますよね」
前原「猿ちゃん(猿川真寿)や増田は打っている顔がいいね。それは、イケメンとかそういう話ではなくて、麻雀打ちの顔をしてるよ」
増田「ありがとうございます!」

100
100

 
・よく稽古をし、礼儀正しくあること
4月14日、夏目坂スタジオで、私は森山会長の前に立っていた。
「負けたのか?」
「4着2着で約40ポイントのマイナス、8人中7位です」
野口賞第4次審査(準決勝)第1節の対局を終えた直後のことである。
「普段、適当に麻雀してるからダメなんだよ。ムダな放銃が多過ぎる」
その日の対局を見ていなかったはずの会長に、敗因をピタリと言い当てられた。
「普段からしっかりやらないと、打ち手としてダメになるぞ」
怒っているようで、少し悲しげな表情が印象的な出来事であった。
前原「今、連盟はスタジオを持っているし、機材やナレーターといったハード面が充実しているよね?」
増田「そうですね。夏目坂は映像もキレイですよね」
前原「今、連盟に不足しているのはソフト面なんだ。つまりは、打ち手。だから、増田にもがんばって欲しいんだよ」
増田「最近は練習量も増やすようにはしているので、がんばります」
前原「あ、その練習って言葉なんだけど、練習は趣味のもの。我々は勝負の世界で生きる勝負師なんだから、稽古をしなくてはならないんだ。稽古は本番と同じ、練習は遊びだから」
増田「なるほど。相撲なんかもそうですが、稽古ですよね」
前原「本番だけ上手くやろうとしても無理。どこまでいっても普段以上のものは出ないんだ。だから、稽古をすることが我々の仕事とも言えるんだよ」
増田「この前、会長にも似たことを言われました」
前原「それと、人としての礼儀も大切。この間、加藤哲郎さん(元近鉄投手)がトライアスロンのお礼のメールをくれたんだ。昨日は、差し入れを持ってきてくれたし。若い子達には、そんなことを当たり前に出来る人間になって欲しい」
増田「人間としての成長ですね」
前原「これから、映像の仕事は確実に増えてくる。外に出て行く機会も増えるだろうし。そんなときに、礼儀を欠いたら先がなくなってしまうからね」
 
・麻雀に誠実であること
「麻雀に誠実に」
前原がよく使う言葉である。私はこれを、アガリや、アガリ逃し、放銃、仕掛け倒れetc・・・麻雀において起こった全ての事柄を受け入れ、そして対応することだと考えている。
私が、今回の名人戦を見て、最も興味を惹かれた1局が下記である。
100
前原は4巡目にファン牌の白を合わせた。
増田「上家の白に鳴きが入らなかったので、ヤマにある可能性が高いと考えて、他家にトイツで持たれている可能性がある生牌(ションパイ)の南を打ち出すかなと思ったのですが?」
前原「ああ、南のトイツを拾えずにアガリ逃しをした局ね。もちろん、アガリだけを目指したら白は合わせない方がいいよ。ただ、あの局は小島先生に満貫を放銃した次局でしょ?」
増田「そうですね」
前原「であれば、ポンされる可能性がある南を絞るべきだと思ったんだ。自分が絶好調であれば、もちろん自分勝手に攻めるけどね」
増田「顔に似合わずと言っては失礼ですが、序盤の字牌の扱いが実に繊細ですよね」
前原「常に、自分や相手のツキを考えているから、(あの局は放銃の次局と言う事実を踏まえ)アガリ逃しの形になったけど、ああ打つのが誠実だと思う」
 
・ファンを裏切らないこと
私は、対局で、稽古で、勉強会で、過去に何度か前原と打たせてもらう機会があった。
その度に感じたのが、常にテストを受けているという感覚である。
詳しく説明すると、前原の仕掛けやリーチが、本物かガラクタかを毎回考えなくてはならないのだ。
それでは、前原麻雀の真髄は、若手にありがちな先手ありきの麻雀なのか?
増田「私が前原さんと打っていると、本物かガラクタか常に考えさせられて疲れるんですよね。やっぱり先手を取ることを大切にしているんですか?」
前原「それは違うよ。別に先手を取ろうと思ってやってるのではなくて、あくまでツモアガリベース。相手の手牌、ツキ、性格を考えて打っているんだ」
増田「なるほど」
前原「だから、常に先手を取りたがる若手と違ってガラリーもよくツモるだろ?」
増田「確かに。また愚形リーチをツモられたと、心が折れそうになりますよね(笑)」
前原「それは相手の手牌を読んでいるからであって、とりあえずリーチを掛けて相手に考えてもらおうと言うのとは違うんだよ」
増田「6回戦のカン七索リーチもノータイムでしたし、あっさりツモアガリでしたね」
100
前原「あれは七索に自信があった。それと、あの手で七筒を先に外したり、テンパイ取らずしたりは、森山さんや、荒さんに任せればいい。あくまで僕のファンが見たいのはガラクタだから」
増田「なるほど。私も七筒を外しそうですが、それだと前原さんらしくないですよね」
100
前原「大切なのはファンを裏切らないこと。映像対局で闘っている相手は目の前の3人ではなく、視聴者なんだ。視聴者が、ファンが、前原らしいと納得してくれる麻雀を打たなきゃしょうがないだろ」
増田「ああ打ったら空振りでも前原さんのファンは納得ですよね。そして、13回戦のメンチンリーチと」
100
前原「本当にガラクタリーチばかりだと、相手も簡単に攻め返してくるからね。もちろん、(ポイント的にオリそうな)荒さんの仕掛けに対する牽制もあるけど、ああいう高いリーチは打つようにしているよ」
増田「そうなんですよ。ああいうのがあるから、前原さんのリーチは読むの疲れるんですよね」
100
 
・心構えと人に可愛がられること
5月12日、野口賞第4次審査(準決勝)第2節、1回戦目のラス前の親を迎えた時点で私の持ち点は、わずかに600点。
トータル7位スタートの私は、放映対局の2回戦を前にしてほぼ敗退が決まった。
最後の親番。早々に原からリーチが入る。
私の頭に浮かんだのは、私の応援のために仕事を入れなかった和久津の顔。
そして、前節ハッパを掛けてくれた森山会長の顔、その他、応援してくれている先輩の顔。
そして、TwitterやLINEで応援のコメントをくれた後輩やファンの顔。
ここで諦めて、負けの決まっている対局を見せたくない。最後まで諦めずに攻める覚悟を決め、そこから41,000点までアガリ倒し、続く2回戦のトップ条件(実際は別卓の状況で違ったのだが)をクリアし、最終審査(決勝)の椅子を勝ち取ることができた。
前原「そろそろ、野口賞の話をしようか。増田が50%だな」
増田「え?どういう意味ですか?」
前原「人として、先輩に可愛がられてるもん。他の対局者には悪いけれど、応援してる人の数を考えたら、増田が50%、残り3人で50%なんじゃないの?それは技術とかでなくてね」
増田「ありがとうございます。確かに、準決勝負けそうな時に、応援してくれている人の顔が頭に浮かびました」
前原「キャラと本質は近いところにある。増田が愛されるキャラってことは、人間がいいんだよ」
増田「褒められすぎて怖いです(汗)。何かアドバイス的なものってありますか?」
前原「僕は年齢的にも体力的にも、これが最後かもしれないと思って打っているよ。そうすることで、情熱が落ちないから。僕は生涯現役で、死ぬときは寝てそのまま死んでいるのがいい」
増田「なるほど」
前原「それと、僕は去年負けた名人戦の映像を週に1度は見て悔しさを忘れないようにしていたね。増田にはまだ先があるんだし、とにかく、あとはがんばれ」
 
・人を育てること
今回のインタビューの中で、前原が何度も言っていたことがある。
「増田に話をすることで、このインタビューを読んだ若手に何かを伝えられたらいい」
連盟と生涯を共にし、数々のタイトルを獲得した前原にとって今、一番喜べることは後輩の成長なのかもしれない。
増田「最後に何か伝えたいことはありますか?」
前原「僕は連盟があったお陰でここまで生きてこれた。だから、これから先は恩返しがしたい。それは後輩を育てることだよ。人だけはお金では買えないから、育てないと」
増田「なるほど」
前原「増田もお金で動かないから、先輩たちも可愛がるんだよ」
増田「確かにそれはあるかもしれません」
前原「何回も言っているけど、増田に伝えることで、その後輩にも何かが伝わればそれは素晴らしいことだよな」
増田「私も先輩たちから伝えられたことを、少しでも後輩に引き継げるようにがんばります。今日は長い時間ありがとうございました」
 
・文章にまとめること
このインタビューで前原と話した時間は実に4時間。私は本来、長々とした文章が嫌いである。長々と書けば本当に大切な部分の濃度が薄れてしまうからだ。
しかし、今回はかなりの長文となってしまった。
なぜならば、簡潔にまとめたい気持ちを、前原が話した内容のどこも省きたくない気持ちが勝ってしまったからである。
打ち手として、育成者として、組織の運営者として、前原はこれまで輝いてきたし、これからも輝き続けるであろう。
私はその背中を見つめ、自らの成長した姿を見せて、前原に対する恩返しとしたい。
最後となりましたが、長文にお付き合いいただきありがとうございました。

100
100