プロ雀士インタビュー

第87回:瀬戸熊 直樹

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第29期十段戦を優勝した瀬戸熊直樹プロ

瀬戸熊直樹プロが第29期十段戦を優勝し、皆が祝福する中で僕はこんな会話を耳にした。

編集者「十段戦優勝者のインタビューの記事を書きたいんですが、誰からインタビューされたいか、希望はありますか?」
瀬戸熊「考えておきます」

この会話を聞いた瞬間僕は感じた。
もしかして、僕が声をかけてもらえるのではないか、と。

それから1週間後、瀬戸熊さんと四ツ谷道場でお仕事をしている時のことだった。奥のほうから瀬戸熊さんに呼ばれた。
瀬戸熊「もしよかったら、インタビューをやってもらえる?」
まさかとは思っていたが、本当に自分に来るとは……。
プロになって2年目の自分が、15年目の、しかもあの元鳳凰位で現十段位の瀬戸熊さんにインタビューするという大役を任されるなんて、とても光栄だと思った。

僕がインタビュアーに、自分が指名された理由は他でもない。
最近、自分が瀬戸熊さんと一緒にいる機会が多いからである。
それは、決して仕事だけというわけではなく、プライベートにおいても一緒にいることが多いという意味である。
仕事の帰りで2人きりの時でも、瀬戸熊さんは僕の質問に答えてくれたり、相談に乗ってくれたりした。
もしかしたら、僕は気づかないうちに日々、瀬戸熊さんにインタビューをしていたのかもしれない……。

そんなわけで、今回のこのインタビューでは、瀬戸熊直樹プロが普段はどういう人なのかを出来る限り伝えていきたいと思う。

【十段戦決勝前日】
僕はその日、千葉にある瀬戸熊さんの御実家まで一緒に行く事になった。
瀬戸熊さんの御父上が、パソコンで十段戦の生放送を見られるようにセッティングしようとしていたのだが、
そこで機械に強い人間が必要になり、僕が選ばれたのであった。

まだ暑さが残る九月の朝の事だった。
瀬戸熊さんの家がある最寄りの駅のホームで待つこと数分、普段あまり見る事の出来ない貴重な私服姿で瀬戸熊さんは現れた。

三四郎「おはようございます!」
瀬戸熊「おはよう。今日もお母さんにちゃんとあいさつしたか?」
三四郎「まぁ、はい」

瀬戸熊さんと知り合って、僕が一番初めにしてもらった話は“あいさつ”の話だった。
『最近の若い子はあいさつが全然できてない。あいさつがチキンと出来るだけで全然印象が違うから、まずはお母さんでいいから朝起きたらおはようって言ってみ。』
その日以来、自分は瀬戸熊さんの教えを守り、あいさつは欠かさないようにしている。

そして僕らは千葉行きの電車に乗り込んだ。たあいの無い話で盛り上がる。
1時間も経った頃だっただろうか、途中の駅で降りてお昼休憩をすることになった。
ここまで一切麻雀の話はしていない。瀬戸熊さんの格好からしてオフである。
明日から長い戦いが始まるので、今日くらいは麻雀を忘れてゆっくりしたいのかもしれない。
といっても、今日の目的自体は麻雀関係なのだが。駅で降りて、近くにあった喫茶店に入った。

瀬戸熊「何か食うか?」
三四郎「じゃあこのサンドイッチを……」
瀬戸熊「飲み物は?」
三四郎「あ、抹茶ラテで……すいません」

喫茶店、ファミレス……、いつも代金は瀬戸熊さんに出してもらっている。
失礼なのは分かっているのだが、最近はサイフを出すフリだってしなくなってしまった。
席についてみると、瀬戸熊さんの机にはアイスコーヒーしか置かれていない。

三四郎「瀬戸熊さんは何も食べないんですか?」
瀬戸熊「今、ダイエット中なんだよね」
三四郎「じゃあ運動もしてるんですか?」
瀬戸熊「そうだね。最近は夜ランニングしたりしてるよ」

やはり3日で12半荘も打つとなると、体力作りも必要になるんだなぁ、と思った。
食事を終え、再び千葉へと電車に揺られること30分。ついに瀬戸熊さんの実家へと到着した。
中へ御邪魔すると、瀬戸熊さんの御父上が出迎えてくれた。とても真面目そうで、尚且つ優しそうな方だった。
さっそく作業に取り掛かる。

瀬戸熊さんはというと、自分がパソコンの作業をしている最中、ご自身の幼少期の頃のアルバムを眺めたり、
僕を残して外に散歩しにいったりと、久々の我が家を満喫している様子だった。
そんな中、一番衝撃的だったのが、瀬戸熊さんがベランダで「にゃーにゃー」言っていたことだった。
僕は、臆病にもその場でその事に触れることは出来なかった。
用事を終わらせ、瀬戸熊さんの実家を後にして、僕らは再び電車に乗り込んだ。僕は恐る恐る先ほどの事を尋ねた。

三四郎「さっきなんかベランダで、“にゃーにゃー”言ってませんでした?」
瀬戸熊「え?ああ、聞いてたんだ(笑)」
三四郎「まぁ……。聞こえちゃったというか……」
瀬戸熊「外にいた猫に話しかけてたんだよね。昔からよく話しかけたりするんだよね」
三四郎「イメージ崩れるんでやめて下さいよ!(笑)」

なんておちゃめな人なんだろうと思った。
あの瀬戸熊さんにも、子供っぽい一面があることを知ることが出来たのは収穫である。
以前より、ずっと接しやすくなっていったように思う。
そして東京に戻ってきた。僕は四ツ谷で用事があったので、そこでお別れとなった。

瀬戸熊「じゃあ明日は現場までトロフィー運ぶの手伝ってな」
三四郎「了解です!」
瀬戸熊「時間とかはメールします。今日はありがとうな。お疲れ!」
三四郎「おつかれさまでした!」

結局その日、麻雀の話は一切しなかった。
そしてついに十段戦決勝の日を迎える。

【十段戦決勝当日】
9月15日。今日は十段戦初日。日本の各地で30℃を超え、過ぎ去ったはずの真夏が返り咲くような天気であった。
僕はトロフィーを受け取るために、瀬戸熊さんの家に向かって歩いていた。
すると、目の前から大荷物を持った人がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
予定が変わったのか、瀬戸熊さんも駅に向かって歩き始めていたらしい。

三四郎「おはようございます!」
瀬戸熊「おはよう」
三四郎「トロフィーってこんなに大きかったんですね!持ちます!」
瀬戸熊「重いし暑いよー!これじゃあ駅に着くまでに汗でビショビショになっちゃうよ(笑)」

決勝当日だが、瀬戸熊さんは昨日と変わらないテンションで、緊張は全くしていない様子だった。当然かもしれないが。
大きい荷物をかかえて、電車に乗り込む。こういう座りたいときに限って、席は空いていない。
電車内を少し歩き、適当な所で瀬戸熊さんは吊革につかまった。自分も荷物を置いて、となりに立つ。
次の駅で、目の前に座っていた人が降りて瀬戸熊さんは座ることが出来た。

三四郎「運が良いですね。」
瀬戸熊「いや、偶然じゃないんだよ。その人の仕草とか動作とかで近いうちに降りそうってわかったりすることもあるんだよ。麻雀だって同じだよ。」

こういう話を聞くたびに、やはり瀬戸熊さんは凄い人だと思い知らされる。
そして会場がある駅に着いた。集合時間より1時間以上早く着いたので喫茶店で休憩する事になった。
瀬戸熊さんはいつも通りアイスコーヒー。僕は遠慮なく少し贅沢なパフェを頼んでしまう。
15分も経った頃である。突然、瀬戸熊さんが口を開いた。

瀬戸熊「ちょっと悪いんだけど、トロフィー持って先に行って、水を2本と、チョコレート買っておいてくれる?お釣りはいいから」

そういって1,000円渡された。

三四郎「瀬戸熊さんはここに残るんですか?」
瀬戸熊「うん。ちょっと今から戦闘モード入るからさ」

と、瀬戸熊さんは少し笑いながら言った。
意味をなんとなく理解した僕は、今日は頑張ってください!と言い残して早々にその場を去った。
それから1時間後、再び会場で会った瀬戸熊さんは、先程までとはまるで雰囲気が変わっていたように思えた。
この戦闘モードを解除させてはいけないと思った自分は、必要以上に話しかけたりしない方が良いかな、と自重する。

1日目が終わって、瀬戸熊さんに言いたい事などあったが、気を散らせてはいけないと思い、僕はメールすらするのを遠慮してしまった。
そして、瀬戸熊さんとあいさつ以外の絡みがないまま、2日目、最終日と大会は過ぎていった。

【十段戦決勝最終日】
表彰式も終わって打ちあげに向かう最中、瀬戸熊さんとやっと話をする機会が巡ってきた。

三四郎「お疲れ様です!おめでとうございます!」
瀬戸熊「ありがとう(笑)」
三四郎「トロフィー持ちますよ!」

戦闘モードは解かれたようで、いつも通りの笑顔の瀬戸熊さんに戻っていた。
飲み会の席でも瀬戸熊さんは元気に話していたが、少し疲れているようだった。
そして飲み会も終わり、僕と瀬戸熊さんは方面も一緒なので同じタクシーに乗って帰ることになった。

瀬戸熊「メールが何十件も来ているのを今から返信するね」

そう言って、瀬戸熊さんは携帯電話を取り出してずっと操作していた。
メールを打つ横顔が、とても幸せそうだったのが印象に残っている。
やがて家の前まで着くと、重いトロフィーを持って瀬戸熊さんは降りていった。

瀬戸熊「じゃあな。お疲れ!」
三四郎「本当にお疲れ様でした!おやすみなさい!」

こうして瀬戸熊さんの長い3日間が終わった。

タクシー内で1人になった自分は、あらためて瀬戸熊さんの優勝を認識した。
僕は1回戦が始まる前から、瀬戸熊さんの優勝しかないと思っていた。
最終戦で追う立場となったが、当たり前のように逆転してくれるんだろうな、と思っていた。
それはおそらく、打っている瀬戸熊さんも同じように感じていたのではないかと思う。
大逆転での優勝ということもあって、打ち上げの席で少しは舞い上がって興奮気味になるのではないかと思ったが、至って冷静だった。
それはやはり優勝して当然と思っていたからかもしれないし、単純に疲れていただけなのかもしれない。
ただ、試合後の落ちついたその姿に、十段位の貫禄を見せつけられた気がした。
来年もまた、トロフィーを持っていっては、持ってかえるだけになるような気がしてたまらなかった。
もし来年自分が決勝に残っれたら、どうやって瀬戸熊さんを倒そうか……そんな妄想をしながら、僕は眠りについていた。

【十段戦から1ヶ月後】
瀬戸熊さんの優勝から1ヶ月経った頃である。インタビューさせて頂くために、瀬戸熊さんを我が家へ招いた。
家には、お出かけ前の母がいたので、写真を撮ってもらった。

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瀬戸熊プロとインタビュアーの大庭三四郎プロ

僕の母と話す瀬戸熊さんは、シャキッとした顔をしていて、また背筋もピンと伸ばされていた。
めずらしく僕は、家族の前で他の人から褒められた。きっと、母の中での僕の評価も上がったに違いない。
母が出かけてしまうと、瀬戸熊さんはいつもの感じに戻っていて、まるで自宅にいるかのようにリラックスしていた。
そして数分くつろいだ後、ようやく本題のインタビューに入った。

~本題~

三四郎「1回戦目、東1局、親番の瀬戸熊さんが先制でテンパイが入りましたが、これをノータイムでリーチしましたね。
ヤミにする方もいると思うので、リーチした理由を聞きたいのですが……」

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瀬戸熊「ヤミにして東でアガれれば12,000点だけど、一万なんかがポロっと出ちゃった場合に3,900しかないんだよね。
まぁ確実にアガリたい手ではあるんだけど、12回戦の開局ということもあって、
自分はこういうスタイルで戦いたいっていう、意思表示も込めてリーチを打ったんだよね」

三四郎「なるほど!そういう事だったんですね!」
瀬戸熊「別にツモって6,000オールを狙っていたわけではなくて、ツモも良かったから、ここで急にヤミテンにするっていうのも違和感があったんでリーチを打ったね」
三四郎「いいですね!そして初日が終わって、大きくリードすることが出来ましたが、気持ち的にはどうでしたか?
このまま突っ走っちゃうおう、っていう感じだったんですか?」
瀬戸熊「今回、連盟の優勝者予想で、7人全員が僕が本命っていう予想だったでしょ。それとか、周りからの期待とかで、実はプレッシャーになってたんだよね。
だから今回は勝つとしても、圧勝したいなって思ってたんだよね」

三四郎「おおー!」
瀬戸熊「見ている側は、接戦のほうが絶対面白いんだけどね。でも、色々な決勝を見て、圧勝する大会にはならないだろうって分かっていたよ。
だから、初日は意外とリードを広げる事が出来たくらいに思っていたよ」

三四郎「そうですか。僕は、圧勝しちゃうんじゃないかと思いました。」
瀬戸熊「でも2日目、色々やらかして混戦になる原因を持ってきちゃったんだよね。実は、内容は接戦でもいいけど、ポイントでは圧勝したいと思っていた。
でも、そうはいかなかったんだけど。初日が終わったときには、最低、優勝争いはできるなって思ったよ」

三四郎「なるほど!」
瀬戸熊「最悪なのが、まぁ余り考えてなかったけど、途中敗退になることだったね。イメージした時に、まさかそれはマズいよねって思っていたし。
それと、最終戦で全然優勝争いじゃ無いのも嫌だったね。ちゃんと最後まで優勝争い出来る立場にはいたいなって思っていた」

三四郎「下馬評の高かった瀬戸熊さんが、途中敗退なんてみんなビックリしちゃいますもんね!」
瀬戸熊「まわりの予想とかは関係なく、強欲なんだけど圧勝したいなっていう気持ちが出過ぎちゃったのかもしれない。
自分の意識の中で留めておけばよかったんだけど、スコア的に圧勝になりかけたんだ、少しあせっちゃったね。
そこがまだまだ自分の課題かなって思ったね」

三四郎「あせったっていうのは?」
瀬戸熊「だからようは、もっとポイント積み重ねて、相手が追えないようにしちゃおうって思っちゃったの。
三四郎にも分かると思うけど、決まらないって散々言ってる『楽になりたいリーチ』っていうやつみたいなね」

三四郎「なるほど、凄くよく分かります」
瀬戸熊「これが決まれば決定打になるっていうのを、勇み足みたいな感じで、若干早めに決めにいっちゃったね」
三四郎「そして3日目に入って、なんか調子が悪いように感じたんですが、どう思われました?」
瀬戸熊「南2局に、やっぱり後がない仁平さんなんかが、こうやってドラ単騎をツモっているのを見ると、なんか自分にちょっと今日も勢い無いかな、と感じたね」

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三四郎「2日目と同様にですか?」
瀬戸熊「いや、2日目は自分でこけた部分もあったんだけど、今日は相当苦しむなって思ったんで、ギリギリまで点棒とポイントを削られるのはしょうがないけど、
もう我慢しきろうと思っていたね。この辺までは」

三四郎「では、瀬戸熊さんの中で決定打となった局を教えて下さい!」

瀬戸熊「決定打はないなぁ、だって最終局までもつれたもんね。でも、しいてあげるなら、東3局、カン四万で2,600をアガったときに、
ちょっと風向きが変わるかなと思ったね」

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三四郎「2,600点ながらも大きいアガりですね。この後の最後の親番で連荘出来たのも、このアガリがあってこそのものということですね」
瀬戸熊「そうだね。そんなところだね」
三四郎「今回の十段戦を振り返って、何か思った事はありますか?」
瀬戸熊「3日間通して思ったのは、周りの4人の十段戦に対する強い想いと執念みたいなのを感じたね。
所属リーグとか段位とか関係なく、4人とも凄く強かったなって素直に思ったね。
ただ僕が勝ったのは、今までに何度かの痛い負けや、凄く苦しい戦いを経験したことが最後に出たのかもしれないね」

三四郎「では最後に、今年もプロ試験には20歳前後の若い人たちが応募してきましたが、
僕も含め、彼ら若い世代の人が今後勝っていくためには、どうすべきだと思いますか?」
瀬戸熊「昔から言ってるんだけど、とにかく20代の時は、稽古稽古で自分の時間を作って、ボロボロになるまで麻雀を打つべきだと思うよ。
僕はそうやってちょっとづつ強くなっていったね」

三四郎「なるほど!参考になります!!今日はありがとうございました!」

インタビューを終え、家を出て瀬戸熊さんと一緒に駅に向かった。
駅に向かう途中も、ずっと会話は絶えなかった。いつもと同じように麻雀の話はほとんどしなかった。
A1リーガーであり、数々のタイトルを獲っている大先輩なのに、自分のような新人をかまってくれる瀬戸熊さんは本当に素敵な先輩である。

瀬戸熊さんは、普通にサラリーマンをして働いていたことだってある。ごく普通な人生を歩んでいたのである。
あいさつの話もそうだが、日常生活をしっかり送ることが、麻雀の上達への第一歩だと自分は解釈している。
だから自分は、これからも瀬戸熊さんの教えを聞き、それを実践して生きていきたいと思う。
10年後に、瀬戸熊さんのようなみんなに慕われる麻雀プロになれることを夢見て、僕は今日も学校に行き、帰りに道場へ行って麻雀を打つのであった。

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(このインタビューは2012年10月現在のものです)