プロ雀士インタビュー

第122回:第27期チャンピオンズリーグ優勝特別インタビュー 客野 直 インタビュアー:大庭 三四郎

「よし、今日は藤原さんの観戦に行こう!」

1月24日、本日はチャンピオンズリーグのトーナメント戦。

最近は生放送での対局が増え、トッププロの対局を生で観戦できる機会が減ってきている。
そんな中、チャンピオンズリーグのトーナメント戦は間近で観戦ができる貴重な公式戦である。
そして今期も、緻密な仕事師・藤原隆弘プロの観戦にやってきた。
チャンピオンズリーグを過去3回優勝し、トーナメントの戦い方や経験、知識等は群を抜いている。学ぶ事は山ほどある。
本日のトーナメント戦はシード選手を除き、ベスト28・ベスト16・ベスト8と、3回勝ち抜くと決勝に進む事ができる。

チャンピオンズリーグトーナメント戦ベスト28が始まった。

「いきなり藤原さんと同卓なんて可愛そうだなー」
そんな事を思いながら藤原さんのいる、その卓を見ていた。
しかし、意外な事に同卓の客野プロが余裕のトップで最終戦を迎える。
藤原さんは2着だが、3着と競りの状態。

「藤原さんなら大丈夫…相手1人の直接対決なら誰より慣れているはず。こんなところでは敗けないはず…。」

しかし想いは通じず、僅差でかわされてしまい、なんとあの藤原さんがトーナメント初戦で敗退してしまった!

「ガーン…藤原さんが負けてしまった…こんなこともあるんだな…」

時計は15時を差している。

「まだ帰るには早いし、どうしよう…」

「………」

「客野さんのでも見るか…」

客野さんの事は知っていた。採譜チームで一緒に仕事をしているからである。
しかし麻雀を打つ客野さんの姿を見るのは初めてかもしれない。いつも見ていたのは誰かの牌譜を取る姿だった。
失礼かもしれないが、客野さんの麻雀に興味を持った事はなかった。
しかし今回は、あの藤原さんを大差で破った相手だ。どういう麻雀を打つのか興味を持たざるを得ない。
ちょっと物足りなさを感じながらも、客野さんの左後ろの位置を確保し、対局開始の合図を待った。

チャンピオンズリーグトーナメントベスト16が始まった。
どうやらベスト28の勢いはまだ残っているらしい。
東1局から11,600をアガリ、その後もアガリを重ねる。
2回戦が終了し、ベスト28と同様に余裕のトップで最終戦を迎える。
(手堅い麻雀を打つなぁ…)
そんな印象だった。特に点棒を持ってからの打ち回しは繊細で、安心して見ていられる。
何より放銃の回数が圧倒的に少ない。
守備型なのは間違いないが、鳴いて捌きに向かう事も多いプレイヤーという印象である。
そして打牌の判断も早い。1,000点の仕掛けをした後に他家からリーチが入り、ある程度押すこともあれば、すぐ受けに回ることもある。その判断に時間は要さない。
自分のアガリ易さに重きを置いているのか、放銃した時のリスクに重きを置いているのかは分からないが、自分の基準をしっかり設けているのだろう。
いつか機会があったら客野さんの鳴きの基準について聞いてみたいな、と思った。

――――――――――
大庭「観戦してて客野さんが鳴いて捌く姿をよく見かけたんですが、鳴きの基準みたいのを教えて貰っていいですか?」

客野「うん。」

大庭「まず、親と子で仕掛けるタイミングとか変わります?」

客野「親だと他家にプレッシャーをかける為に仕掛けは増えるね。」

大庭「なるほど。では、仕掛けた後の押し引きの話を聞かせて下さい。」

客野「まず、自分が高ければオリる理由がない。」

大庭「はい。」

客野「リーチ者と1対1なのか、他に押してる人がいるかどうかによっても変わってくるけど、基本的にリーチ者の安全牌が0枚か1枚しかない時は押すかな。」

大庭「つまり、オリて手詰まりしそうな時は押し切るということですね!」

客野「うん。」

大庭「他に何か他に鳴きに関して意識している事はありますか?」

客野「まず、自分の仕掛けが他家から何点に見えるかということ。」

大庭「ふむふむ。」

客野「あと安手で仕掛ける時は、その後の安全度かな。」

大庭「ということは、先程の安牌が無くなって押さざるを得なくなる仕掛けは基本的にしないということですか?」

客野「単純に自分がアガれそうな状況なら安牌が無くても鳴いてアガリにいくって事だね。」

大庭「そういうことなんですね。ありがとうございます。」
――――――――――

ベスト16最終戦オーラス。ベスト28と同様、客野さんは下との条件を気にする必要がないポジションで、堂々の勝ち上がりを決めていた。
(客野さんって強かったんだなぁ…)
失礼ながらもそんな事を思いながら見ていた。

そしてベスト8が始まる。18時を回ったが乗りかかった船なので、客野さんの観戦を続行。
これに勝てば決勝戦進出。大一番だ。
客野さんは平常心だ。緊張の様子は一切ない。見た目通り落ち着いている人だなぁ、と思った。

チャンピオンズリーグトーナメントベスト8が始まった。
ここでも好調は客野さん。本日3度目のスタートダッシュ。
何かスタートダッシュを決めるコツや秘訣があるのだろうか、と純粋に思った。

――――――――――
大庭「次はトーナメント戦に関して聞きたいことがあるんですが。」

客野「うん。」

大庭「トーナメント戦、第1回戦で何か意識している事というか、スタートダッシュをする為のコツとかあるんですか?」

客野「いや、基本的にリーグ戦と同じように打ってるよ。」

大庭「あら…そうでしたか。」

客野「最終戦か、もしくは最終戦前からはトータルを考えながら打つけどね。」

大庭「はい。今回のトーナメント戦、ベスト28、16、8と全て大差での逃げの展開でしたので、捌きを得意とする客野さんにとっては良い展開でしたよね。苦しい場面ってありましたか?」

客野「そうだね。ベスト8の最終戦が一番キツかったな。小笠原プロの親が中々流れなくて。戦う相手が自分しかいなかったからさ。」

大庭「1対1になると親は流れづらくなりますもんね。それでも最後は小笠原プロのリーチに対して危険牌を押して自力でアガリ切りましたよね。カッコ良かったです。」

客野「1回でもアガられてたらキツかったかもね。」
――――――――――

点棒を持った客野さんは強い。
2回戦終わり、安定ポジションに着き、道中1回も3着以下に落ちることなく、そのまま決勝進出を決めた。
(ひえー、まさか決勝まで進めてしまうとは…びっくりした…)
対局終了後、客野さんに話しかけるタイミングがあったので声をかけた。
「客野さん!おめでとうございます!」

客野「ありがとう。でも、おめでとうはまだ早いよ。」

大庭「そうでした…」

目指すは優勝のみ、と目が語っていた。
客野さんは試合前も、試合後も落ち着いていた。

客野「ところで今日君は、俺の観戦にわざわざ来たの?」

大庭「…はい。もちろん。」

チャンピオンズリーグ決勝戦。
予選のトーナメントの時みたいに客野さんがスタートダッシュを決めるようだったらあっさり勝っちゃうのかもなぁ、そんな事を考えながら見ていた。
そしたら案の定、客野さんの2連勝。しかも1人浮きのトップ!
これには本人も相当感触が良かったに違いない。

――――――――――
大庭「決勝戦、1回戦、2回戦と1人浮きのトップとなったわけですが、感触が良かった局や、手応えがあった局を教えて下さい。」

客野「1回戦の東1局。初めての決勝の開局だけど、吉野さんのリーチに対して、当たり牌を止めて回って、その後テンパイまで取れた局かな。緊張せずいつも通り打てているな、と認識できた局だね。」

大庭「いつも通り、危険牌を掴んで回ると決めるまでの判断は早かったですね。」

客野「後は、しいて言うなら2回戦南3局、親のケネスさんと吉野さんがテンパイしている時に1,000点をアガった局かな。最後に2人の危険牌を切ってテンパイ取って、次の危険牌を持ってくる前にアガれたから展開良いな、って思った。」
――――――――――

点棒を持った客野さんは強い。
その後も安定した戦いで、最終戦オーラスも相手の条件を考える必要もないポジションにいるほど圧勝しており、そのまま優勝となった。

後日、インタビューをすべく仕事帰りの客野さんを新宿でつかまえた。
客野さんのリレーエッセイにも触れられていたが、客野さんはゲームセンターに置いてある音楽ゲーム・リズムゲーム(通称:音ゲー)が得意らしい。
客野さんはお酒を飲まないので、ゲームセンターで少し遊び、テンションを上げてもらってからインタビューをする事にした。
そうすれば会話が弾みインタビューが円滑に進むに違いない!という魂胆である。

大庭「お疲れ様です!まずインタビューの前にゲーセン行きましょうか!少し音ゲーやりましょう!」

客野「キミもできるの?」

大庭「はい!多少は。」

多少、と言ったが自分も音楽ゲームには自信があった。学生時代ゼームセンターに入り浸っていた時期があり、そこでずいぶん鍛えた。
今も会社帰りに行くことだってある。
音楽ゲームには対戦機能もあるが、その前にとりあえず客野さんのソロプレイを見る事にした。
お手並み拝見といったところだ。

(あ、この人には勝てない。)
そう理解するのに時間はかからなかった。
ボタンを押す手付き、手を動かす速さと正確さ、安定感、全てが自分を凌駕していた。
そのパーフェクトなプレイに圧倒されてその場に立ち尽くしてしまった。
自分もできると言ったことを非常に後悔した。
ドンジャラしかやったことが無いのに、マージャンができると言ってしまったようなものである。

客野「はい。次、キミの番だよ」

大庭「すいませんが、気分じゃないんで…」

その場を上手くやり過ごし、その日は見学に徹する事にした。
色んな種類の音楽ゲームをやってもらったのだが、客野さんはほぼ全てを極めていた。

100

(いままで一体どれだけの時間を費やして来たのだろう…)
少し怖くなった。

楽しい時間は過ぎるのが早いもので、気付いたら終電間近となってしまい、残念ながらインタビューの時間が無くなってしまった。
せめて何か成果を残さなければ!ということで帰り際に1つ質問をした。

大庭「音ゲーをやることにより麻雀で役に立つスキルや、音ゲーが麻雀に通ずる何かがあったりするのでしょうか?」

客野「関係ないだろ。」

その日は何の成果も得られなかった。

 

後日、客野さんの祝勝会という形で牌譜チームで焼き肉を食べた。

100

焼き肉でも客野さんは守備型で、お肉はあまり食べず、野菜(チョレギサラダ)ばかり食べていた。
遠慮しているのだろうか?
いや、ただ単に小食なだけなのかも知れない。

そのあと、流れでボーリングをやることになった。
ここでも客野さんが凄い。明らかに1人だけスコアがおかしい。
200点を越えたりもしていた。

100

プロボウラー試験の合格点は、平均スコアが200点以上と聞いた事があるので、客野さんはボーリングもプロ級と言っても過言ではないだろう。
念の為、訪ねてみた。

大庭「ボーリングをやることにより麻雀で役に立つスキルや、ボーリングが麻雀に通ずる何かがあったり…します?」

客野「関係ない。」

自分もないだろうとは思っていた。

 

後日、まだ他に何か隠しているのではないかと思った自分は、全てを追求すべく客野さんの家に伺った。
そこで目にした光景により、客野さんがどういう人なのか汲み取れたような気がした。
客野さんの住処は様々なゲームで溢れていた。
昔から最新のテレビゲームを初め、見た事もないカードゲーム、そして全自動麻雀卓。
ネコもいるし、そこはストレスというものがない、まさに楽園と呼べる空間だった。
過去にカードゲームで全国大会に出た事や、あるオンラインゲームで神奈川県1位の成績を持っていたり、探ると何かしら珍しい話が出てきた。
客野さんは探れば探るほど新しい何かが見つかるビックリ人間だった。

その楽園の中でもやはり圧倒的な存在感のある全自動麻雀卓。
これは昔から家族と打つのに使っていたらしい。
今では定期的に練習メンバーを呼んでAルールの調整セットにも使っているらしい。
客野さんはこの楽園で色んな発見をし、様々な遊びをし、麻雀と出会い、そして麻雀というものに惹かれていったのだろう。

インタビューをする前とした後の客野さんのイメージは自分の中で随分変わっていた。

100
100

客野さんは休みの日はずっと暗い部屋で本を読んでいる人というイメージだったが、蓋を開けてみると様々な遊びに興味を持つ、好奇心旺盛な明るい人だった。

様々なゲームを客野さんと遊び、とても楽しいひと時を過ごした。
楽しいといっても、全てのゲームにおいて完敗したが…。
一切手を抜かないでボコボコにしてくれるのも、お手本を見せるという意味合いを持った客野さんの優しさなのだろう。
ただ、小学生の頃にやられていたら途中でイジケて帰っていたに違いない。

帰り道、客野さんに聞いてみた。

大庭「客野さんは生きてきて色んな遊び・ゲームを見てきたと思うんですが、その中でも麻雀というものを一番極めようと思った理由は何ですか?」

客野「麻雀が一番面白いからやってるだけだよ」

シンプルな返答だったが、これが全てなのかもしれない。
なるほど、と感嘆すると同時に、ああやっぱりこの人プロなんだな、と思った瞬間でもあった。

最後に聞いてみた。

大庭「今日色んな遊び、ゲームをやりましたけど、その中でやっておくと麻雀のスキルとか能力が上がったりするものってありますか?」

客野「ないね」

どうやら麻雀が強くなるには、麻雀をやるしかないようだ。