プロ雀士インタビュー

プロ雀士インタビュー/第92回:瀬戸熊 直樹

―総じて人は己に克つを以て成り、自ら愛するを以て敗るるぞ―
西郷 隆盛
第29期鳳凰位決定戦。
現鳳凰位・荒正義に挑むのは、奪還を狙う前鳳凰位・瀬戸熊直樹、決定戦常連であり、過去2度戴冠の経験を持つ前原雄大、そして早い時期から当確ランプを灯し、決定戦へ初めての切符を手にした藤崎智。
日本プロ麻雀連盟の最高峰の闘いと呼ぶにふさわしい、まさに「至高の対局」となることが約束されたような素晴らしい対戦メンバーである。1人でも多くの麻雀ファンに観て欲しいこの対局が、ニコニコ生放送で完全生中継されることはもちろん既に決まっていた。
「鳳凰位決定戦、生放送のMCをやらせてください。」
ただこの闘いを近くで観たい、肌で感じたい、どんな形でもいいから関わりたい。
その気持ちだけで私はそう口にしていた。ダメで元々、言わないで後悔するよりは良いだろう。
連盟に入って約3年、自分から何か仕事をやらせて欲しいと頼んだのは初めてのことである。
あのとき、わがままを言ってみてよかった。
「麻雀とは・・・」その答えの1つが、そこにはあったように思う。
このインタビューでは、牌姿についてはあまり触れていない。まだ放送を観ていない方は、ぜひタイムシフトで観戦していただきたい。これは宣伝でもなんでもなく、心からそう思う。最高の作品であると、自信をもって言える。そして画面を通しても強く感じる、瀬戸熊の圧倒的な「強さ」がどこからくるのか、それを少しでもお伝えできたら幸せである。

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白河 「鳳凰戦、おつかれさまでした!なにから聞こうかな。」
瀬戸熊「いつものように、雑談みたいな感じでいいんじゃないの。聞きたいこと、箇条書きみたいにどんどん聞いてきてくれてもいいし。」
白河 「じゃあまず、決定戦に入る前のことから聞いていきたいと思います。2年ぶりのリーグ戦は、いかがでしたか?」
瀬戸熊「いろんなところで言ってるんだけど、ずっとリーグ戦は激しいスコアが多かったんだよね。浮き沈みを繰り返して、最終節で80浮いて帳尻合った、みたいな。だけど本当に力がある人はぶれないと思うんだよ。だから自分の麻雀を打ち切って、1日4半荘をしっかりまとめて全節プラスにすることを目標にやっていた。もちろん開幕からずっと決定戦のことは意識していたけれど。それで、少しマイナスした節もあったけど、自分で決めたことはきちんとやれたな、と思ったからそれが自信になったよね。だから最終日、最初の4回はリーグ戦みたいにやろう、と意識してやっていたよ。1年間ちゃんとやってこられたんだから、リーグ戦のように打てば大丈夫だろうと思って。」
白河 「かなり安定した成績で進出を決められていましたよね。決定戦が始まる前の心構えというか、決めごとのようなものはありましたか?」
瀬戸熊「俺ね、前回荒さんに負けたことがすごくプラスになったと思っているんだよね。それまで2回獲ったときは、自分が挑戦者でいようと思ってやっていたのに、昨年は気持ち的に受けてしまっていたんだよね。鳳凰位だからどっしりやろうみたいな。たとえばもっちー(望月雅継プロ)の親リーチに九筒切れなかった局があるんだよね。(第28期鳳凰位決定戦12回戦東2局2本場)その牌譜とかをみて『何やってるんだろう・・・』とか思ったりして。だから今回1番思っていたのは、勝っても負けても、ファンの人に笑って『頑張りました』って言える麻雀を打とうと。あとは連盟初の有料放送だったからね、それはすごく意識していたよ。自分ができる最高のパフォーマンスをして、連盟のために頑張ろうと思ったの。自分のためではなく。もちろん獲りたい気持ちは4人の中で1番強かったと思うけれど。だから前原さんのリーチとかに対しても、全部ぶつけようと決めていた。どんなにリードしていても。途中ちょっとふらついた局面もあったけどね。」
白河 「観ているこちらからすると、前原さんをかなり意識していたようにうつったのですが・・・。」
瀬戸熊 「いや、意識はしてないよ。他の3人、誰の勝ちパターンにも入れてはいけないと思っていたんだけど、前原さんへの対応だけは意識している風に見えちゃうんだろうね。」
白河 「3人それぞれへの対応を全部考えていたということですよね?」
瀬戸熊 「そう。例えば藤崎さんに対して1番ケアをしていたのは、ヤミテンの高い手。俺はヤミテンに弱くて、どっちつかずの、勝負していない打牌で放銃してしまったりするから。とにかく、相手の必殺技だけは出させないように意識していたね。」
白河 「他家の親番を落とそう、という意識はすごく感じました。」
瀬戸熊「それは多分、自分に1番手が入っていたからね。鳳凰位決定戦を何度か闘っていていつも思うのは、親リーチが入っていたとして、そのとき3人のうちいける人が必ずちゃんといくんだよね。みんなの目的意識がはっきりしていて、お互いに信頼関係がある。だから、麻雀としておもしろいものになるんだろうね。」
白河 「1人旅になる局面が少ないということですよね?」
瀬戸熊「そうそう、だから自分が先頭に立ったときのプレッシャーもきつくなるし。俺が鳳凰位獲ったときは大体逃げパターンになるんだけど、逃げている時でもいつも『何時つかまるかな』と思ってやっている。でも今回は、さっきも言ったけれど、つかまるにしてもかわされるにしても、すごい放銃をして結果負けたとしても、最後に笑って『僕らしくやれました。自分で自分を褒めたいです。』と言えるように、‘瀬戸熊直樹’として終われるようにやろうということをずっと意識していたんだよね。」
白河 「最後のインタビューで、そのセリフ言ってくれればよかったのに!」
瀬戸熊「いやー、疲れ切っていて忘れました(笑)19回戦の前原さんの親の連荘中はね、本当に精神的に疲れてしまって。いつもだったらオリるにしてもちょっときつく見える牌を打ってテンパイだけはとりにいったりするんだけど、もう現物でオリたい!って。」
白河 「でも、そうはしてなかったですよね?」
瀬戸熊「してはいないんだけどね、でも本当に捨て牌の枚数を数える行為すらめんどくさいと思ったよ、初めて。どうなっちゃうんだろうとも思ったし。」
白河  「モニタを観ている私も、思っていました(笑)19回戦の話は、またあとで聞かせてください!先ほど、ふらついた局面があったとおっしゃっていましたが、6、7回戦あたりのことですよね?」
瀬戸熊「あれね。心理状態って不思議なもので、何回やっても、守っちゃいけないのにちょっと点差に余裕があると楽したいと思うようになるんだよね、本当に。その時に『あれ、またやっちゃったな、俺』とか思って。」
白河 「それで、あれが出たんですね!瀬戸熊さんがよくする、自分に怒っているような仕草と表情!」
瀬戸熊「若い子がよく言う『おこなの?』ってやつね(笑)」
白河 「そこからの、8回戦のあの八筒!(8回戦南1局1本場)」
瀬戸熊「まだ2日目序盤だし、もう1回やり直そうと思って、あの八筒は、景気付けのためにいきました。」
白河 「あれはもう、放銃覚悟ですよね?」
瀬戸熊「もう『ロンって言ってくれ』くらい思ったもん、切るときに。」
白河 「1回放銃して、また切り替えようということですか?」
瀬戸熊「1シャンテンだったらもちろんいっちゃだめだよ。役なしだけどテンパイだから価値がある。当たってもいいから、1回ガーン!っていって、万が一自分にアガリがあったらふくし、放銃になっても俺らしいじゃないか、と。そこからもう1回自分らしい麻雀をやり直そうと。最初に誓った、笑って終われるようにってことを思い出すために、戒めの意味もあったね。」
白河 「あの三索は・・・?(9回戦オーラス)」
瀬戸熊「三索ね(笑)数字的に言えば、打つ必要は全くないんだけど。半荘と半荘の間って、つながっていないように見えるけど絶対つながっているから。当たったとしても、この次またトップとればいいから、良い終わり方にしたかったんだよね。2番手の前原さんとの直接対決だから意味があるのであって、荒さんや藤崎さんのリーチだったら打たないと思うよ。浮上のきっかけになってしまうから。でも打ったときは『さすがだな。』って思ったね。『ここで前原雄大だったら三索単騎の七対子だね』とか思っていて、当たったら8,000だってわかっていたけど、本当にその通りだったから。研究してきた成果が間違っていない、みたいな。」
白河 「そういう意味でのどや顔だったんですね!会心の放銃みたいな顔をしていましたよ。」
瀬戸熊「(笑)会心とは思ってなかったけど。あとで見返してもそんなにわからなかったし。野球と同じでさ、オールスター戦とかでピッチャーまっすぐ投げるじゃない。打ってみろ!みたいな。そんな感じかな。アガってみろ!って。もしそれが通って自分がアガれたらかっこいいじゃん。」
白河 「瀬戸熊さんって、いつもタイトル戦の決勝のとき『おはようございます』って入ってきてから、雑談とかほとんどせずに、対局の合間も1人で壁とにらめっこしたりしているじゃないですか。それなのに、9回戦が終わったあと解説室を通った時に突然『あれは打っちゃだめかなあ・・・?』って言ったんですよね!だから私はすごくびっくりしたんですけど。」
瀬戸熊「あの時は、またやっちゃったかなぁと思っていたんだけど。今ってテレビとかニコ生とかでファンの人達がタイトル戦を観る機会が多くなって目が肥えてきていると思うし、コメントやツイッターなんかで反応もすぐわかるから、ファンの評価を仰ごうと思って。自分の中では、最初に決めた通りの自分らしい放銃だったとは思うけど『あれはさすがに・・・』というような評価が来るのかなと思ってちょっと苦笑いしてたんだよね。」
白河 「テンパイじゃなかったですしね。」
瀬戸熊「アガリは多分ないだろうけど、例えば俺の麻雀をよく知っている人が100人観ていたとしたら『三索切るでしょう、瀬戸熊は』って思う人が70人はいると思っていたんだよね。」
白河 「・・・そんなにいますかね?(笑)」
瀬戸熊「いないかな?どうだろう。今まで獲った2回の鳳凰位戦は、70~80ポイントくらい離しながら逃げていて、そこから最終日は収束に向かっていたんだけど、今回はそれをやめようと思っていたんだ。最後まで逃げないで、真っ向勝負でいこうと。やっぱり有料放送を意識していたところがあって、連盟の最高峰の試合で、最高のメンツでみせる鳳凰位戦が『この程度か』と思われるのが嫌だったんだよね。観ている人達に『これくらいの麻雀打てますか?これを超えるパフォーマンスができますか?』というのをアピールしたくて。俺以外の3人は確実にできるとわかっていたから、出来不出来に不安がある自分さえしっかり頑張れば絶対にベストの闘いになると思って、とにかく足は引っ張らないようにしようと思っていたよ、やる前からずっと。」
白河 「途中で、2番手との差が100ポイントを超えていましたが・・・」
瀬戸熊「ポイントね、途中までまったく気にしていなかった。2番手誰かなー?くらい。」
白河 「いつから意識したんですか?」
瀬戸熊「19回戦の前原さんの猛連荘があって、100ポイントくらい縮まったんだよね、確か。そこで立会人の藤原さんに『今何ポイント差ですか?』って思わず聞いちゃったね。そうしたら、18回戦までのトータルで160ポイント差だって言われて。まだ40ポイントは離れているから、最終戦並びで迎えられたら恩の字だな、と。」
白河 「残り2半荘で160ポイントだと、かなり余裕があるように思えますよね。」
瀬戸熊「そこが落とし穴で。18回戦が終わったあと、選手も周りのスタッフも、もう決まりみたいな雰囲気になって、空気がふっとゆるんで・・・。自分もそのエアーポケットにはまってしまったんだよね。そのまま19回戦に入って、藤崎さんの親番で7,700放銃してまた『何やってんの?俺』って思ったんだよ。」
19回戦東3局1本場、二索二万六索と手出しで切っている親の藤崎が3巡目、白を1鳴き。
一筒三筒三筒四筒七筒八筒九筒九筒九筒南南 ポン白白白 ドラ中
ここからチャンタも見て打四筒。2巡後ツモ七筒で打三筒。さらに2巡後ツモ六筒で、カン二筒の7,700テンパイ。
テンパイの1巡前に、前原が二筒を切り出している。
瀬戸熊「前原さんが二筒四筒って切ってきているんだよね。藤崎さんが四筒先に切っていてホンイツなのもわかっているんだから、二筒四筒の順番で打てばよかったのに・・・って思って。」
白河 「そして、その後の前原さんの親番ですが。」
瀬戸熊「リンシャンで六筒持ってきて放銃したのが痛かったね。」
白河 「平場ですね。」
東4局。
六万六万七万八万九万東東東南南 ポン中中中 ドラ七索
ホンイツのテンパイに、中をツモって加カン。
親の前原の手牌は、
二万三万四万五万六万七万四索四索四筒五筒七筒八筒九筒
ピンフのみで打点こそ1,500だが、ここから怒涛の連荘が始まる。
瀬戸熊「本当に久しぶりに、麻雀やっていて『こえーな』って思ったよ。対面にはすごい形相で考えている前原さんがいるしね。『やべー、やられる』って。」
10本場、長い長い親番を自力で落とす。
二索三索七筒八筒九筒北北 チー九索七索八索 ポン発発発 ツモ一索
疲れ切っていた、という言葉とは対照的に、最後まで親を落としに行く姿勢が1番強く見えたのが、箱を割っている瀬戸熊であったように思う。
この親番が終われば・・・観ている誰もがそう思ったのではないか。
「鳳凰位を奪還したという実感は、まだないんだよね。」
そう語るが、20回戦に臨む瀬戸熊の姿から既に、鳳凰位としての風格を感じていたのは私だけだろうか。

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白河 「最終日の特別インタビューでもうかがいましたが、今回の鳳凰位戦を振り返って、全体を通して点数を付けるとしたら何点ですか?」
瀬戸熊 「個人としては、自分に100点満点をあげたいと思うよ。結果よりも内容で、きちんと最後にゴールテープを切れたから。もちろん結果も自分にとっては最高のものになったけれど。」
白河 「周りの方の反応はいかがですか?奥様とか。」
瀬戸熊 「カミさんはね、麻雀のことはあまり言わない。服装のこととかだね。『腕まくりするな!』とか『また髪の毛いじって!』とかよく怒られるよ(笑)今回は、自分におこ、とかやらないでスマートに打とうと思っていたんだけど・・・。」
白河 「おこ、でしたね(笑)ご両親はどうですか?」
瀬戸熊 「親父は全部観ていたらしいんだよね。鳳凰位戦が終わって、両親に報告と旅行をプレゼントしに行ったんだけど、その時『野球と同じで、麻雀も面白いな。』って言われて。
それでようやく親孝行できたかなって思った。今までいろいろ迷惑もかけてきたし、苦しい時期もあって、こうして麻雀プロとして食べて行けるようになったわけだから、両親をはじめとして周りの人には本当に感謝しているし、いろいろな人のおかげで獲れたんだと思っている。これは本当に。だからこそ、ファンの方や連盟のために闘おうっていう気持ちが強かったんだと思う。有料放送になって、ようやくプロの対局と言えるようになったと思うし。」
白河 「メディアに露出する機会や、プロとしての仕事の幅もかなり増えて、麻雀界もかなり変わってきていると思いますが、鳳凰位として、後輩に伝えたいことなどありますか?」
瀬戸熊「うーん。これからはもっと、いきごしのある麻雀を打っていこうと思うんだよね。」
白河 「えっ、今以上にですか?もう十分じゃないですか?(笑)」
瀬戸熊「まだ、ここいけたなぁって思う部分とかはあるからね。若い子たちにはそこを見て欲しいとは思うかな。うん。そろそろいいんじゃない?せっかくカラオケボックスにいるんだし、何か歌ったら?」
白河 「いやいや、瀬戸熊さんのインタビューですから!歌ってください!」
AKB48メドレーを入れ、強制的にマイクを渡す。
対局中、世界に入り込んでいる鳳凰位‘瀬戸熊直樹’
目の前で恥ずかしそうに『ポニシュシュ』を歌っているこの男性と、果たして同一人物なのだろうか・・・?
「克己心」
サインの横にいつも添えられている言葉である。
意味は、欲望を抑える心。自制心。とある。
欲望とは、弱さ、のことであろうか。
楽になりたい、逃げたい、という自分の弱い気持ちと闘い、それに打ち克ったとき、あの阿修羅のような表情が出るのか。
「職人になりたいんだよね、俺。麻雀のこと以外何も知らなくても、それは恥ずかしいことではないと思うんだ。」
インタビューを通して強く感じたのは、麻雀を「みせる」ことに対する意識の高さである。
プロとは本来、そうあるべきなのだろう。
音源を聞きながら、自らを省みる。
果たして自分は誰に対しても「麻雀プロです。」と胸を張れるだろうか?
「至高の対局」から受けた感動を、自分もいつか人に与えられるようになりたい、そんな本当の意味でのプロになりたい、と切に願う。
第29期鳳凰位決定戦 観戦記はこちら