プロ雀士インタビュー

第236回:プロ雀士インタビュー 清水香織  インタビュアー:黒木真生

「負けたら引退するつもりだった・・」

 

清水:わざわざ栃木県まで来てくれてありがと!

—-:清水がなかなか東京に来る機会がないということだったから、仕方ないです。まあ経費で遠出するのも良いかなと思ったし。(編集部註:そんな経費は出ません)

清水:しかもごちそうにもなって。ここはアタシのお気に入りの店で、安くて美味しいんだよ。

—-:それも楽しみでした。経費で飲み食いできるのも嬉しいし。ただ、安いって言っても1人数千円はするよね。東京で食べたら1万円ぐらいする肉が半分以下ってだけで。(編集部註:そんな経費は出ません)

 

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清水:黒木が運転手用意しろっていうから北関東支部の若い衆を寄こしたけど、粗相はなかった?

—-:いやいや。清水と2人きりで食事してたら怪しい関係と思われるかもしれないので、それで1人来てもらったんです。中津慎吾さん、ありがとうございます。

清水:なんじゃそりゃ(笑)。

—-:いや、この前も宮内(こずえ)さんとイベントの後に食事することになったけど、不倫と思われたら嫌だから1人来させたんですよ。井上真孝プロがたまたまいたから誘ったら、すごく嫌がってたけど「叙々苑」っていったら「行きます」って。

清水:黒木と疑われるとか世も末かっ(笑)。

—-:宮内も「絶対大丈夫」とか言ってたけど、一応ほら、誰がどこで見てるか分からんし。こっちは良いけど宮内とか清水に迷惑掛かるかもしれないんで。

清水:黒木らしくてある意味安心(笑)。絶対黒木はそういう疑い持たれないタイプだと思うけどな…。

—-:それと、プロ連盟の中で一番格差があるのが地方と東京だと思うんで。地方支部の若い子に、オッサンたちの話を聞いてもらいたいっていうのもあります。

清水:ああ、それは大事!

—-:僕は、清水みたいに東京のことをがっつり知っている人が地方にいるのがすごくプラスだと思ってるんですよ。

清水:黒木も大人になったのねえ。アタシも同期でタメでしょ。やっぱり自分のことよりも下の子のこと考えたり、業界全体のことが気になるようになってきたよね。女流モンド杯の選手から解説者に転身したのも、そういう考えがあったからなんだけど。

—-:意外でしたよ。ナビゲーター解説って、一番向いてないことやり出したぞって。

清水:そうかも(笑)。でもね、女性プロ増えてるじゃん? しかも強い子が。

—-:確かに、昔は清水が入るまで若い女子プロいなかった。その後二階堂姉妹が入ってきて、さらにその後宮内、和泉(由希子)とかが入ってきて、徐々に人数が増えていきましたけど。

清水:だから現状と比較すると「女流モンド杯」の12名って狭き門だよね。アタシはもうそろそろ、違うステージから見守る時期が来たかなって思ったわけ。

—-:それで5年とか6年ぐらい解説の仕事をやってみて、どうでしたか。

清水:ナビゲーターって難しいなって。アタシは選手の個性を紹介したりとか、選手の良いところを引き出したいと思ってやってきたけど、ナビゲーターの役割ってそうじゃないじゃん?

—-:まずは実況の補助ですからね。麻雀の細かいところというか。

清水:そうそう。待ち枚数が何枚かとか、アガリ点が何点かとか、フリテンしていないかとか。プレーヤー解説の人が「あれ?」ってなった時に理由を探して「あ、下家が役牌鳴いててホンイツっぽいからですね」みたいな、そういう役割でしょ。そこがアタシは足りないんだよ…頑張ったんだけどね。

—-:ナビゲーターって野球で言うとキャッチャー向きの性格の人がやることですよ。清水はピッチャー向きの性格だから合わないと思ってました。

清水:よくわかってるね黒木。でも解説はすっごく自分の中で勉強になったんだよね! だから続けたい気持ちもあったし、ネガティヴな理由で辞めたくはなかった。

—-:そこは清水らしいです。声は良いから、努力次第ではすごく良くなったかもしれません。あと1年、2年やったらもっとうまくなったかもしれないし。

清水:でもね、ナビゲーターとしてみんなの戦いを見守っているうちに違う次元の感情がわいてきちゃったんだよね。実際にそのレベルの戦いを見ていると「私も戦ってみたい」っていう気持ちになってしまって…。

—-:いいじゃないですか、そういうの。結局、闘争心が強いから麻雀のプロなんかになっちゃったわけだから。

清水:そうなんだよね。こればっかりは何歳になっても変わらない(笑)。もちろん若い頃よりも丸くなった(はずだ)けど。やっぱり目の前で良い戦いを見せられると火が付くんだよね。

—-:それで復帰を決意したわけですね。

清水:ナビゲーターを経験させてもらってたくさんの学びがあったし、ずっと続けていきたい気持ちもすごくあったんだけれど…8年ぶりに選手として復帰させてもらいました。

—-:これをTwitterで発表した時、好意的な反応が多くて良かったですね。

清水:予想以上に反響をいただいて本当に嬉しかった。でも、その分、中途半端なことはできないなって思った。そもそも、解説やりたいって言って、数年でやっぱ選手やりたいですって、普通は通らないでしょう。それを通してもらったんだから、アタシもスジを通さなきゃって思ってたよね。

—-:そういう時、強いんですよ清水は。

清水:ありがと! モチベーションがすべて、みたいな性格だからね(笑)。プレッシャーで燃えるタイプと認識してたんだけど、今回の選手復帰戦は想像以上の重圧があったのは確かだねぇ。

—-:でも、初日の収録、4回戦終了時点で12人中11位だったんでしょ?

清水:いろんなプレッシャー凄すぎて全然自分らしい麻雀が出来なくてマイナス70ポイント弱あって、あと2戦。もしこれで負けたらマジで引退しようって思ってた。

—-:選手としての引退?

清水:少なくとも「女流モンド杯」からは引退だよね。解説者としての復帰もできないと思ってたし。

—-:そこまで覚悟決めてたんですね。

清水:そりゃそうでしょ。それでまた解説やりたいとか言ってたら、ただのワガママ。自分が与えてもらった貴重な1枠に対して結果を残さないと。期待に応えられなかったら去るのみだと思ってた。

—-:負け始めたから覚悟したわけじゃないでしょ?

清水:もちろん。選手として復帰できるって決まった時点で、じゃあ逆にダメなら最後だなって覚悟して臨んだよ。

—-:直前にトレーニングとかしたんですか?

清水:この「女流モンド杯」は最後かもしれないと思ったらさ、なんか昔のこと全部思い出してきて。20年以上前の、黒木とか萩原(聖人)さんと出た「New Wave CUP」からの歴史だからさ。そっか積み上げてきたものが終わるかもしれないって思ったら、らしくなく震えたよね(笑)。だから麻雀の調整をするのではなくて、自分のメンタルトレーニングをした。

—-:メンタルトレーニングって?

清水:好きな事だけするの。温泉行くとか美味しいもの食べるとか。そうやって「最後かもしれない麻雀プロとしての時間」を楽しもうと思って。ここまでやってきた麻雀の微調整はすぐ出来るかもしれないけど、根幹の部分を短期間で変えることは難しい。それによって悩んで自分らしい麻雀が出来なくなるのも嫌だったし。なので心に良い時間を出来るだけ過ごしてひたすらメンタルを整えていくという(笑)。

—-:そうやって割り切れるっていうか、そういうところが「タイトルを獲ったことある人」なんだと思います。

清水:タイトル前の調整って人それぞれだし、アタシも麻雀の調整をしたりした時もあったよ。今回ほど自分をひたすら甘やかす方法をとった事は今までなかったんだけど、25年の麻雀の集大成となるようなシーズンにしたいと大見得きってるでしょ? 実はあれは負けたら引退も辞さないという自分なりの決意表明であって、そのくらい全身全霊をかけて戦おうと自分の中で決めた時に、今はもう麻雀の微調整をしてる場合じゃないなって思ったの。

—-:それがうまくいったんですか?

清水:多分うまくはまったんだと思う(笑)。以前のアタシだったら、あのまま負けてたんじゃないかな? でも今回は覚悟があったのと、ファンの皆様の応援があったから、最後まで何一つ諦めたくなかった。

—-:清水は不ヅキに長い時間見舞われると、途端に集中力を失う傾向にあります。気持ちにムラがある。

清水:前に、森山(茂和)会長に「清水はムラがなければ最強」て言われて嬉しくてさ、でも気持ちのムラってなかなか修正できなくて。

—-:自分の脳を自分の脳でコントロールするのって難しいですからね。

清水:でも今回は「最後」っていう覚悟があったから、この理不尽も愛おしいっていう気持ちになって。麻雀ってこうだよな。こんだけの覚悟して臨んだのに、こんだけ負けるんだ。でもそれが麻雀だよな、っていう。

—-:赤木しげるが死ぬときの心境ですね。

清水:本当、一発でカンチャン待ちに放銃して裏ドラ乗って満貫と言われても、この状況下でこの牌を切っての放銃やむなし! って。心は微塵も揺れなくて、勝運があるのなら腐らなければどこかでチャンスはくる! 勝っても負けても自分に悔いのないアタシらしい麻雀をしよう! って前向きな気持ちでいられたんだよね。多分覚悟がなければこの心境になれなかったと思う。

運命でもご褒美でもない四暗刻

—-:決勝で四暗刻をツモって優勝したと聞いた時はしびれました。

清水:ありがとう! 支えてくれた人達に恩返しできて本当に嬉しかった!!

—-:最初に聞いた時は、やっぱり持ってるなと思ったのですが。

清水:どん底からの四暗刻は痺れたよね(笑)。正直アタシ持ってるよねーとも思ったし(笑)。ただ今回は厳しいところからでも、絶対負けられないんだっ! て気持ちを持ち続けていたらこういうこともあるんだっていう、アタシにしては珍しい勝ち方だったと感じてる。

—-:珍しい勝ち方?

清水:四暗刻をアガった1回戦より、一度もアガれなかった2回戦の方がより充実した麻雀を打てたと思っていて、その辛さ? 早く洗面器から顔を上げたい願いが全然叶わなくて…。いつもはそれが嫌んなるんだけど、それさえ楽しめたのが今回の勝利に繋がったのかなっていうすごく貴重な経験になったんだよね。

—-:じゃあ、ただ持ってるって話じゃないですね。

清水:それが持ってるってことなのかもしれないんだけど、以前のアタシは途中で腐って自分で自分を負けさせて、その先の凄いものを手にする前に終わってたのかなって。そう思うと本当に感慨深い。

—-:そういうこと言い出したら、みんなそうじゃないですかね。

清水:でも、トッププロとしてずっと活躍している人たちって、そういうところが凄いと思うの。諦めないっていうか。それを今までは眺めていただけだったんだけど、身をもって経験させてもらった。奇跡は信じてないと起こらないんだなって。

—-:25年目にして学んだって凄いです。

清水:有難いよね! 若い子たちの麻雀見てて刺激を受けたから選手に戻りたくなったわけだし。いくつになっても挑戦する機会があったら絶対逃しちゃいけないんだって思った。

—-:でも、麻雀のスタイルはイマドキに迎合しませんね?

清水:それはしゃーない(笑)。
もちろん、アタシのファンがそれを望むなら別だけど、それは望まれてないって知ってる。だから予選最終戦の親番でも、

一万二万三万四万五万六万八万九万九万九万五索六索五筒六筒  ドラ九万

ここから打五筒とすることができた。

—-:八万以外切れないです。

清水:多分それが正解!でも私は辛い局面でいつもファンの人達に励まされてここまでやってこれた。ここで一通を裏切れますか? 勝ちたい気持ちが1番ではあるけれど、ここで一通を捨てるのはアタシの麻雀の信条に反する事だったので勝っても負けても貫き通そうと思ったの。

—-:新しいことや若い人から刺激は受けるけど、でも自分がブレないっていうのは、すごく良いと思います。見習いたいです。

清水:今回の勝星は本当に大きなもので、正直引き際かなと悩んでいたアタシに「まだ麻雀プロを続けていいんだょ」って麻雀の神様が言ってくれたのかなって思ってる。まだ女流プロが少なかった時代からやってきて、ずっと行き着く先は自分で決めなきゃいけないってたくさん思い悩んだよね。

—-:いま、多くの女性プロが同じ悩みを持っているかもしれませんね。まだ引退した後のプロ像ってあまりないから。

清水:でも今回の収録中に魚谷さんがアタシのこと「星なんです」って言ってくれて。そか、アタシが現役続けるってのも女流のみんなにとってそう悪いもんじゃないのかなって思えたりもしたんだよね。だからいけるとこまでいこーって! この短時間では語り尽くせぬ経験になったんだよ! ねーだから黒木二次会いこっ!!

—-:ごめん、今日日帰りやねん…。

実は私がわざわざ栃木に出向いたのは、清水がどんな景色を見ながら東京での対局に臨んでいたかを知りたかったからだ。
結局は、同じ電車に乗ったところで何も分かることなどなかった。
それはそうだ。人それぞれ、違う環境があって、違う人生を歩んできているわけだから、電車一本でわかるわけなどない。
だが、清水の地元に行って清水から話を聞いたことで、私ももうひと踏ん張り、頑張ろうという気持ちにはなった。
私と清水が麻雀界に入ってきた頃は、麻雀のプロなんて、ほとんど遊びの延長にすぎなかった。もちろん、今も大きく変わったとは思っていない。
だが、少なくとも私は清水から「もうちょっとやってみるか」という気持ちにさせられたし「女流モンド杯」を観た数百万人の中の1%でも勇気づけられたとしたら数万人だ。
清水にはこれからも、この数万人、数十万人、数百万人という「数字」のプレッシャーを背負って戦い続けてもらいたい。

(了)