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第115回:中級講座『知る、解る、出来る』 紺野 真太郎

2016/08/10
執筆:紺野 真太郎


「物事のプロセスは知る、解る、出来る、だよ」
どういう話の流れでこの言葉に辿り着いたのか、前後の会話はほとんど覚えていませんが、とある先輩からこの言葉を聞いてからもう15年以上経ちます。その先輩は「教えてもらったり、聞いたりしたことに自分の言葉を足してまた下の世代に伝えていけば、それが伝統みたいなものになっていくんじゃないかな」とも聞かされていました。なので、私が話す、伝えることの大体は教えてもらったり、聞いたりした言葉がベースになっているのです。

この「知る、解る、出来る」というプロセスは麻雀だけでなく何事にも当てはまります。何も無いところに物事を知り、そのことを考えたり調べたりすることで理解し、練習を重ねて出来るようになる。当たり前の事で、なんとなくは感じていたことですが、これを言葉にして教えて頂いたことには感謝をいくらしてもし切れません。

麻雀を「知る」きっかけは様々だと思います。友達に誘われてや漫画を見てなどの定番の理由から、ネットのゲームや動画を見てなどの今風なものまで、人それぞれでしょう。

「知った」らプレイしたくなるのが普通でしょう。実際に4人揃えたり、フリー雀荘に出向くのはハードルが高くても、今ならネットやゲームセンターなどで、1人でも気軽にプレイ出来ます。

プレイしたら上達したいのは誰でも思う事。上達する為にはゲームについての理解が必要となり、そのことについて考えたり勉強したりして「解る」状態を目指します。

そして「解った」ことを実戦で「出来る」ように練習していきます。

私が麻雀を「知った」のは小学生の頃。家庭用ゲーム機で、でした。でも本当の意味で知ったのは上京し友達に誘われフリー雀荘に通いだしてからでしょう。全くの初心者でしたけど本当に楽しくていつまでも帰らずにいたものです。

初心者でしたから最初は全く勝てませんでした。でも、もちろん勝ちたい気持ちが無い訳じゃありません。

「どうすれば勝てるようになるのだろう」

考えた末に辿り着いたのは強いと思う人の麻雀を観るということ。現在みたいにネット環境などはありませんでしたから、卓の横に椅子を置いての後ろ見観戦です。観戦が禁止のお店も多いなかで私が通っていたお店はOKでしたので、そういう意味ではツイていました。

多い時は自分が麻雀を打つ時間より長く観戦をしていました。元々が凝り性であり、観戦は全く苦にならず、いつまでも見ているうちになんとなくですが「解って」きました。その後は打っては観戦、打っては観戦の繰り返しで成績もだんだん安定するようになってきました。

なんとなく「解って」きたものをはっきりさせる、そして、「出来る」ようになる為にしたことは、ひたすら打つ、という単純なことでした。当時は新聞配達のアルバイトをしていましたが、配達、麻雀、配達、睡眠といったローテーションで、若かったので時には睡眠を麻雀に変えてまでひたすら打ち込みました。

20歳から22歳くらいまでの3年間が一番打ち込みましたね。正確には数えていませんが月に300半荘はコンスタントに打っていましたので10000半荘は打ち込んだと思います。
その後、交通事故に遭い、その影響で一時麻雀から離れましたが、あの頃の打ち込みがある程度「出来る」ようになったベースなのでしょう。

しかし、自分では「出来る」ようになったと感じていても麻雀の上達に上限はありませんから、新たな壁にぶつかります。壁にぶつかったらそれを越える為に、また新たな「知る」ところから始め「解る」「出来る」を繰り返すのです。木が年輪を重ねて太くなっていくのに似ています。

それは今も続いています。何度も壁にぶつかり、乗り越える為に考え、打つ。その壁は前に超えた壁だったりもします。多分それは麻雀をやめる時まで続くものだと思います。

昔(とは言っても20年ほど前ですが・・)の勉強、練習方法は観戦と実戦の打ち込みでしたが、今は勉強、練習の幅が広がってきています。それはやっぱりインターネットによるものが大きいです。

リアルの観戦では記憶に頼ることが多く、再現も難しいですが、映像対局のタイムシフトや動画、ネット麻雀の牌譜機能を使えば再現も容易です。

映像対局を観るということですが、私は自分の対局したA2リーグは必ず記憶が新鮮なうちにタイムシフトで確認します。勝ち負けに関係なく観ますが、勝った時の方がより念入りに観ることが多いです。もちろん負けた時は適当にという意味では無いですが、負けた時の敗因は見返さなくても大体感じていることが多いので、確認の意味が大きく、意外と勝因のほうが気づきにくいのです。また勝った時でも反省することが見つかることもあり、新たな「知る」を発見することも多々あります。

自分の出ていない対局も出来る限りチェックしています。A1リーグなどは立会人として現場の空気を感じながら観られるという特権もありますが、気になるところはメモをとり、タイムシフトでその選手の思考を探るということもしています。

ネット麻雀での勉強ですが、私はロン2の牌譜機能を利用して自分の対局のチェックをします。その時には対局中に感じた事(相手のシャンテン数や、手役、手牌構成)にどれだけズレがあったかの確認が主となります。

またロン2では過去のタイトル戦の牌譜も見られ、再生も出来るので、自分がそこに座っていたらと想定して再生させたりもします。

映像や牌譜再生で「解った」ことを「出来る」ようになる為、また打ち込みます。打ち込みはリアル対局がほとんどです。頭で「解った」ことを体で「出来る」ようになる為です。体に落とし込んでいくといった言い方の方が良いかもしれません。リアル対局では、頭では解っていても体が反応出来ないことがあります。そのようなことをなるべく無くすようにする為、頭より先に体が反応出来るようになるべく、落とし込む必要があるのです。

先程も書きましたが、麻雀の上達に終わりはありません。「知る、解る、出来る」の繰り返しです。でも、「出来る」の先にも「何か」があるような気がします。今はまだよく解りませんが、いつの日か「出来る」のその先に進みたいものです・・

半年に渡って書かせていただいたこの「中級講座」も今回で一旦終了です。「講座」と言いながら、麻雀牌もほとんどでてこない文章にお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました。

それではいつかまた。