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第85回『~道標 未だ道の途中なり~』

2014/01/22
執筆:前原 雄大


皆様あけましておめでとうございます。
年の瀬はいかがお過ごしだったでしょうか?

私は、大掃除や恩人の方たちへの暮れのご挨拶もそこそこに、佐々木寿人、岡田茂を中心に、電話をかけまくる日々を過ごしておりました。電話の要件はもちろん「麻雀の面子」集めのためです。
この2人+αの4人で、来る日も来る日も麻雀漬けの日々を過ごしておりました。

数年前ならばすぐ面子は集まったものですが、連盟チャンネルが出来たおかげで、みな忙しくなり、中々面子が集まり辛くなったのが理由でもあります。ある意味良いことなのですが、面子探しにここまで手間取るとは思いもしませんでした。それでも寿人や岡田君は面子をそろえてくれ、良い稽古ができたように思えます。

夜は夜でビールを半分ほどあけると、A1リーグの最終節の動画を見続ける日々でした。
独り画面に向かって、ぶつぶつ言葉を呟いているさまは、見知らぬ他人から見れば少しイタイ人に映ったかもしれません。

こうして、あほのように麻雀を打ちまくった年の瀬でありましたが、それには理由があります。
1つにはA1降級、これが最大の理由ではあります。

開幕の4月まではまだ時間はありますが、不器用な私としては、今から準備しておかねばならないわけです。
ただ、それも言い訳のようで、やはり毎日見るA1リーグの最終節の闘牌は、観るに耐えがたい部分が多く、そちらのほうが理由としては大きいかもしれません。

12月の半ば頃、都内某所で、小島武夫プロ、森山茂和会長と麻雀を打ち終えた折り、森山会長と2人、喫茶店に入った時に言われました。

「前ちゃんのカタチの麻雀は、やはりもう少し稽古をつまないと…」
「はい」

たしかに会長のおっしゃる通りで、ここ十年で一番麻雀を打つ回数が少ない年だったように思える。
リアルの麻雀を減らした分、連盟チャンネルのほとんどの番組を観ることに充てた。
これはこれで面白かったし、物凄く勉強にもなった。

できるだけリアルタイムで観て、音声を消して1人解説の勉強をしたり、その答え併せを有音でしていた。
こう考えていけば、リーグ戦の降級も私としては納得もしているし、何をすべきかも考えている最中ではある。

「努力したからといって必ずしも成功するとは限らない、ただ成功したものは間違いなく努力はしている」

誰の言葉かは失念したが、麻雀に限らず何事も同じだと私は考えている。

とある日の勉強会の事。
山田浩之が近寄ってきて、1枚の牌姿が記された紙片を私に差し出してきた。

南3局 北家 持ち点18,600 Aルール 7巡目 

二万三万一索一索二索三索四索四索四索三筒四筒六筒七筒八筒  ドラ一索

「前原さんだったら何を切りますかね?」
「逆に訊くけど、ヒロ君だったら何を切るの?」
「僕は四索しか切ったことが無いんですけど…」
「まぁそれがセオリーというか、競技麻雀の手筋と呼ぶべきものかもしれないね」
そこへヒサトも参加してくる。
「この形からは四索以外はありえないでしょ?!」
―――ヒサトも変わって来たものだなぁ。
「昔のヒサトだったら?」
「打一索だったように思えます」

人は変容していく生き物だし、今の自分が昔の自分に戻ることもないのかもしれない。
そして、それを進化と呼ぶのかもしれない。

実はこの打ち手は荒正義さんである。
意外と思われるかもしれないが、荒さんはパッと見で、一索か、三索二索に手がかかりそうになったことをご自身のブログで語っている。

三索二索に手がかかりそうになったのはいわゆる弘法筆の誤りとも呼ぶべきものだろう。
そして、荒さんが打ち出していった牌は一索で、結末は

二万三万一索二索三索四索四索三筒四筒五筒六筒七筒八筒  リーチ  ツモ一万

この形で収束した。
荒さんも変容しているということなのだろう。

さて、私ならばどうするかということであるが、私はこの局面は打四索と構えることが多い。
ただ山田浩之が言うように、毎回このような牌姿から四索を切るということでもない。

例えば、前局放銃して迎えた親番であるならば、恐らくこじれたツモを想定し、受けの広い打一索と構える。
最終形で、マンズの重なりやピンズの重なりを逃さないように打つ。

逆に、フラットな状況、もしくは好調を意識していれば、間違いなく打四索と構えるだろう。
簡単に記すならば、不調ならば普段よりもツモに意識を乗せていくものだろうし、好調ならば意識、もしくは自分の構想力を軸に麻雀を打ち進めていくべきものだと私は思っている。

私がなぜA1リーグを陥落したかを突き詰めて考えてみれば、結局は上記の部分、不調ならば不調なりの戦い方、好調ならばさらに好調を上積みする打ち方がなされていなかったに他ならないと考える。
もしくは、全てにおいて、中途半端な麻雀、意志の伴っていない打牌が多かったように思えてならない。

例えばアガリを目指しているのか、テンパイを目指しているのかよくわからない打牌が多かったように思える。
ようは、麻雀に対する構え方が悪かったということなのだろう。

今私は初心に帰り、ヒサトノートならぬ、雄大ノートなるものを綴る日を送っている。
簡単に記せば、やってはならないことをその日のうちに記すだけの忘備録のようなものである。
まさか、この年になってこういうことを始めるとは思わなかった。

今は、今回の降級は神様がくれたチャンスではないかと考えている。
それは、こういうことが無かったならば、襟を正すことなく、自堕落な道を坂道を転げ落ちるように進んでいったような気がしてならないからだ。
このままでは、お前はダメになるよと教えてくれたのではないかと考えている。

いずれにしても、A2リーグの開幕まではまだ時間は十分にある。
今からやるべきことをやって、万全な状態で臨みたいと思う。
その日が訪れるのが待ち遠しい今日この頃ではある。