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第74回『開き直る力』

2013/02/20
執筆:前原 雄大


ヒサトVS滝沢麻雀戦術30番勝負を面白く読んだ。
その中で冒頭の部分にこう記されている。
「もっとも良くないのは佐々木プロと一緒になったり、滝沢プロと一緒になったりすることだ。
半々位になるということはフォームに問題がありそうだ」

__なるほど。
そう得心したうえで読み続けていた。

私自身、彼等のことは近しい距離にあるし、ある程度理解しているつもりである。
読み続けて行く上で不思議に思うことがいくつかあった。
彼等に対してではなく私自身に対してである。

具体的に記せば考え方、記してあることは滝沢寄りになるのだが、出てくる答えはヒサト寄りになることである。
__これはどういうことなのだろうか?
私なりにある程度このことに対する答えは見つけたが、本人たちに訊くのが良いだろうと思い尋ねてみた。

「へ~、そうなんですか?そういうことがあっても良いんじゃないですか?」
滝沢君の言葉である。この方の言葉はいつもやわらかい。
このことに限ったことではなく、自分の意見なり、主張があっても、まず相手の立場に立って物事に処する。おそらく、相手が傷つく姿を見て滝沢君自身が傷つく人なのかもしれない。

ヒサトにも訊いてみた。
「前原さんもまだまだ麻雀の真実が解っていないということでしょうね。
ボクの領域に至るまでには、未だ道遥かなり、ってことでしょう」
ヒサトに電話したことを後悔しながら、
「ありがとう・・・」そう言って電話を切った。

ヒサトが連盟に入って良かったことの1つに、こういった冗談が言えるようになったことだと、私は思う。
__冗談じゃなく、本気だったりして・・・・。

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そんな2人が意見、考え方、答え、全て一致し、私と異なったのがこの例題。

四万赤五万二索三索四索六索七索八索三筒四筒六筒七筒八筒  ツモ八筒  ドラ四筒

2人とも打六筒七筒と答えている。
論点は、上図の牌姿にツモ八筒で、その八筒をツモった意味を考える、というのがお題である。
「打八筒が最もテンパイチャンスは広いですが、もし、三万六万をツモったら目も当てられない。
これだけのチャンス手を四筒単騎にしてアガれなくするのは最悪ですからね」
滝沢君の答えである。

「強い形でリーチを打ちたい。この八筒は非常にありがたい。もう絶対六筒七筒切りしかない。」
ヒサトの答えである。

ある意味ごもっともである。私も平たい局面であればそう打っただろう。
実際、この時一番ツモりたくない牌が八筒であり、八筒をツモらねば良いなと考えていた。
六筒七筒が重なるならまだしも、八筒は最悪のツモと考えていた。
裏スジを作りたくなかったのが、小さな理由の1つである。
ツモ六筒ならまだしも、ツモ七筒、ツモ八筒が私にとっては嫌なツモだった。
ツモ七筒ならば打六筒とは行かず打八筒と構え、宣言牌を打六筒とする一手も候補にあった。

例えば、

二万三万四万五万六万七万八万七索八索三筒四筒六筒八筒  ツモ八万

この牌姿から何を切るかと問われれば、打六筒が第一候補に上がるだろう。
当然のことながら裏スジが出来上がる。
裏スジは打ち手の心理としては作りたくないものだが、やはり作らざるを得ない局面は存在する。

逆に、裏スジを露骨に作る局面も存在する。それは、明らかに状態が良い場面である。
こちら側に圧倒的好調な局面ならば、ツモアガリをしたいがために、相手に放銃させたくないがために、故意に裏スジを作ることがある。

今局であれば、持ち点が50,000点をオーバーしていれば素直に打六筒としただろう。
ここまでの部分は小さな理由であり、枝葉であり、各論とも言うべきところである。

まず見なければならない部分、考えなくてはならない部分は私の持ち点である。
まだ東3局だというのに、6,900点しかないということである。
持ち点が少ないということは、態勢、状態、置かれている状況など全てが悪いと考えるべきである。

“半ツキ”という言葉がある。
テンパイは何度も入るのだが、テンパイが入ったがために放銃を重ねることである。
私に言わせれば半ツキではなく絶不調なのである。この時が正にそうだった。
勿論、悪くさせたのは自分自身である。

これは天空麻雀の局面であり、普通のリーグ戦や巷の麻雀であればアガリを求めるべき局面ではなく、ひたすら頭を下げ続けるべきところであろう。
しかし、天空麻雀であれば1回戦勝負であり、無理を承知で攻め込まねばならない。
ならば、絶不調の中で普通の手組をして行って、アガリが求められるように考えるのは難しいと思うのが道理だろう。

簡単に記すならば、ひねこびた(素直でない)ツモをこの時、想定していた。
雀頭を固定したならば、ツモはマンズ、もしくはドラを筆頭にピンズの部分が重なるだろうと思えたし、⑧を打って行けば、リャンメンターツが埋まるだろうと考えていた。

とにかく、まともに打って行けば良くて流局、普通ならば放銃で収束だろう。
ならば、どう構えるか。

長期戦ならば前述したように、何処までも頭を下げ続け、じっと膝を抱え、流されないように、台風が過ぎ去り晴れの日を待つのが本手と考える。
一番イケないのは、手牌に踊らされることだと私は思う。

短期戦ならば、どうするか?開き直るべきだと考える。
今局で例えるならば、まずは、どういう形であれ、リーチを打って可能性は低いが、荒正義プロに退いてもらう。その上で、まかり間違って私が引きアガる可能性に掛ける。

あきらめるのではなく、投げやりになるのでもなく、冷静に、おそらくさらなる悪い結果を享受する心の整理をつけて攻め込む__。
それが、開き直る力だと考える。

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結果は流局で収束を見た。
譜をご覧になればわかるように、私はどのような形に持っていってもアガリ形は無かった。
開き直る力は大切なように私は思っている。
ただ、誤解されないように付け加えるならば、開き直らなければならない状況になってしまわないようにすべきことが最も肝心なことである。

最後になったが、このヒサトVS滝沢麻雀戦術30番勝負は、読んで自分自身を見直せる良書である。
従来の戦術本とは違い、これが正しい戦い方などとはどこにも記されていない。
ある意味、相反する2人がお互いを認め合い、そういう戦い方、考え方があっても良いと思う、ただ、ヒサトはヒサトの麻雀を貫けば良い、そして滝沢は滝沢の麻雀を極めようというお互いの麻雀観が見て取れる本音のトーキングバトルを活字にしたものである。

麻雀に正しいマニュアル、システムは存在しないと私は考える。
なぜならば、人それぞれ気質、性格がある以上、正しい気質、正しい性格など存在しないということに少し近いように思えてならない。
__ああ、そういう麻雀観もあるのだと、気づかせてくれる一冊ではある。