プロリーグ(鳳凰戦)決勝観戦記

プロリーグ(鳳凰戦)決勝観戦記/第33期鳳凰位決定戦 最終日(13回戦~16回戦)観戦記 瀬戸熊 直樹

今から24年前、若き日の前原は初の決定戦に挑戦した。
対戦メンバーはこの時の優勝者、安藤満(故人)、沢崎誠、荒正義。凄いメンバーである。前原、沢崎の若武者が、荒、安藤という連盟のスター選手へ挑戦するという構図であった。この時の試合は見ていないが、前原の若さが目立って敗退したという事は聞いた事がある。
そして2年後の1995年、前原は初の鳳凰位となるのである。怪物伝説の始まりであった。
翌年防衛戦に失敗。
その後3年連続決勝進出するも敗退し、二度目の戴冠まで13年の月日を要している。
失冠から7度目の挑戦で奪還。そして、また8年の月日を経ての3度目の戴冠となった。
僕が前原の決定戦を最初に見たのは1997年の第14期決定戦が最初であった。
圧倒的優勝候補だったが、連盟リーグ戦を全て一発クリアで抜けてきた原田の若さと勢いに圧倒させられてしまう。
その後、前原の試合は全て見てきたが、リーグ戦や他のタイトル戦で他者を寄せ付けない強い前原が、どうしても鳳凰位決定戦だけは、歯車が合わない場面が多く見受けられた。
何が前原を縛り続けるのだろう。
それは前原の鳳凰位に対する特別な感情だったように思う。
しかし、2008年二度目の戴冠後、前原の決定戦へのアプローチが変わったように思える。
僕が対戦した前原は鬼神の如き強さだったが、肩の力を抜いて押し引きや、力加減も、バランスを計りながら戦うスタイルに変化してきたように思う。
その集中力や安定感から、今回の決定戦も内心前原かと思っていたが、三日目までポイント的には有利に進めているはずなのに、苦しそうに打つ前原。
かつて二度目の挑戦時に見せたような表情やしぐさと違う。
なぜ?
苦しんだ最終日を振り返り、最後の明暗を分けたのは何だったのかを追ってみたいと思います。
 
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最終日が始まった時のスコアは
近藤+22.4p 前原+8.3p 勝又+1.3p 古川▲54.0p 供託2.0 ペナルティ20.0
誰が優勝してもおかしくない。
しかし、13回戦、14回戦と終え、前原の連勝。
あと2回戦となった時のスコアが
前原+62.4p 近藤▲1.6p 勝又▲17.2p 古川▲65.6p 供託2.0 ペナルティ20.0
近藤、勝又としては、時間を巻き戻したくなるようなスコア。
前原の心中は?現場はさすがに前原で決まったかのような雰囲気になっていた。
しかしこの空気が何より怖いのが鳳凰位決定戦。そのことだけは、僕は誰よりも知っている。この空気は何度か味わったことがある。
当然、前原だって誰より知っているはずだった。
最終日を迎えた近藤の心境を聞いてみた。
近藤:「最終戦を残して自分が先頭にいるイメージはありません。優勝するためには、三日間終えて三者ほぼ並びというポイント状況を活かし、トップと20ポイント差以内にいたいと思っています」
近藤の予想を覆す前原の暴れっぷり。
15回戦前、椅子に座り、目を閉じてリラックスしている勝又は何を思っていたのだろうか。
前原とのポイント差は79.6p。数字に強い勝又ならこの数字がどれほどの重みを持つか解かっているだろう。
閉じる瞼の奥の気持ちは、諦めか、はたまた逆転への勝又PCチャージか。
そして前原。本人も自覚していたはずだ、次の15回戦を浮きで終えれば90%勝利だと。
数々の名シーンを生んできた鳳凰位決定戦もいよいよ残り2回戦となった。
15回戦 南2局 0本場
勝又、近藤が必死に浮き、前原を少しだけ沈めて迎えた場面、勝又にチャンスが訪れる。
 
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コメントも「もう決まりだねえ」の声が多くなっていた最中の勝又渾身のリーチ。
昨年9月、麻雀プロ団体日本一決定戦が行われ、連盟は日本一になった。
大将として出場した勝又の貢献度は素晴らしいものがあった。鳳凰位になった勝又は悩んでいた。
勝又:「瀬戸熊さん、どうしたら鳳凰位の重圧に潰されず、普通に打てますか?」
誰もが通る道である。連盟一番の打ち手の看板は重い。
「苦しめばいいよ、そのうち答えが見えるかるさ」
勝又は答えを見つけただろうか?
団体戦前のメンバー構成の話で、会長と選手の間で話し合いがもたれた。
会長:「この試合は負けられない、でも普段通りやってくれればいいよ。責任は俺が取る」
選手:「負けられないなら、荒、前原、沢崎を出しましょう」
会長:「それでは勝っても意味がないよ。これからは君達の時代だ。君達の力で未来を勝ち取って欲しい」
勝又をはじめ、あの戦いで連盟と8人の選手はものすごく成長したはずだ。
何故ならば、あれほどプレッシャーのかかる試合はないからだ。60代以上の連盟のレジェンド達が築き上げた伝統と麻雀は重い。
過去30年の鳳凰位決定戦の凄い戦いがそれを積み上げてきた。そんな怪物集団で揉まれてきたからこそ、その強さは次の世代へと繋がっていく。
進化したキーパーソンの勝又は、団体戦を経てディフェンディングとして迎えたこの戦いで試されている。立ちはだかる怪物前原を破れるか。
やはり大御所二人(前原、古川)の麻雀は見ていて楽しくワクワクさせてくれる。それは圧倒的な勝負強さと勝利への執念からくるのだと思う。
勝又も、その域に行くにはこれくらいツモって当たり前だ。
そして前原も呼応するようにテンパイを果たしていた。
 
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新旧の怪物対決。
もちろん前原は一歩も引かない。結果は、近藤の想いも乗ってか、勝又が高め七万をツモアガる。
前原に親カブリをさせるも半荘1回で40ポイントはキツイ。あとハネ満一つくらい欲しい。
そして、15回戦もオーラスへ。前原がラス目。近藤、勝又は高い手をツモって最終戦へ繋げたい場面。
またしても勝又にビッグチャンスが。
 
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どこから仕掛けても、満ガンクラスの手牌。面前なら倍満まで見える。
勝又PCの出した答えは?
数巡後 前原テンパイ。
 
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リーチをしてアガる事ができれば、三着にあがり、ツモなら近藤の原点も割れる。その代り勝又の一人浮きとなる。
そして、勝又の二筒ポンが入っている。
前原自身が後に一番後悔した場面。冷静に考えれば、このまま終わらせれば45ポイント前後、勝又、近藤との差をキープして終えられる。
Aルールで半荘1回40ポイント差がいかに大きいか、前原が知らないはずがない。
しかし、重圧は予想以上に大きくのしかかっていたのだ。
前原の決断はリーチ。前原を長年見てきた僕としては、普通はリーチしないけど、この人はリーチしてあっさりツモるんだろうなぁと、呑気に思っていた。
数巡後 勝又に恐ろしいテンパイが入る。
 
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ドラ発が山に2枚、ダブ南が1枚山に残っている。勝又がその力で新しい未来を切り開いているような仕上がりと局面。
そして前原が掴んだのは、
 
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1時間前の前原優勝のムードはどこへやら。
やはり、鳳凰位の称号はそんなに簡単には手に入らないようである。
最終戦を迎えたスコア。
前原+36.6p 勝又+14.0p 近藤+3.7p 古川▲76.3p 供託2.0 ペナルティ20.0
前原をリーチへと導いてしまったものとは何だったのであろうか。
そして、我慢した近藤と、三日目同様、執念の追い上げをみせた勝又。
最終戦は、決定戦史上、最も長い半荘となるのであった。
最終戦
東2局 親近藤
 
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近藤がリーチ後、白をアンカンして、六万をツモり、一気に前原に肉薄する。
同一本場
 
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原点を割った前原だが、すぐに2,000・4,000を引き返し再び引き離す。この辺りが前原が本当に強いなぁと思う部分。
この局、珍しく前原の指先が少し震えていた。20年前原を見てきたが、初めてだったように思う。
さすがに、このアガリは前原をかなり楽にしたと思ったが、東3局2本場、勝又の今期最高のプレイが飛び出る。大事に行きたい前原の心境を見透かしたようなプレイ。
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親古川の第一打の西をポンして、勝又が仕掛ける。この鳴き事態はごく普通の鳴き。
そして驚くべきは次の切り出し。
 
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西ポンの後、カン八万をツモリ、マンズのホンイツへ向かった勝又。次巡、親古川の一万をポンして打一索とせず、打四万
チャンタとドラを絡めてのマンガンも見えるが、それよりもツモ次第で、打四万を利用する先の先を見据えた一打。これが後に効力を発揮する。
この辺りから、前原の連続した少考が入りだす。
 
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前原は、この勝又の仕掛けを受けた上家で、大事な浮き5,400点を守っていれば優勝である。
普段ならノータイムで打二筒となりそうな場面だが、普通に切れなくなるプレッシャーのかかる場面。
前原は勝又のトイトイも考えて、打五索とする。
そしてまた次巡、手が止まる。
 
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678が見える為、打六万か打二筒しかない場面。自分のアガりを考えれば・・・
だが前原には、自分がアガる気持ちはここにはない。
そして打七索
背景を知らず、この場面だけを見ると、守備型の弱気な人を見ているようだ。気持ちは痛いほどわかる。勝又が安い仕掛けでないのも明白だ。しかし、行けない場面で行っているから、前原流が恐れられているのもまた真理なのである。
指の震え、守備的な打牌、前原にかかるプレッシャーの正体がようやく掴めてきた。
前原はここで勝又に勝たれる事は、連盟の為にも、勝又の為にもならないと考えている。勝又がここ1年で成長したのは全員がよく知っている。
でも、勝又がこの程度の感じで連覇して成長が止まってしまうなら、長期的に見て、それは連盟の為にも、本人の為にもならない、だから自分が立ちはだかろうとしている。そんな気持ちが前原から自由を奪ってしまっている。
前原は最終日を迎えてこう考えていた。
前原:「最終日を迎えるにあたり、自分らしくあろうと臨みました。結果として負けようとも、軸がぶれないようにとも考えました。闘うべき相手は自分自身であると」
団体戦で8名が受けたプレッシャーと同じ、公の場で戦うことの恐ろしさ。これは経験したことのない人には解らない。
勝又の手牌はこう進んでいた。
一索北発と先に手出しして、途中引いた三筒を温存し、絶好の東ツモで最終手出しを打三筒とし、完全に手牌を訳の分からないものとして完成させた。
 
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渾身のテンパイ。前原にはなぜか六万が残ってしまっている。
そして前原が、六万を放銃。
 
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「しっかり放銃し、しっかりアガる」前原が常々言っている言葉である。
しかし、この放銃はとてもしっかり放銃した場面とは言えない。勿論、勝又を誉めるべきなのだが、前原戴冠へ黄色信号が灯ったシーンであった。
またしても前原の原点が割れた。
普通なら痛恨の放銃となり、回復まで時間がかかるはずだった。でもね、やはり前原は怪物なんですよ。本当にこんな人いるんだなぁと思いました。
なんと前原が次局に7,700を出アガリ。
古川がドラの西をポンし、ピンズの仕掛けをしている場面。
 
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また復活するのかという勝又と近藤。
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この人が居たから、三十代、四十代は強くなったとしみじみ思う。
同1本場 近藤が前原から2,000点をアガり、勝負は南入となる。
南1局、勝又が粘りに粘って連荘し、また前原が原点を割ったがついにガラクタリーチを慣行する。
 
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ここは、近藤が真っ向勝負!
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ついに近藤が勝負をかけた。
コメントは、
「すっげ」
「いったあ」
「つええ」
「すばらしい」
「かっこいいぞ!」
「こんな近藤いるのか」
「おもしれえええ」
など、最高潮の盛り上がりとなっていった。
しかし数巡後、近藤が以下の形で選びきれず放銃となり、前原は三度原点復帰してしまう。
 
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そして物語はフィナーレへと向かって行く。
南3局 1本場
近藤が親で先行リーチ、前原の浮きはわずか700点。ツモればまたしても勝又、近藤が大接近する場面。
 
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誰も向かえず、山との勝負になるかと思えた局面。
前原丁寧に回りながら、14巡目テンパイ。切らなくてはならない五万は危険牌。アンパイはほぼ足りている。保留してもいいが、ようやく前原が前原らしく振舞う。
 
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五万のリーチ。
注目すべきは、ここで持ってきたのが、近藤のアガリ牌の二万を重ねたところ。おそらく、ツモ四万五万七万でも打二万として、リーチしたであろう前原。
紙一重とはまさにこの事。力強く九筒をツモアガリ優勝に大きく近づいた。
 
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ラス前オーラスと、勝又、近藤も死力を尽くすが、前原が第33期鳳凰位となった。
最終スコア
前原+43.6p 近藤+16.8p 勝又+16.1p 古川▲98.5p 供託2.0p ペナルティ20.0
前原コメント
「対局中、この程度しか麻雀を打てない自分に嫌気さえ覚えておりました。結果としては、素直に喜んでおりますが、今後大自然にも似た麻雀と言う聳え立つものに、真正面から、取り組むつもりであります。私一人で掌中に出来たとは、露程も思ってはおりません。支えて下さる視聴者の方々、連盟を応援して下さっている方々のお陰だと痛感しております。今はただ、更なる高みを目指す事のみ考えております。」
前原らしいコメントであるが、僕個人としては、麻雀界でヒール役が出来るのは前原しかいないと今でも思っているので、今後検討してもらいたい。
ヒール役は本当の強者にしか務まらないのだから。
この4日間、いや1年間の激闘がようやく終わり、またすぐに新しい戦いが始まる。
敗れた近藤は、
「全16回戦を通して、自分で思い当たるミスが走馬灯のように駆け巡りました。初めて鳳凰位決定戦に出場してこんなに楽しい麻雀がある事を知りました。
パワーアップして来期もこの舞台に戻って来たい思いでいっぱいです。」
と素晴らしいコメントを残してくれた。
勝又は
「負けたことで多くの事を学ぶことが出来ました。もっと強くなって来期は勝ちたいと思っています。これまで以上の努力と研究を積み重ねます」
と悔しさをにじませながら前を向いた。
古川は、最終日大変だったと思う。サーフィンを状況的に封じられ、悔しさの残る決定戦だったのではなかったかと思う。
勝敗を分けたのは、何だったのだろうか?勝又、近藤にもチャンスはたくさんあったように思う。
唯一勝敗を分けた部分があるとするならば、それは前原が少しだけ「私」の部分を捨て、「公」の立場で戦(いくさ)に挑んだからではないか。
勝った前原も、敗れた近藤、勝又、古川も鳳凰位に相応しい人物ばかりである。
この激闘は、40期、50期と続き、鳳凰位という山頂がいつまでも連盟員の目標である事を切に願う。
そして時代やスタイルが移り変わっても、常に考え続けていて欲しい「鳳凰位らしい麻雀」の意味を。
長期間のご視聴とご愛読ありがとうございました。
日本プロ麻雀連盟  瀬戸熊直樹

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