リレーエッセィ

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まずはじめに、お断りしておかねばならぬ事がある。
このリレーエッセィは、ある者があるものを書き、それを名指しである者に送る。
送られたある者は、一ヶ月以内にやっぱりあるものを書き、それをある者に送る。
これ、いわば幸福の手紙の麻雀版である。
もちろん、送られた方は幸福どころか不幸の矢を射られたようでたまったものではない。
しかし、こんな読み物が麻雀ファンや仲間の見る楽しみとなれば幸いである。

(ホームページ編集部)

第72回:童瞳

2013/01/10


2012年の夏、童瞳(トントン)は麻雀プロになって以来、最も恥ずかしい経験をした。
それは、試合放棄です。プロとしてあり得ない!一体どういうことだ!と怒らないで、
母国の中国のような発展途上の私の物語を少し聞いてください。

序章は、2012年7月30日、第11回野口恭一郎の決勝。
女性騎士部門の決勝卓に私がいた。1回戦、リードしていたにも関わらず、終わってみればラス。
2回戦のオーラスに入る前、選手4名で条件確認をしていた。
私は2,000点をツモアガれば優勝のところまで追い上げたようだ・・・しかし、この何とも言えない宙に浮いた感じはなんだ・・・気持ちが悪い・・・と、ここで一旦トイレ休憩に入った。

トイレの鏡の前で、ひたすら自分の顔を見つめ、言い聞かせていた・・
「落ち着け、失うものは何もない、普通にやれ、目の前の戦いをやりきれ」
卓に戻り対局に取り掛かる、結果、オーラスで親満に振り込み、そのまま何もできずに終了。

1回戦東場、助走状態中の親番で、対戦相手のリーチを受け、オリてしまったのをきっかけに、自分のリズムに入り切れなかったのが最大の敗因と考えている。
まだまだプロとしては未熟で、牌効率、攻め受けのバランス、場況読み、どれも不細工な出来具合。
不完全ながら、その中で、唯一武器になりえたのは「ホップ、ステップ、ジャンプ」で、つまり、自分の状態を整えて戦う事でした。なのに、ホップ=助走段階で守りに入ったから・・・自ら試合放棄をしていたのだ。

悶々としながら、8月26日の朝を迎えた。最後の新人王戦だ。
ジャケットに腕を通し、ふっと、「そうだ、長く打つから、打ちやすい格好で行こう」と思いつき、普段着に着替えた。その時、この思いつきは何かを予言していたとも気づかずに。

単親家庭だったので家事は一通り出来る。高校から来日し、大学、就職と、寮生活に1人暮らし、ほとんど1人だから、小さい頃の経験を活かして、体調管理だけは厳しくやってきた。栄養バランスに加え、ジム通いや定期健診、セルフチェック。営業という職種を利用して1日一万歩は必ず歩いているし、体を冷やさないように毎日起きて一口目は必ず常温以上の飲み物を口にするし、温かい食事を取る。

体力にだけは自信があったが、麻雀となると話は全く別。特に長期戦は経験の浅い私には難しい!
マックスに集中して麻雀を打つのに、有酸素運動の倍以上の体力を有するし、新人王戦の場合、決勝にたどり着くまで、計7戦、決勝が2回。過去2年の経験からして、体力の分配がかなり重要という事だけは理解していた。決勝まで行きたければ、7回戦が終わるまで、ずっとジェットエンジン噴射並みのパワーが必要、となれば、決勝で燃料切れの可能性が非常に高い。でも省エネモードでは絶対に7回も勝ちきれない。

悩んでも仕方がない、どうなるか牌を握ってみないとわからないし、後悔しないためにも完全燃焼するのみ!
そう決めて、足早に新雀荘に向かった。本編の始まりです。

5回戦、6回戦、全く手も足もでない状況が続いた、涙を飲んで我慢した。
「ここでは終われない」、気が付けば、じゃん亭NOBUで7回戦を戦っていた。
相手は塚越プロ、岡本プロ、前田プロ。
その時の点数状況は、1位+140Pで東谷プロ。2位+136Pで微差の嶋村プロ。
3位は少し飛んで塚越プロで+82P。4位が重原プロで+67P。私はかなり離れての+47P。
最低+90P(約7万点のトップ)は必要と睨み、3位の塚越プロとの直接対決にかける。

最初の決め手、東2局親番で、リーチ、ツモ、タンヤオ、ドラ1で3,900オールをアガった。
3位の塚越プロとはほぼ並び、腹はくくった!
他の卓の進行状況が分からないまま局が進む。4万点台、5万点台、がむしゃらにアガリ続けた。
結局、狙っていた7万点に届かない5万点台のトップを取り、合計+76Pで対局は終了。

またもやトイレに入り、長~く息を吐いた、「終わった・・・疲れた、動きたくない」そう思った。
この思いが地獄のような時間を呼び寄せたのだった・・・

会場に戻ったら、決勝卓の選手発表が行われていた、「1位通過・・・」大先輩の藤原プロが名前を順番に読んだ・・・
「聞こう、負けを認めろ」
そう思った矢先、
「4位通過・童瞳」
「?!」「えーーーー?!!!」
あまりの驚きに吐き気がした・・・「は、はい!」戸惑いながらも、絞り出すような声で返事をした。

決勝卓の準備の間、奥にあるスペースに籠った。そこに居たベテランの伊藤プロが優しく応援の言葉をかけて下さった、それに対して「ここまで来たらもうじたばたしないで腹くくります♪」自分が笑って言っているのが分かる、けど、{お前にそんな余裕はあるのか?うそじゃないかよ?笑わせんな}心の中では自分を嘲笑した。不安が押し寄せる。

卓につき、麻雀牌が蛍光灯の色を白く反射していた、眩しい・・・調子の悪い時は決まってそう見える・・・
「もう後はない」と深呼吸をした。

第26期新人王戦決勝1回戦。
東2局、西家・持ち点26,900。

配牌 
九万三索四索五索八索五筒東西西北中中中  ドラ八筒

親の菅原プロは、10巡目に一索をチーして123でさらしている。
九筒と字牌切りが早い事や、河に中張牌が多い事、ソーズが1枚しかない事から、ドラ雀頭の下の(123)三色、もしくは純チャン或いは一色手と考えた。どれも高い・・・が、それに対し、かなり強気な三を私は次巡に押した。

そこまで目立っていないホンイツが着々と出来ていたからだ。

私の10巡目の手牌。
三索三索四索五索八索八索九索東西西中中中

12巡目の手牌はこうだ。
三索三索四索五索七索八索八索九索西西中中中

終盤とはいえ、跳満の可能性もある。

「チャンスを掴め」

13巡目、上家の東谷プロの打八索に対し「チー!」
「しまった・・・」やはり魔物がもうすでに私を虜にしていた。

手牌
三索四索五索八索八索西西中中中  チー八索七索九索

3枚使いの八索と自風の西、具合悪いテンパイだ。
無情にも、下家の嶋村プロに四索が流れツモ切られた。

三索三索四索四索五索七索八索九索西西中中中

このテンパイ、門前ホンイツをアガるチャンスを逃したのだった。

「普段は絶対に声が出ないのに、なぜ・・・」

戦闘モードに入ってない=集中しきれてない事にその時やっと気づいた。
私は優雅に対戦相手の顔を見ていた。手出しやしぐさの観察ではなく、「必死に打っているな」という、まるで観戦者のような視点だった。「まだ間に合う」そう思って呼吸を整いながら必死に集中した。

南2局、東家・持ち点23,900。

配牌 
六万八万二索七索七索八索一筒三筒九筒九筒西白中  ドラ白 

9巡目、カン七万を引き入れ先制リーチ。

手牌 
六万七万八万七索七索七索三筒四筒五筒九筒九筒白白  リーチ

「ツモってやる!」

だが、闘志に欠けた戦士に戦場は甘くなかった・・・
14巡目に、東谷プロのダブ南ホンイツに放銃。

「ミシミシ」って音がした

ついてないから?
いいえ、最初からきちんと戦わないから見離されたのです。

1回戦成績 
菅原+21.2P  東谷+13.2P  嶋村▲6.4P  童瞳▲28.0P

そういえば、野口賞の時も似たような感じで負けた・・・
そう思い出しながら条件確認を済ませ、2回戦に参加しようとしていた。
条件は厳しかったけどちゃんとあった、条件をわからなかったわけでもなかった。その場にいた方には童瞳は必死に戦っていたように見えたのでしょう。でも、実はその時、私は闘志を無くしていた、心=意志が粉々だった。

それを証明する局はこれ。

第26期新人王戦決勝2回戦。
東3局、東家・持ち点31,700。

配牌 
四万四万八万一索三索四索五索八索八索四筒五筒東北北  ドラ白 

2巡目ドラをツモ切り、6巡目、9巡目とドラ切りが続く。

最終手牌 
三索四索五索五索五索八索八索四筒五筒六筒  ポン四万四万四万

河と全く噛みあわない、恥ずかしい。
後日、瀬戸熊プロに「トンちゃん、白がドラだって確認しなかったの?」と聞かれ、
「いえ・・・」言葉が詰まる。

{また1回戦南2局のように、このドラは貴女を傷つける刃物となる、貴女には使いこなせない、早く離せ}

こう弱い心が呟いたからとは言えない。
独りよがりの愚考だってわかるから言えない。
情けないから言えない。

跳満まで可能性のある手を何もしないで受け流した、最低で最高に恥ずかしい。
地獄を徘徊するような長い暗黒の時間が過ぎ、私の最後の新人王戦が終わった。

2回戦終了時トータル
嶋村+22.3P 菅原+21.9P  東谷+1.8P 童瞳▲46.0P

優勝:嶋村プロ☆⇒オメデトウゴザイマス。

その日、帰宅までの記憶は皆無。
かなり疲れていたにも関わらず、朝まで眠りにつけなかった。涙も流さない。
悔しくないわけではない、ただ、自分の情けなさに呆れた気持ちのほうが大きすぎて、茫然としていのだった。野口賞では守りに入り戦わなかった、1ヶ月後の新人王戦では、結果を確認もせず、戦場(決勝)に上がれないと決めつけ、戦う前に勝手に戦闘スイッチをオフにした。一旦気を抜くと回復できない力の無さ。
試合放棄となんの変りもない、プロとして、点数申告をきちんとできない、マナーを知らないよりも恥ずかしい行為で、許せなかった。その後モチベーションは大幅に下がり、時間だけが流れていく。

銀杏が綺麗な季節になり、ある日、画面越しに十段戦の録画=大先輩たちの懸命な戦いをみていた。
ふっと母校青森山田の校訓を思い出す「気力、全力、迫力」

躓いたってまた立ち上がればいい、気力がなければ自分に鞭を打てばいい、いざっとなった時に全力を出せなければ常にエンジン全開で練習をすればいい、迫力は気迫とも言う、ならば気力を先に強く持つ事だ。
そう思って、童瞳は地獄の闇からようやく抜け出せたのであった。

「決勝に座るという事は恥を曝す覚悟がないとダメ、恥を曝してきちんとその経験を活かせば、必ず成長する、これは童瞳にとっていい勉強だと思う」そう語ってくれたのは大先輩の藤原プロ、やっとその意味がわかったような気がする。

その他にも、本当に沢山の先輩方から激励の言葉やアドバイスを頂き、ファンの方からはお祝いの言葉まで頂きました。おかげさまで童瞳は今元気に頑張っています☆かなり遅れたけど、この場を借りてお礼を言わせて下さい。応援ありがとうございました。

これから先も想像絶する苦しい未来が待ち構えているでしょう、逆境に会えば会うほどきっと童瞳の麻雀も強くなっていく、覚悟はできた!

目標は「何よりまずは強い精神力」
信条は2つ「麻雀を好きでいる」「勝って泣こう」

今度はきっと、強くなった童瞳の物語をお聞かせします。
ごきげんよう(^0_0^)v

次回は、麻雀界のサラブレッド、小島優プロお願いします!!