リレーエッセィ

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まずはじめに、お断りしておかねばならぬ事がある。
このリレーエッセィは、ある者があるものを書き、それを名指しである者に送る。
送られたある者は、一ヶ月以内にやっぱりあるものを書き、それをある者に送る。
これ、いわば幸福の手紙の麻雀版である。
もちろん、送られた方は幸福どころか不幸の矢を射られたようでたまったものではない。
しかし、こんな読み物が麻雀ファンや仲間の見る楽しみとなれば幸いである。

(ホームページ編集部)

第76回:黒木真生

2013/05/23


自己紹介するために自分が何期生か調べてみて、バトンを渡してくれた小笠原奈央プロとの差から計算すると…オイ! 俺はもう15年もプロやってるのか!? …とビックリしてしまった13期生の黒木真生です。

よろしくお願いいたします。

 

しかし、15年もやってればそら10キロ以上太りもするし二階堂亜樹ちゃんが結婚して子供も生まれるわ。
まさに光陰矢のごとしで、この15年間は私にとって一瞬のあわただしい出来事のようだった。

 

ただ、その「一瞬」で、私から見える風景は大きく様変わりした。
靴下を履くとき腹が邪魔になって…というしょうもない景色じゃなくて、たとえば右のバナー。いま15、6個はりついているが、もし日本プロ麻雀連盟ホームページが15年前にあったとしたら、せいぜい3つぐらいだったであろう。
近代麻雀」と「モンド21」(現MONDOTV)と麻雀教室。そんなところだった。
ほんのちょっと前までは、なーんもない世界に見えた。

 

麻雀界の歴史を後から聞けば、20年ほど前は麻雀雑誌が多数発行されていたり、ファミコンの麻雀ゲームソフトのブームがあったりと、麻雀業界も浮き沈みがあったようなのだが、私が入った当時は、いまと比べるとやはり地味な印象だった。

化け物みたいに強い麻雀のプロたちが死闘を繰り広げる様をテレビで見たい! と学生時代から思っていた私にとってはかなり物足りない業界だったのである。

ところが、私が入ってすぐ、ナイタイから「ビクトリー麻雀」という雑誌が創刊された。ピーク時は13誌ほどあったという麻雀雑誌が淘汰され、元祖である「近代麻雀」系と「月刊プロ麻雀」だけが生き残ってひと段落した頃、久しぶりに創刊された麻雀劇画誌であった。

 

当時はいまのように若手プロが多くなかったから、私にも声がかかった。アルバイト的なことをやったり、雀荘紹介のレポートを書かせてもらったりした。編集長や荒正義プロから色々と教えてもらいながらやっていた。
私は人生の中でものを書く仕事をやってみたいと思ったことが一度もなかったので、変に気負わなかったのが良かったのか。「まったく工夫はないがナチュラルで良い文章だ」とほめていただいた。正確にいえばほめられたのかどうか微妙なのだが、ほめられたと受け取っておいた。
何も分からずただ書いていただけだったが、それなりに嬉しく、ヤル気が出たのをいまでも覚えている。

 

その内、編集長の思いつきで東北から北海道にかけて旅打ちに出ることとなった。
お前どうせサウナで暮らしてるんならそのデカいバッグだけ持って日本の一番北の雀荘ってとこまで行ってこいよ。と。
単なるバカ話のノリだったが、よし! もういますぐに行こうぜと、その企画は実行されることになってしまった。
麻雀雑誌にそんな予算はなく、完全にガチだったので、お金がなくなったら本当に野宿していた。
まだ5月から6月ぐらいの東北地方は夜になると寒く、野良犬に眼鏡を盗まれそうになったこともあった。
銭湯の乾燥機の性能が悪く、1時間以上全裸で待たされるという経験もした。
確か、毛布を持ってきてくれたのは麻雀忍者・藤崎智プロだったと思う。

 

そういうおバカなことをやっていたのだが、それを見つけて「モンド21」の「モンド21杯」という番組に企画を売り込んでくださったのが、フリープロの馬場裕一さんだった。
若手プロがおバカなことをやっているからネタにしてあげてくれませんかと。
その働きかけのおかげで、旅打ちが「モンド21杯」の後ろのコーナーで放送されることになった。
まだクソガキだった私はその意味や影響力なども分からず、おお、あのメンチンのバビィが!? へぇ~、すごいっすね。クチビルツモの人ですよね? と、ありがたいにはありがたいが、本当のありがたさは分かっていない状態だった。

 

旅打ちから帰ってくると、東京では「モンド21」で若手の企画をやるという話になっていた。
当時はまだ「第3回モンド21杯」が終わったばかりで、いまのように麻雀番組が大きな支持を得ておらず(もしくは得ていたことがはっきり分かっていなかった)、手探り状態だったという。
後から聞いた話では、そのまま打ち切りという可能性もあったそうだ。
実際、その若手プロの番組は隔週で60分の放送だった。「モンド21杯」の毎週で90分放送と比べかなり縮小された。

 

私はここに出させていただいた。特徴がなくキャラも立たない私だが、「旅打ち」の企画に出ていたことで選んでいただいたのである。
だが、ロクなものを残すことができず、応援してくださった方々を落胆させる結果となった。
いま思うと「これでプロを名乗るのは恥ずかしくないか?」という内容だったと思う。
この時の経験はいまの私の財産にはなっているが、何十万、何百万という視聴者が見る番組である。いち個人の糧にするにはあまりにも釣り合いが取れなかった。
テレビ対局に出るプロ雀士は、ひとつの番組を作るためにかかる莫大な費用や働く方々の苦労、視聴者の数、麻雀業界全体に与える影響。それらすべてを背負って出演しなければならない。
これは麻雀プロにかぎらず、どの業界でも同じだと思う。サラリーマンでも商売人でも一緒だと思う。
各自が自分の持ち場でプロの仕事をしなければ他の人たちに迷惑をかける。その仕事をする力量が足りていない人間はプロを名乗る資格もお金をもらう権利もない。
そういう当たり前のことが分かるようになったのは、ヘタを打ってから数年経ってからであった。

 

個人的にはヘコんでいたのだが、その後「モンド21」の麻雀番組は続けられ、どんどん視聴者が増えて、いまでは1300万人が視聴できる超人気番組となった。
また、モンド以外にもエンタメ~テレの「天空麻雀」など、複数の麻雀番組が放送されるようになった。
ニコニコ生放送ではパソコンで手軽に麻雀対局を見ることもできる。
自分が麻雀ファンだった頃に見たかった「化け物たちによる麻雀の死闘」が映像でジャンジャン見られるようになったのだ。
先日の鳳凰位決定戦などはまさにそれだった。
ああいうすさまじい「戦い」を常時ファンの皆さんに見せられるようになることが、いまの、映像時代の麻雀業界の目標であろう。
いや、私が決めることじゃないけれど。

 

映像だけではない。雀荘のゲストのお仕事も飛躍的に増えた。特に女流プロは、デビューしてすぐ、お仕事がもらえるというありがたい状況だ。
そして、何といってもコナミの麻雀格闘倶楽部である。出現した当時、人気ラーメン店ばりの長蛇の列を作って社会現象となったが、それから10年たったいまも全国の麻雀ファンから絶大な人気を博し、日々、麻雀の「格闘」が繰り広げられている。
人気のあるプロは、雀荘だけでなくゲームセンターのイベントにもゲストとして呼ばれるようになった。

 

かつてはどれだけ良い麻雀を打っても、誰にも見つけてもらえず埋没した牌譜が山のようにあっただろう。だが、いまはテレビカメラが一打一打を追い、全国に放送してくれるようになった。
副業を持たずとも、麻雀のプロとしてファンに認められれば生活ができるようになった。
私が15年前「こうなったらええけどなぁ」と思っていたことが現実となったのだ。

 

ここまできたら、プロ雀士としてあとはもう、やることは決まったも同然だ。
ファンの皆さんに「お前らの勝負、面白いなぁ!」「いいぞ、もっとやれ!」「あいつだけには負けるなよお前!」と、私たちの真剣勝負を面白がってもらうことである。
そのためにはただ、自分たちの技を磨き、必死で戦えばいい。

 

しかしここで、森山茂和会長の言葉が思い出される。

「映像の時代はごまかしがきかないから、誰が本物で誰が未熟か全部バレるよ」

雑誌の時代なら悪いプレーはあえて掲載されなかったが、映像はすべてを放送してしまうので、実力がハッキリクッキリと出るという意味である。
実は我々は浮かれている場合ではなく、厳しい世界になりつつあることも自覚しなければならないのである。
プロ野球の世界なら、ボコボコに打たれて試合を壊した投手は「引っ込め!」と罵倒され、秋にはクビになる。
これまでは他人事と思っていただろうが、これからはその現象が自分の身にふりかかるかもしれない。
ここで急に「真弓監督、あの時は言いすぎました!スマンかった!」と謝ってももう遅いのである。

 

6月には連盟とロン2で動画のサイトを運営することになっているから、これからはもっと多くの楽しい麻雀勝負の映像をご覧いただけるようになると思う。
ファンの皆さんは気楽に、あーでもない、こーでもないと言いながら「化け物たちによる麻雀の死闘」を楽しんでいただきたい。

そしてこれからも麻雀業界を応援していただければ幸いです。

 

…と、気が付けばすっげー長い文章を書いてしまった。ネットは字数制限がないのでやりたい放題になってしまう。しかも説教くさい内容になってしまったので、次にバトンを渡す相手は、あまり物事を深く考えなさそうなライト感覚の人生観を持ったヤツ。そう…ガース! あれ? もうやってる。じゃあダンプ! …もやってる。山井さんもやってるし(白河)雪菜も、魚谷も? あと他にB型いないのB型!? っていうか、私にバトンが来たのって本当、他に誰もいなかったということね!?

しょうがない。あんまり面識はないのだけれども、つい先日マスターズで優勝し初タイトルを手に入れた気鋭のプロ、小車祥プロにバトンを渡してみましょう。よろしく!