鳳凰の部屋

鳳凰の部屋/『勝負の流れ』

2回戦が済んで休憩に入ったとき、滝沢和典が小声でボクに聞いてきました。
「あの八筒打ちは?」
彼は司会進行を務めており、解説者に視聴者が聞きたいことを代わりに聞くのが役目です。
ですから、ボクが右田に打った八筒の理由を知っておきたかったのかもしれません。
「瀬戸ちゃんの…がっかりする顔が見たかったンだよね」
と、ボクは少しジョークを交えて本音で答えました。ボクは瀬戸熊タイムとは、ずっと無縁の男でいたいのです。
あれが始まると防ぎようがなく、ガードを固めてもその上から打たれて勝負が一気に決します。
人災は予知して未然に防ぐことが大事で八筒切りはその手始めの、挨拶代りのボクの応手です。
滝沢は聡明な男ですから、その一言ですべてボクの考えを察知したはずです。
彼は今、この10年間でボクの麻雀を一番見ている男です。よく飲んで麻雀の話もする。
そして彼もまた、麻雀に人生を賭けた男の一人なのです。
通常、連盟のタイトル戦では、勝負の途中で内容の話は禁止です。
それを犯せば審議となり、ペナルティを科せられるか失格となる場合もあります。
例えばです…。
対局者が(あの牌よく出たね―)。
観戦者が答える(いや、あれはオリ打ちでした…)。
この話が立会人に伝われば、審議対象となります。
対局者が勝負の途中で知り得る情報が多ければ、その分有利な戦いができます。
後の戦い方を状況に応じて変えることができるからです。
ですが、ボクが交わしたこの程度の会話なら問題はないでしょう。
ボクは瀬戸熊のマチも手の高さも、聞いてはいません。
いや、前回述べた通り聞かなくてもボクは卓上で感じていますからある程度、予測はできています。
ただ、明日があっても今日の最終戦が終わった後なら、振り返る話はOKです。
2回戦が済んだ時のトータルポイントは次の通りです(順位点も含む)。
荒+29.7P  右田+17.2P  望月+2.6P  瀬戸熊▲49.5P
すでに瀬戸熊との差は80Pになっています。まだ早い…。この点差は、最終日の残り3戦くらいが理想なのです。
ボクは第2戦の結果から、怪しい雲行きだから次は慎重に行こうと…決めていました。
案の定、危ない場面がありました。
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ボクは配牌で8種の国士無双狙い。しかしツモが利かず、相手の河の切り節がいいのでここで手仕舞いに入りました。
切り節とは捨て牌の善し悪しで、そこから相手の手の進行を推理するのが戦いの常套手段です。
手が速そうに見えるのは、まず上家の右田。そして次が親の瀬戸熊で、理由は5巡目のダブル風の東切りにあります。
この打ち出しも、ボクの目には早く感じます。
初物のこれが親から打ち出されたときは、テンパイもしくは好形の1シャンテンと見るのが、競技ルールの読みの常識です。
ただし、一発や裏ドラ有りのルールではこの限りではありません。
ならば、そろそろ手仕舞いのときです。
ですから後がオリなら、一牌たりとも通っていない牌は打ち出しません。これも常識。
ところがこの八索を打てば、5巡目テンパイの瀬戸熊への11,600の放銃となっていたのです。
この時、これがロン牌だとは、夢にも思ってもいませんでした。
指運が良かったというか、いいタイミングでオリることができました。
もっと厳しくいうのなら、その前の三筒切りも緩手でしょう。
オリが1巡遅れている、これは稽古不足からきているのだと思います。
そして、この回の結末はこうです。
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そうとは知らず、右田が先制リーチをかける。瀬戸熊が親満で追いかける。
そして結果は右田に軍配が上がる。
ツモれば親の跳満…そんなこと知る由もありません。
(親だから十分形ではないが、戦って見た…)
この時、ボクにはそうしか見えませんでした。知っているのは瀬戸熊だけです。
普通なら2ラスを食うと疲れるものです。
そして次の半チャンも会心のヤミテンで反撃のチャンスを伺うと、邪魔が入ってこれもダメ。
ガックリ来て、誰しも闘志が萎えるのが普通です。
ところが今の瀬戸熊は、こうはならない。
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これは瀬戸熊の、鍛えられた精神力の強さの表れでしょうか。
彼はこの回トップを取り、続く第4戦もトップを取り、勝負を振り出しに戻します。
続く5戦は少し沈んだものの、瀬戸熊健在をアピールしているかのようです。
第5戦が終わり、初日の結果がこうでした。
初日終了時
荒+21.0P  右田+40.5P  望月▲47.7P  瀬戸熊▲13.8P
ボクは、1回戦の出だしから見れば足が止まった感、無きにしもあらずですが、
…これでよし、と自分に言い聞かせました。
理由は調整不足が続いていたからです。それが負けの言い訳にはならないのは、百も承知です。
調整ができなかったのは、しなかったと同意語でとらえるのが、勝負の世界です。
求められるのは負けの理由ではなく、勝負の内容と結果だけです。
初日の勝負が済んで、麻雀を振り返る余裕はなく…
(とにかく疲れた…)です。
内容はタイムシフトで予約してあるニコ動で、すべてその日に検証します。
(文中敬称略・以下次号)