鳳凰の部屋

第29期鳳凰戦の軌跡~克己~

第28期鳳凰位決定戦の3日目を終えた時に、僕の大切な人からメールが届く。

「お疲れ様。一言、お前らしくない。正直面白くない。それより何より、お前のオハコでもある暴君!?
何処に行っちゃったのでしょう?よそ行きの麻雀なんか打つな!!そんなに放銃が怖いのか?
九筒(望月プロのリーチにオリた牌)くらい勝負しろよ!楽して逃げるな。
今回、お前は誰と勝負しているの?この3日間誰とも勝負してないじゃないか。
先行麻雀は誰でも出来るんだよ。先行されても、瀬戸熊はそこをまくりきる麻雀でトップになったんじゃ無いのか?中途半端な麻雀打つから手が入らないんだよ。いい加減、腹くくれよ。苦しいのはお前だけじゃないんだよ。お前を応援しているファンもみんな苦しいんだぞ。さあ泣いても笑っても、あと5回戦だ」

帰りの電車で読んだ。だけどこの時点では、僕はまだピンときていない。それほど、茫然としていた。
自宅に戻り、もう1人の僕の麻雀をよく知る人物に、
「どうだった?」と聞くと、メールと全く同じ事を言われる。
ここでようやく気が付く。

だまって携帯を差し出し、メールを見せると、
「感謝だね。こんなに貴方を大切に思ってくださる友達がいたんだね」
少し涙を浮かべて、
「一生の宝物として、清書して張っておかないといけないね」
と言われた。

最終日、前回の文章にも書いたが、3連勝し、あと一歩まで踏ん張ったが、失冠した。
それから1年、僕はこの敗戦を胸に刻み、日々を過ごした。

第29期 鳳凰位決定戦前夜

1年前のノートを開く。メールの全文を声を出して読み返す。
敗戦の後、こんな事を自分で書いていた。

○ポンテン、チーテンしかとるな。
○リズムよく打て。
○勝負しろ。逃げるな。
来年は必ず、行ききって勝つ!それが瀬戸熊の麻雀だから。
くやしい、バカだオレは。

対戦相手は、荒正義鳳凰、藤崎智プロ、前原雄大プロ。
巷では、最強4名による空前絶後の鳳凰位決定戦と言われていた。
全20回戦、オール生放送、そして有料放送。
お金を払って見てもらう。このことが何を意味するのか?
連盟最高峰の戦いだからこそ、それにふさわしい譜を残さなければならない。
その中の1人に僕がいる。
僕のやる事はただ1つ。勝つ事も大事だけど、それ以上に大事な事。

「最後まで、ベストパフォーマンスをする」

最後まで、瀬戸熊直樹であり続けなければならない。
思えば、イバラなスタイルを選択したと思う。
勝つために最も近いスタイルを形成していって、1つの完成形が見えた時、その完成形は心技体で、「心」がもっともウェイトを占めるスタイルだった。

第29期鳳凰位決定戦2回戦東3局

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前原プロのリーチを受けて、上図手牌。打牌選択候補は、六万三筒四筒七筒
この時の僕の体勢は、上向きと考えていた。ならば、選択肢は1つしかない。それは真っすぐ打ち抜く「打六万」。
前原プロの手牌がマンズの一色だとか、倍満だとかは読めていないし、読んでもいない。
「読み」はとても重要だが、そこに頼ると戦いの方向性を見誤る可能性も秘めている。
そこで一番重要なのは(僕のスタイルなら)「六万」をノータイムで打つ事ができるかどうか?
この一点だけである。

結果は、ツモ八筒で追いつき、前原プロから2,600の出アガリとなるのだが、問題は、そこになく「六」を打ち切れた。この事が僕の柱となっているのである。

小学生のとき、親父が剣道の先生だった事もあり、嫌々ながら道場に通っていた。
剣道より野球の方が好きで、週3回の練習の内、1回しか行ってなかった。同じ道場に、斉藤君という子がいて、この子だけには歯がたたなかった。子供心に勝ちたいと思うようになっていた。
1年間だけ野球をやめて、道場の練習に毎回行く事にした。その時何度もくじけそうになったが、ある言葉を見て頑張った。いつも使っている、手ぬぐいの文字には、こう書いてあった。

「克己心 日本原駐屯地剣道部」

他の先生が意味を教えてくれた。
「暑い時や寒い時、稽古に来るのは嫌だろう。でも自分の弱い心に打ち勝って頑張ることが大事なんだよ」と。

1年後、初めて斉藤君に勝った時、本当にうれしくて、それ以来好きな言葉になった。
それからの僕の人生、色々な事から逃げてばかりだったけど、麻雀だけはこの言葉を胸にやり続けてきた。

「克己心」よく色紙に書く言葉です。
いつも心を込めて書くようにしている。
いつまでも、いつまでも忘れないように。

初日の麻雀ノートには、こう書かれていた。

「納得の麻雀が打てた。首位で終わったことより、しっかり「行き腰」のある麻雀が打てた事が嬉しい。
明日もしっかり勝負してこい!」
  
第29期鳳凰戦の軌跡 ~契機~へ続く。