鳳凰の部屋

「~勝負の3日目~」 佐々木 寿人

鳳凰位決定戦は、全日程が午後2時から執り行われる。
そこに向けての私のルーティンは決まっていた。

午前9時に起きて朝食をとり、朝風呂に浸かって午前11時に家を出る。
会場となる夏目坂スタジオに到着するのが、午後12時を少し過ぎた頃。
そこからアーケード版の麻雀格闘俱楽部を1時間ばかりプレーする。
最後の最後まで真っ直ぐ打ち抜くためのイメージトレーニングは欠かさなかった。

対局場に持ち込むのは白湯。冬場ということもあり、身体を冷やさないためである。
試合前日の夜は、どの日もよく眠れた。
プロ歴16年目の今となっては、前夜にぐだぐだ考えて眠れないということも一切なくなった。
これまで積み上げた数えきれない敗戦の経験から、なるようにしかならないと、どこかで割り切れているからだろう。

ただ唯一眠れなかったのが、最終日を終えての夜。まぁこればかりはさすがに仕方あるまい。
あの日だけはかなりの疲労感があったものの、目が冴えて全く眠りにつけなかった。
もし負けていたらと思うと、今でもぞっとする。
そのことについては、次回に詳しく書き記すことにしよう。

この日の初戦となる9回戦は、勝又さんの2,000・3,900でスタート。

一索二索三索四索五索六索七索九索南南  ポン発発発  ツモ八索  ドラ三万

現状、最大のライバルのアガリではあるが、仕掛けられた時点からしっかりとガードに徹した私に焦りはない。
ただ、勝又さんを抑えていかなければ自身の優勝もない。
ここまでを見る限り、私と勝又さんの争いになっていくのだろうなと考えるのが自然である。
それぐらい沢崎さんと藤崎さんの出来が良くないように思えていた。

となれば、この2人に浮上のきっかけを与えないことも重要である。
残り8回戦ともなってくると、考えなければならない要素も増えてくる。
やはり、一騎打ちとなっていった方が戦い易いことは間違いない。

自身の初アガリは東3局。

一万三万四索五索六索発発  ポン南南南  ポン八筒 上向き八筒 上向き八筒 上向き  ロン二万  ドラ三万

そして南1局3本場には1,000・2,000のツモアガリ。

一索一索一索二索三索四索七索八索九索二筒二筒四筒五筒  リーチ  ツモ六筒  ドラ四索

このアガリで原点復帰とまではいかないものの、勝又さんを逆転することに成功。
理想はこのままの並びで終えることだったが、オーラスに大きな落とし穴が待っていた。
勝又さんのリーチに対し真っすぐ五索を打ち抜くと、これがロン。

一万二万三万五万五万五万六索七索四筒五筒六筒八筒八筒  リーチ  ロン五索  ドラ五万

 

100

 

8,000点の放銃は4着落ちかつ、トータルトップの座からも陥落という手痛い結果に終わってしまう。
これで2日目に続き、初戦は4着という出だしだ。

しかも2日目は、ここから連続となる4着を食らっている。
勝又さんとのポイント差を考えれば、それだけは絶対に避けなければならない。
早い段階で再びトータル首位に立つことが、私にとって一番の命題だった。

9回戦終了時
勝又+49.8P 佐々木+30.1P 藤崎▲37.7P 沢崎▲43.2P

10回戦、心底切望していた時間帯が遂にやってきた。
南3局、私は親番を迎えていた。

一万一万四万五万七万八万九万二索三索四索六筒七筒八筒  ドラ八万

このリーチは流局となったが、1人テンパイ。
南3局1本場、引き戻しの九万を引き入れてリーチ。

一万一万四万五万六万七万三索三索三索四索五索五索六索  ツモ九万  ドラ二筒

もちろん形的には不満が残るが、既に沢崎さんがダブ南を仕掛けていて、あまり時間的な猶予もないとみての選択だった。
これが即引きアガリとなり、1,100オール。
沢崎さんの手牌はドラのタンキ待ちだが、これも山に2枚生きていて、まさに紙一重の勝負だった。

二索三索四索二筒四筒五筒六筒西西西  ポン南南南

南3局2本場、またも沢崎さんの仕掛けからスタート。

三万三万六万二筒三筒六筒七筒七筒八筒中  ポン白白白  ドラ六万

沢崎さんとしては、とにかく早く私の親を流してオーラスの親を迎えたいところだろう。
だが、私にしたってここは一つの勝負所である。

この時の持ち点状況はこうなっていた。
藤崎44,500、佐々木35,300、勝又24,700、沢崎15,500

既に親番の残っていない勝又さんとは、1万点以上の差がついている。
つまりは、ここがライバルを突き放すチャンスなのだ。

4巡目、沢崎さんにスピードを合わせるべく、七索から仕掛ける。

二万四万五万六万三索三索四索五索四筒四筒中  ポン七索 上向き七索 上向き七索 上向き

中として1シャンテン。

7巡目、ツモ六万、打二万

四万五万六万六万三索三索四索五索四筒四筒  ポン七索 上向き七索 上向き七索 上向き  ドラ六万

これで高打点でのアガリも見えてきた。
同巡、西家勝又さんの切った四筒をポンしてテンパイ。

四万五万六万六万三索四索五索  ポン四筒 上向き四筒 上向き四筒 上向き  ポン七索 上向き七索 上向き七索 上向き  ドラ六万

そして次巡、あっさりと三万を引く。2,000は2,200オール。
同3本場、今度の配牌はいい。

五万六万七万七万三索四索五索九索四筒五筒五筒東北発  ドラ九筒

六索八万四万と引いて、4巡目には以下の形となる。

四万五万六万七万七万八万三索四索五索六索四筒五筒五筒

こうなればもう引き下がることはない。5巡目、勝又さんがペン三万を仕掛ける。

 

100

 

ドラが九筒だけに嫌な仕掛けではあるが、この後もまずは自分の手牌進行が優先である。
7巡目、ツモ三索

四万五万六万七万七万八万三索四索五索六索四筒五筒五筒  ツモ三索

形だけなら七万切りだろう。だがここは、ギリギリまで手役を追う局面だ。
456の三色を強く見るならば打五筒の一手なのである。

9巡目、ドラの九筒を引く。もちろん切るには切る。ただ、勝又さんに鳴かれるのだけは厄介である。
もしこれがポンされたなら、こちらに仕掛け返す選択も出てくる。特に、沢崎さんから三索が切られたケースだ。

既に私の手牌に2枚あり、勝又さんが端絡みの手牌を狙っているなら、三索は急所の牌とも言える。
後は六筒のチー。普段ならば絶対に仕掛けることなどありえない。
だが、みすみす勝又さんにアガらせる訳にもいかない。この九筒が鳴かれたからには、相応の対処をせねばなるまい。それだけは頭に入れながら、私は九筒をツモ切った。

幸いなことに、勝又さんからポンの声は掛からなかった。
この局面で勝又さんが1,000点仕掛けを入れているとは思えず、ちょっと意外な感じもしたが、これでしばらくは面前路線を貫けることになった。

そして次巡、ツモ三索でテンパイ。

四万五万六万七万七万八万三索三索四索五索六索四筒五筒  ツモ三索

心なしか、リーチ宣言の打牌も強くなっていた。
ここで12,000の加点なら、優勝争いの趨勢はぐっと私の方へと傾いていく。
そして2巡後、勝又さんから六筒が放たれた時、これでもう自分が脱落することはないという確信を持つことができた。

とどめは4本場だった。
10巡目、北家の藤崎さんからリーチが入る。

一万二万三万三万五万七索八索九索四筒五筒六筒中中  ドラ三万

私の手牌はこうだ。

四万四万五万五万六万四索五索六索八索八索四筒五筒中

ツモ七万で生牌の中をぶつける。この手で引く気はさらさらないし、41,300持ちの藤崎さんを沈めるチャンスでもある。
13巡目、ツモ六万でリーチ。

四万四万五万五万六万六万四索五索六索八索八索四筒五筒

高目の六筒なら、出アガリでも18,000という勝負手だ。
今決定戦でも、自身の気持ちが高ぶった局面の一つである。

結末は17巡目だった。
藤崎さんが最後のツモ番で三筒を掴み、11,600は12,800のアガリ。

親が落ちたオーラスこそ藤崎さんの満貫ツモとはなったものの、ビッグイニングとなった南3局のおかげでこの半荘はトップ。
勝又さんを4着に沈めたことで、トータルでも大きな差をつけての首位に返り咲いた。

10回戦終了時
佐々木+72.8P 勝又+14.7P 藤崎▲28.1P 沢崎▲60.4P

11回戦開始。
3者とはそれなりに点差をつけている。
マイナスしている藤崎さんと沢崎さんは、まずプラス域に戻すことが絶対条件だ。
となれば、私の優先順位は勝又さんとの点差をさらに広げること。この差を守り切ろうなどという意識は微塵もなかった。

南1局、私は親番である。

 

100

 

5巡目、北家の勝又さんからリーチ。私も七対子の1シャンテンだが、ドラの五筒が浮いた形。
しかし捉え方によっては、これも勝負手。五筒タンキは最もわかりやすい最終形と言えるし、先制リーチの勝又さんだってアガリ牌でなければ切るしかないのだ。

このシンプルな思考が勝負事では大切だったりするのである。
10巡目、ドラを重ねてテンパイ。

九万六索六索八索八索九索九索三筒三筒五筒北北白  ツモ五筒

危険度が高いのは九万の方だったが、私は生牌の白タンキでのリーチ。
全体的に字牌が安いなら、これで勝負とみての選択だった。

実際この白は山に3枚残りだったが、12巡目に勝又さんから九万がツモ切られ、14巡目、八筒で2,600の放銃となった。
まだまだ楽には決まらない。

南4局、私は15.300持ちの4着目に沈んでいた。
原点復帰も難しく、勝又さんの原点を削ることが最大のテーマである。

勝又さんの浮きは900点。これを沈めることが出来れば、順位点の差も13ポイントから、4ポイントにまで詰められる。
10回戦でのトップを少しでも無駄にしたくはないところである。

8巡目、手牌がうまく纏まりツモ六筒でテンパイ。

三万四万五万五万六万七万三索四索五索六索二筒七筒八筒  ツモ六筒  ドラ一筒

ツモアガリか、勝又さんからの出アガリでミッションクリアだ。
そして次巡、ツモ二万。これなら文句なし。素点を少しでも回復するべくリーチの一手である。
当然、見逃しの選択肢もなかった。

そんなことをして勝又さんに連荘を重ねられるようなことがあれば、それこそ支離滅裂である。
状況が悪い時でも、とにかくやれることをやり続けるしかないのだ。

二万三万四万五万五万六万七万四索五索六索六筒七筒八筒  リーチ  ツモ五万

このアガリで勝又さんの原点を割ることに成功し、最悪の結果だけは免れた。
これで3日目も残り1戦。最終日を少しでも有利なポイント差で迎えるためにも、得点の上積みを図りたいところである。

11回戦終了時
佐々木+55.3P、勝又+9.0P、藤崎▲22.3P、沢崎▲43.0P

11回戦に続き、12回戦も起家スタート。

五万五万七万七万九万一索一索一索一索二索三索七索八索  ドラ一筒

この手牌に六万を連続で引き込み、手応え十分のリーチから入る。

五万五万六万六万七万七万一索一索一索二索三索七索八索  リーチ

だが、ここは勝又さんに1.000点で捌かれる。
東3局、カン二万を引き入れてリーチ。

一万二万三万五万五万五万一索二索三索一筒三筒南南  リーチ  ドラ六索

とにかく攻め続けるが、ここも親の沢崎さんに跳ね返される。

一万一万五索六索一筒二筒三筒四筒五筒六筒発発発  リーチ  ツモ七索

東4局、またも沢崎さんから先制リーチ。

四万五万六万六万七万二索三索四索八索八索五筒六筒七筒  リーチ  ドラ西

沢崎さんは11回戦でトップを獲り、この半荘も45,700持ちと上昇気流に乗りつつある。
一度きっかけを掴めばしっかりと畳み掛けてくるところは流石の一言である。

8巡目、私も七索を引いて追いついた。

三万三万三万七万七万八万八索九索五筒五筒東東東  ツモ七索

どちらを切っても役はある。ただ、シャンポンに受ければツモり三暗刻の形だ。
5秒ほど考えて出した答えは、七万切りのリーチ。

場に八万九万がそれぞれ2枚ずつ飛んでいることから、受けの強い方を選んだのである。
結果はすぐに出た。

沢崎さんが九万を掴み、3,200は3,800のアガリ。
八万を切っていれば3.900の放銃になったとはこの時知る由もないが、これで2着浮上。

南1局、まずは1,500のアガリで連荘。

一万一万六万七万八万七索八索九索三筒四筒六筒七筒八筒  ロン五筒  ドラ南

同1本場、手応え十分のリーチは1人テンパイで流局。

三万四万五万六万七万二索二索三索四索五索六筒七筒八筒  ドラ白

同2本場、タンヤオの仮テンを取っていたところにドラの南を持ってくる。

四万六万七万八万三索四索五索五索六索七索六筒七筒八筒  ツモ南

これでもリーチで引きアガリなら3,900オールとなるが、到底最終形とは呼び難い。
それをリーチと宣言してしまうのだから、やはり気持ちが焦っているのだろう。
案の定、2巡後に二索を持ってくる。

六万七万八万二索三索四索五索五索六索七索六筒七筒八筒

ドラをポンされたとしても、これなら正々堂々勝負だ。
ここにきて、それを待つことができない自分が情けなかった。
だが11巡目、沢崎さんのリーチ宣言牌が南となり、この手がアガリに結び付いた。

四万五万六万五索六索七索八索九索九索九索四筒四筒南  ツモ七索

11回戦を終えた時点で、私と沢崎さんとのポイント差は98.3Pだった。
沢崎さんからしても、ここから逆転するためには私を大きく沈める作業が必要である。
残りの試合数もふまえ、時間的猶予はあまりないとの判断だったのだろう。
望外とも言えるアガリを拾った私だったが、このゲームでトップを獲ったのは沢崎さんだった。

一時は42,100まで積み上げた点棒も、最後には原点割れ。
ただ、せめてもの救いは、勝又さんを4着に沈めることが出来たことである。

この日も100ポイントには到達できなかったが、これで私以外の3者がトータルでマイナスポイントとなった。
最終日は圧倒的有利なポジションからのスタートとなる。

だが、このポイントを伸ばせないようでは優勝もない。
追いかける3者を、最初の2戦でどれだけ突き放せるかが一つのカギにもなってくるだろう。
「鳳凰位戦史上最高の激戦」とも謳われた最終日は、私にとって過去経験のないほどの死闘となった。

12回戦終了時
佐々木+50.7P 勝又▲10.3P 藤崎▲12.7P 沢崎▲28.7P