プロ雀士インタビュー

第250回:プロ雀士インタビュー 木本 大介  インタビュアー:小林 正和

-2020年夏-
『そう言えばさー、最近アイツ誘っても来ないんだよ。何か聞いてたりするか。』

『えっ、そうなんですか。全然連絡取ってないので分からないです。』

定期的に開催される麻雀の練習会があった。練習会と言っても4人が集まって麻雀をする、いわゆるセットの事であって特に変わったものではない。強いて言うならば“今日のわんこ”ならぬ“今日のメンバー”という特徴があるくらい。要するに、取りまとめる人以外の3人はその日になってみないと対戦相手が分からないのである。僕らはそれを今風に“メンバーガチャ”と呼んでいた。

『コロナの影響もあるんじゃないですかね。実家にいるって聞いた事もありますし。』

新型コロナウイルス感染症が世界的に大流行し、生活様式も少しずつ変わりつつあった。そして、アイツの姿もそれに比例するかのように消えていったのである。


-2021年夏-
『どうして白切らなかったんですか。小林さんだったら。』

『あれは普通に切り間違えたんだよ。ていうか先に“おめでとうございます”だろ。』

久しぶりにアイツと出くわした。場所は日本プロ麻雀連盟が配信対局の場として主に使用している夏目坂スタジオである。今日はあるタイトル戦の決勝戦で私が優勝し、アイツがその牌譜の記録員という具合だった。

『ていうか最近あんまり来ないけど麻雀打ってる?まー別に理由までは聞かないけど。』

『正直に言うと今は麻雀から少し離れてますね。でも採譜はずっと続けてますよ。』

『そうか。来年くらいには、ここで麻雀見させてくれよ。』

『分かりました!小林さん、今日はおめでとうございます。』

少し祝福の言葉が遅いとは思ったが、自身が優勝したかのような満面の笑みが今でも頭の片隅に残っている。それと同時にアイツと初めて会ったのはここであった事を思い出した。


-2018年夏-
『そこカン抜け入ってないよ。』

『あっホントですね。小林さんありがとうございます。』

採譜の勉強会に参加してから1年後くらいにアイツが入ってきた。

『僕まったく友達とかいないので麻雀打ちたくても打てないんですよ。小林さんってどれくらい麻雀打ってるんですか。』

『俺もそんなに打ってる方ではないけど。良かったら定期的に開催している勉強会来る?』

これをキッカケにアイツとは良く卓を囲った。最初の方はお世辞にも“上手い”“強い”と言った言葉は出てこなかったが、次第に違和感を覚えてきたのである。

『あれっ、何か打ち方変わった?』

『実は参考にしてる人を真似て打ち方変えてるんですよ。変ですか?』

『変ではないよ。良い意味でやりづらくなったていうか。参考にしている人って誰?』

『それは秘密です。』

『なんだよそれ。まーいいや。』

とにかく遠慮なしに、お互い駄目な所や気付いた所などを指摘し合いながら研鑽を積んでいく。そんな日々が続いた。
メンバーガチャの一員となったアイツは、それからはリーグ戦や他のタイトル戦の成績も好転し、順調にこのまま上向きに進むかと思われた。しかし麻雀という性質上、それは長くは続かなかったのである。

3期連続の鳳凰戦リーグ降級。

その頃からアイツは姿を見せなくなっていった。


-2022年夏-
過去最大参加者となった史上最激戦の新人王戦決勝が開催された。観戦レポートも兼ねてその対局を見守ったが、どこか一人見覚えのある顔が画面から垣間見えた。

“アイツ”だ。

そして、すっかり忘れていた去年の今頃に交わした会話を思い出した。

(あぁそういえば今年中には決勝の舞台に行きます!とか言ってたっけ。)

モニターにはアイツの満面の笑みが映されていた。

『僕が優勝すると思いますので、優勝者に相応しい麻雀を打ちたいと思います。』

会った時から手前味噌の発言が多かったが、今回ばかりは目をつぶって見させてもらう事にした。危なっかしい場面もあったりはしたが、常に自ら掴み取りに行く攻めの姿勢は正に優勝者に相応しい麻雀で、それをアイツは打ち切った。

そう“アイツ”とは“木本大介”であった。

【木本大介】
▪️東京出身
▪️33期後期
▪️27歳


-2022年10月某所-

 

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小林『最後の半荘、3人の現物の七索切らないで何で五索切ったの?』

木本『あれは普通に切り間違えたんですよ。というより先に“おめでとう”じゃないですか。』

小林『そのツッコミ待ちだよ。おめでとう。それにしても最後までよく押し切ったね。特に南二索は俺には切れんわ。』

木本『最初の南切りは男と男の勝負みたいな感じでしたね。開局から自分のドラポンに対して周りが押し返してきたので。そこで火が付きました。二索切りは今まで見てきた他の決勝戦のシーンがふと降りてきたんです。ここは行かないとアガリ逃しになって逆転される気がしたんですよね。あそこでアガリきれた事で逆に優勝しなきゃなって緊張しましたけど。』

※対局内容に関してはこちら

小林『決勝戦の採譜担当しているよね。それが活きたという訳か。』

木本『実は言うと、採譜は元々する気は無かったんですよ。でもEリーグ対局後に前原さんとの面談があって、そこで勧められてやってみようかなと。今思うと、そのお声掛けが新人王戦の優勝に繋がった気がします。』

小林『俺も前原さんの一つ一つのお言葉が今の麻雀に繋がってる。研修生の時に、親番で第一打目に何気なく切った南に30分以上に渡ってレクチャーしてもらった事もあったなぁ。』

木本『小林さんもですか!自分も第一打に切った八筒に1時間以上に渡って色々と教えて頂きましたよ。』

小林『マジか!今思うとすごくありがたいよね。そう言えば実況の楠原さんが、大きな目標とするプロに前原さんとHIRO柴田さんって紹介していた下り。その中の小さな目標に客野さんと俺を挙げてたのにはビックリしたな。』

木本『セットに誘ってもらってから冗談抜きで一度も小林さんに勝てなくて。このままでは先には進めないと思ってからは真似するようになりましたね。』

小林『えっ。参考にしてる人ってまさか俺の事!?もっと他にいるだろ。』

木本『小林さんとセットしていなかったら今の自分はないですよ。』

小林『お世辞でも嬉しいよ。この際だから聞くけど、途中からセット誘われても来なくなったじゃん。何かあったの?』

木本『最初は小林さんの麻雀を真似てからは上手くいってたんですけど。更に上を目指そうといろんな意見を取り入れてたら自分でも何が正解か分からなくなったんです。』

小林『それでリセットていう訳じゃないけど、見つめ直す時間を意図的に設けたって訳だ。』

木本『そうですね。今では視界もクリアになってきて、覚醒したというか迷う事なく打ててますよ。』

確かに木本は初戴冠からの成績もすこぶる良い。鳳凰戦はもちろん、特別昇級リーグやJPML WRCリーグなどダブルスコア・トリプルスコアと首位を独走中である。

小林『一つ疑問が残るんだけど、麻雀から少し距離を置いたのに採譜は続けていたんだよね。それは何か理由とかあるの?』

木本『それはやっぱり前原さんからのアドバイスだったのが大きいですね。家族麻雀で多少なりルールは知っていたんですけど、Abema TVのRTDリーグに刺激を受けてプロを目指そうとした時は、まだ牌の扱い方や点数の払い方まで覚束なくて。たくさん練習してなんとか合格はできましたけど、前原さんには見透かされていました。とにかく打つ量と見る量を増やしなさいと。劣等生の自分に対しても熱くご指導してくれたのが今でも嬉しいんですよ。初めての放送対局でも前原さんが高い壁となって立ち塞がって頂いた経験も大きな糧ですね。感謝しかないというか、その時のお言葉を忠実に受け止めて今後も続けていきたいと思っています。』

木本はとにかく負けず嫌い。その反面、自身がミスした局や指摘された事に対しては素直に受け止める柔軟さを持ち合わせており、且つハングリーである。
優勝インタビューでの

“新人王のタイトルだけでは駄目だと思いますので、早くもう一つのタイトルが獲れるようにこれからも勉強して頑張りたいと思います。”

個人的にはこのコメントが一番嬉しかった。本当はどこか心配していたのかもしれない。ギラギラしていたあの時の情熱が薄れてしまったのではないかと。
しかし今は自信を持って言える。麻雀の灯が煌々と輝き出したと。

小林『最後に一言お願い。』

木本『モテるプロになります!』

 

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本人なりに挫折して、そこからもう一度自身を客観視する。試行錯誤しながらも今まで教えて貰った事を継続して努力してきたからこそ、決勝の舞台で力を発揮出来たのではないだろうか。

そして優勝という最高の恩返しが出来たのは、何よりも初心の頃から持ち続けてきた感謝の思いを忘れずにいたからに他ならない。

 

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