プロ雀士コラム

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「プロテスト」 白鳥 翔

2018/02/14
執筆:白鳥 翔


私が日本プロ麻雀連盟のプロテストを受験したのはもう10年も前になる。
大学1年の時にプロ試験を受けたが、高校生の頃から早くプロになりたくて仕方がなかった。歳を偽って競技会に参加したりもしていた。
きっかけはモンドTVや近代麻雀などの媒体で麻雀プロの存在を知ったことだ。大学生の時は毎日のようにフリー雀荘に通い詰めて、授業中にはずっと麻雀の戦術本を読んでいた。それでは満足できなかった。
「もっと強い人と打ちたい」「もっと強くなりたい」
その気持ちだけで受験した。

この場で初めて明かすが、プロ試験を受ける時他団体からのオファーもあった。
「推薦するからウチに入らないか?連盟で下から活躍するのは本当に大変だと思うよ。」僕の記憶では僕が受験した時はD2リーグまであり9つのリーグから編成されていた。
「・・・一番大きい団体で勝たないと意味がないような気がします。」
生意気な小僧だった。

当時の受験者は100名前後だったと記憶している。今は年に2回プロテストが行われていることもあるが、全体的に受験者は減少している。
とにかく当時は周りにいた受験者がギラギラしていた気がする。同期には和久津晶、吉田直がいる。2人の目は当時の真っ直ぐなままで何も変わっていない。私は前回のプロテストで初めてきちんと現場に出て関わらせて貰ったが、当時の様な雰囲気はまるで感じられなかった。これも時代なのだろうか。
受験者と話す機会もあったが、皆圧倒的に打荘数が足りていない。
正直、何でプロ試験を受けたのだろう、と思った。
プロになるということはその道を極めること。極める様に努力していくこと。これが大前提だ。麻雀を極めるということは世間から見たら「それに何の意味がある?」と思われても仕方のないこと。だからこそ、本気でやらないなら意味が無いと思っている。

私が受験した当時と今では大きく環境が変わった。過去にも様々な先輩がプロテストのコラムを書いているが、一番大きいのは映像の時代になっているということ。昔はプロの麻雀はモンドTVでしか観ることができなかったが、今ではエンタメ〜テレや日テレプラス、そしてabemaTVなど様々な媒体で観ることができる様になっている。しかしこの様に活躍の場は用意されているが、打ち手として出る選手は大体いつも見る顔ばかりだ。

少し前の話だがプロテストに長年関わっている前原雄大が「ハード」と「ソフト」という言葉を使っていた。放送する媒体が「ハード」なら「ソフト」は打ち手だ。圧倒的にソフトが足りない今、麻雀プロが活躍する場は急激に増えていて、今も増加し続けていると思う。放送する側としては若手であればある程使いたがる傾向にあると思うのでチャンスは確実に広がっている。

プロ連盟では現在、この若手の育成という所にとても力を入れている。放送されている女流勉強会はもちろんのこと、雀力の向上を目的に現在毎週水曜日に、瀬戸熊直樹、藤崎智、勝又健志、山田浩之といった豪華講師陣が若手に対して指導している。実戦だけではなく、ホワイトボードを使っての座学もある。
これは最近新しく設立された巣鴨の新道場で開催されているが、この様な研鑽できる場所と、対局を放送することのできる夏目坂スタジオ、この2つを併せ持っているのもプロ連盟の強みだ。強くなろうと思えばその環境は十分に整っている。
この様な変化に伴い、麻雀プロとしての仕事も大きく変わっていった。昔から観戦記などの文章を書く仕事もあったと思うが、実況や解説、大会の運営、司会、対局を配信する上での裏方の仕事、タイトル戦の採譜、麻雀講師などぱっと思いつくだけでもかなりの量がある。新人でもこれがやりたい、と思えば先輩方から教えを受けた上でやることができるものは多い。そういうものには全く興味がない、というならそれでもいい。選手として活躍したいなら圧倒的な麻雀力を持っているか、自己プロデュースできる能力を持っているかだ。

プロテストに関して言えば一次で書類審査、二次で筆記、実技、面接、そして三次試験では二次試験の合格者を対象として計5回の三次試験を行い、プロとしての適性を見極める。
今回の二次の筆記試験は私が担当させて頂いたが、勉強してくれば十分合格点がとれる内容だと思うし、実技は結果というよりも所作やマナーが見られている。

何人受けたから何人受かる、など人数は決めていない。全員受かることもあれば、全員不合格になることも十分にあり得る。
麻雀プロになることがゴールではない、なってから何をするか。どうなりたいのか。それはとても大事なことだし考えなければならないことだ。

ただ絶対に必要なものは覚悟だ。そして熱意だ。先のことが分からなくてもそれさえあればどうにかなると思う。
そういう気持ちを持った方、特にその中でも若手の方を私個人は待っている。
最後に、以前の望月雅継のコラムに記してあった文章をお借りして締めたいと思う。

アクションを起こすのか、起こさないのか。
失敗してもまた立ち上がるのか、諦めるのか。
全ては自分の意思の元に決める事柄であることは間違いない。

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